10 * ルリアナ様にお任せ
読者様提案作品の二話目です。
革を使ったがま口はキリアと私でデザインすることになった。
女性物は気合いが凄いフィンやおばちゃんトリオに任せて好きに作らせれば良いのが出来るだろう確信があるので丸投げ。幸いどちらの店も布製品は扱っているので布には困らないから、それこそ余った布を活用して沢山ある中から選べるような販売しちゃってもいいしね。
「それにしても、こんな使い方がねぇ」
ついそんな言葉を漏らすとキリアも深く頷いたのは、がま口の縦長タイプの用途。
実はこれ、ゲイルさんが腰に下げて道具を入れられる縦長のものと聞いた瞬間に目を輝かせて言ったのよ。
「これポーション入れに最適だな!」
って。
おお……ファンタジー。
と、思っちゃったのは許して (笑)。
冒険者にはポーションが必需品。体力、魔力の回復はもちろん、毒消しなどは常に携帯している。そしてそれは万が一の時にすぐに使えるようにしておかなければならない。
だから男女共にベルトに通して腰に下げられる革の丈夫な専用の袋に入れている。でも、その袋も大半が激しい動きに耐えられるように開け閉めが面倒だったり、固いものだったり。
なるほどね、がま口って叩きつけたり引っ掛けたりしなければそう簡単には開かない構造だよね、腰に下げるならなおのこと。確かに使える。しかも片手で開けられるから便利で時短。
「口のサイズからすると、二本しか入らないけどそれでいいって言ってたしね」
キリアは空のポーション瓶を二本並べて、急遽作って貰った専用の口金のサイズと合わせた。
「そうそう、腰に下げられるのは多くて三本だって話だったよね? 武器を手にしてるんだからどっちみち空いてる手の側にしか下げられないし多すぎるとそれこそ邪魔だろうし」
そんな話をしながら二人でデザインしていく。私は、飾りに革のタッセルを付けたものと、ベルトに通して使うタイプと留め具でベルトにかけるタイプのそれぞれの部品を付ける位置決めもする。ポーション専用として売る場合は、中に仕切りがあると衝撃緩和にもなるのでそのために必要な素材もいくつか見繕いながらね。
キリアは色の違う革を組み合わせて柄になるようなデザインをいくつか。
そしてお揃いになるような硬貨入れもデザインしていく。ライアスご所望の道具入れもポーション入れよりも少し長くするだけだからね、デザインはとりあえず似たようなものにまとめてみた。
「……カバー欲しいかな」
「カバー?」
「うん、口金は金属でしょ? なにかの拍子に当たると痛いよこれは。冒険者さんや労働での利用目的ならなおさら。だから簡単な、ボタンも留め具もない、上から被さるだけの口金が隠れるカバーがあるデザインがあってもいいかなって」
「それいい、購入者の好みで選べるし」
サクサクと二人でこんなのはどう? とかいいながらデザインを好き勝手に出し切ったら基本の準備は終了。
なにせ革を扱うのは私たちの領分ではない。しかも道具を入れるため、重みのあるものを入れるためとなると革は丈夫なものに。流石に恩恵があったとしても適しそうな革を仕入れて候補を絞り込んで、そして試作していたら時間がかかる。しかも口の部分は職人さんにお願いして革でも対応できるよう通常のものとは別にお願いしていて、それがある程度確保できるまで時間もかかる。
何より、がま口の布部分の型紙は実はちょっと複雑な形。その形が丈夫で厚みのある革でもいけるかどうかも試作しなくてはならない。そうなると私がやるより革の扱いになれた人がすべきで、それが丈夫で使い勝手のよいものに仕上がる近道。だから余計なことはせずプロにお任せする。
「ええいいわ、私が責任もって相談役をさせてもらうわ」
数多の革の仕入れや加工についての相談は実家の伯爵領の特産が革製品のルリアナ様が快く受けてくれた。これは非常にいいタイミングでもあったのよね。
「それで、ルリアナ様ってそろそろ誕生日ですよね?」
「ええ、そうよ?」
「ちょっと早いですがプレゼント用意しました、貰ってください」
「まあ! ジュリから?! 嬉しいわ! もちろんがま口よね?」
「こちらにサインを!!」
満面の笑みでサッと差し出した紙を見てルリアナ様が固まった。固まった姿はお人形みたいで可愛いわぁ。天使!!
「……ジュリ」
「はい」
「これは特別販売占有権の登録書類よね?」
「ですね」
「この登録に必要な図面、どうみてもがま口よね?」
「ええ、がま口ですね」
「間違って出したのよね?」
「まさかそんな間違い私でもしませんよ!」
「これがプレゼント?」
「これがプレゼントです」
そう。
ルリアナ様に特別販売占有権を持って頂こうと。
クノーマス侯爵家には私が発案で開発されたものから特別販売占有権に登録されたものがいくつかある。
そこから生まれる利益は侯爵家、つまり名義上侯爵様、いずれはエイジェリン様に入るようになっている。
今回、革を沢山使うことになりそうと分かった時にルリアナ様に相談を持ちかけることは決めていて、ちょうどふと誕生日が近いことを思い出してたのよね。
それでルリアナ様にもプレゼントとしてあげちゃおうと!! シルフィ様にも次の誕生日は占有権を何か譲渡しようと思ってる。なんだかんだ言いつつ、お二人は私の良き理解者であり味方で。何か出来ないかなぁ、と思ってたのよ。その二人がご主人のご機嫌伺いなどせず使えるお金があってもいいじゃない?
「ありがとう。……グレイセル、嫌な顔しなかった?」
ルリアナ様が苦笑する。
「私がやることに口出しする人ではないので別に何も」
「それならいいのだけれど、あなたが得ている特別販売占有権の利益は少なくないでしょう? グレイセルはその利益をほとんど 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》、露店や託児所、他の事業の運営資金に充てていることがあまり面白くないようだから」
「そのかわりグレイやローツさんには私の資産運用をしてもらってます、そこから生まれる利益だけで充分豊かな生活ができてますからね。それに、長期的な戦略も計画すべき時期に入ったと思ってます、それにともなって商長として資金の確保は必須で、もちろんその占有権などから得る利益は有効的だというデータが取れていますがあらゆることを考慮しても、がま口の権利をルリアナ様にプレゼントすることは問題ありません。だから遠慮なく受け取って欲しいです」
確かに。
グレイが気にしてるのよ。私に入る利益を私がほとんど運営資金に回していることを。
ただね、残念ながら、大金を使う術がない。
私、使い途がない。一応ね、不動産は所有してるのよ。土地開発が進むククマットの土地を二ヵ所と狭いけどトミレア地区の一等地を一ヶ所。その土地を購入時は放置してたの。トミレアの一等地は収入に困ったら家賃収入でも得ようかなあ程度にしか思ってなかったし、何より、固定資産税とかいらないから放置してても無駄にならないというか。けどね。
「無駄に一等地を放置するな!!」
と、ローツさんに怒られ、でも面倒だからグレイとローツさんに運用よろしく!! って丸投げした経緯がある。そしたらですね、私がそういうことにとてもルーズだというレッテルを貼られてしまい。小金持ちババアになりたいくせにお金の管理が杜撰だと勘違いされ。で、二人がその一等地をバリバリ運用してるらしい。ついでにククマットの開発地区の土地を買う手続きしたのも二人。気づいたら一等地の洒落た貸し店舗のオーナーになっていて、そして開発中の土地に建築中の貸家の家主になる予定の私。
あの二人から見ると私はとてもお金に無頓着に見えるようだわ。嫌な誤解をされてる気がしないわけでもない。
おかげで手堅く家賃収入を得ているし、今後も増える予定なので、私生活全然困ってないのよ。だからがま口の占有権はルリアナ様に。いつでも私の味方をしてくれるこの人に、これくらいするのは当然よ。
「大事に使わせて頂くわ」
「好きに使って下さい」
国王妃殿下からの依頼が来たときも、この人だけは私が意思表示するまでずっと難色を示していたらしい。
私の足枷になるのではと心配してくれたんだよね。
螺鈿もどき細工の盗難騒ぎの時だってそう。最優先してくれたのは、動揺する私やヤゼルさんたち職人の気持ち。『騒ぎの終息も大事ですが、作り手の環境を乱してはなりません』って、事情聴取を何度もされそうになった私やヤゼルさんのことを気遣って侯爵様やエイジェリン様が工房や家を訪ねてくることを極力抑えてくれてたみたいなんだよね。
影からそっと見守り、そして時には手を優しく差し伸べてくれるルリアナ様にしてあげられることはこれくらいしかないから。
そしてなりより、この人ならがま口の良さを広めるのに一役買ってくれる。
使い勝手のよい、便利な物を広めたいからね。
やっぱり、宣伝には美人を採用したい。目立つ人を採用したい。侯爵家の人々は皆顔面偏差値高いから……。ひひひひっ、無料の宣伝広告ですよ。
「で、ルリアナに権利を譲った途端騒ぎが落ち着いたと」
グレイが肩を震わせて笑ってる。そう、がま口の占有権をルリアナ様にしたって宣言した途端にスン……と騒ぎが収まった。ビックリ。マロウさんとマレートさんが安堵のため息を漏らして『製作に集中できる』って呟いたからね。
「ルリアナ様怒らせたら占有権の差し止めもしかねないからね。『騒がしいのは嫌い』とか笑顔で言いそう」
そう、全てはルリアナ様の一言、一筆に。あれだけ騒いでいた女性陣も、男性小物を増やす会を発足させようとしていた男性陣も大人しくなりました。
大変静かでよろしい。
そしてマロウさんたちと手が空いた時に作ってくれていたライアスのお陰で、五十の口金が私の元に。直ぐ様それらはデザイン画と型紙の見本、そして作り方を記載した紙と共に 《レースのフィン》と、革製品を扱う工房に半分ずつ届けられた。
革製品を扱う工房からすぐに二人の職人さんが訪ねて来て、ややこしい部分の確認と、デザイン画の色味に近い革のサンプルを持ってきてこの組み合わせでいいかなどの確認もしていった。革製品の工房では今回ベルトに通して使える硬貨入れを作ってもらう。ポーション入れやシザーバッグ用の口金は今制作中だし最初の作品は小さくて定番がいいしね。
ちなみに《レースのフィン》からは相談は来ない。私が持っていたがま口を解体して作り替えて見せた時にデリアやメルサがガン見してたからね……作り方でもう教えることはないかな。恩恵をフルに活用できる人たちだしね。うん、素敵なの作って。
「グレイも冒険者として活動した時、ポーションの出し入れで困ったりしたの?」
「最初の頃はな。ただ、ハルトに連れ回されるようになってからはあいつの治癒魔法が有能すぎて使うこともなくなったし、そうそう必要な場面にも遭遇しなかったから然程不便さを感じたことはない」
「でも強い魔物とか遭遇したらどうしてたの
よ?」
「殺られる前に殺ればいいだけだ」
「ああ、そうですね……」
やっぱり、この手の話はこの人参考にならないんだよね。
「ただ、ハルトは良く飲んでいたな」
「え、なんで?」
「体調に問題が無いときに飲むと眠気覚ましにもなるんだが、あまり飲み過ぎると興奮状態になって危険なこともある。しかしあいつの場合はそういう不都合なことは【スキル】や補正でなんとでもなるだろう? だから一本でどれくらい不眠不休でいられるかわざわざ体を調整して試していたな」
「……なんてアホな実験をしてるのあいつは」
「アホだろう?」
ホントに、参考にならない人たちだわ。
ああそれと。
どうして貴族の男たちがやけにがま口に食いついたのかというと。
「腰に着けられるなら狩猟会などで重宝するだろうな、手袋や小物をいちいち従者を従えて持たせる必要がなくなる」
「ああそういうことなのね。ていうかわざわざ従者連れて歩くの?」
「貴族の男の嗜みとしての狩猟だ、狩るのが目的ではない。乗馬が出来る、弓矢を扱える、いい道具を持っている、そのいい道具にシザーバッグも今後含まれる。それを見せ合って情報交換する社交優先の狩りで、中には従者を四人も五人も従えて目的がいまいち分からない者もいるほどだ、はっきり言って狩猟会と言うべきではなくて見栄のためだ」
「……グレイは、そういうの嫌いでしょ」
「一度行って二度と行きたくないと思ったよ。あれは苦行だ、何もかもにイライラする」
「だよね!!」
分かるよ、あなたはそういう人よね。
「純粋に狩りを楽しみたい者にも便利だろう。片手で開けられるというのはやはり魅力的だ、重宝するし、愛用品にもなるだろう」
「お? じゃあグレイのオリジナル作っちゃう?」
あ、目を輝かせた。欲しいみたい。というかその一言を待ってたのかな (笑)。ならば彼氏のために、素敵なデザイン考えますか。
後でずるいと文句が方々から来そうだけど、それは商長の強権発動とルリアナ様に御協力頂いて黙らせる、あはは!! ビバ、商長&ルリアナ様!!
誤字報告、ブクマ&評価ありがとうございます。
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