表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

127/637

10 * グレイセル、悩む。

グレイセルの語り回です。




「まさかバミスが動くとは思っていなかったな」

 私の言葉に、ハルトとマイケルが肩を竦める。

「ネルビア……レッツィが動いた事を察知したかな。【彼方からの使い】を崇拝する傾向のあるネルビア同様、バミスもジュリに【技術と知識】があると知った時点で静観することはなくなると思ってたしね」

 マイケルはいつもと変わらぬ穏やかな表情だが、ハルトは違った。

「俺は……アベルを出してくるとは思わなかった」

 深刻そうな顔をしていた。

「アベルだと何か問題があったかな?」

「大アリだ、あいつ、大枢機卿に内定してるんだぞ。あんなのを出してくるなんてなに考えてんだよ」

 ハルトの発言に私とマイケルは驚いて目を見開く。

「その情報の信憑性は?」

「ダルちゃんから聞かされた。実力と法王からの信頼、何より絶対的な法王への忠誠でアベル世代じゃ群を抜いてる。来月、十年ぶりの大枢機卿選出会議がある、現時点で名前が上がっているのはあいつ含めて三人、そして二人もアベル派だ」

「出来レースか? そんなことが許されるのか? しかもなぜそれをロビエラム国王が知っている?」

 私の問いに。

「他二人が、ロビエラムに血縁者がいるんだそうだ、しかも高位貴族のな。アベルを大枢機卿にして、その二人は大枢機卿が管理する枢機卿会で重役に。ロビエラムと平和協定の改訂を円滑にするためと……軍事協定の改定も視野に入れている。万が一どちらかが戦争になった場合でも同盟国として即時参戦が可能になるようにな」

「戦争?」

 私はついピクリと眉を反応させてしまう。

「……まさかと思うが、この国の対策じゃないだろうな?」


「全く、勘がイイねぇお前は」

 ハルトはわざとらしく肩を竦める。

「なんでそう思うんだい?」

 マイケルの問いかけに、私は椅子に深くもたれ、ため息をつく。

「この国の西に接する国でテルムスは既にバミスと平和的にも軍事的にも協定を結んでいる。国土は狭いが肥沃で気候の安定しているテルムスを手に入れる為に喧嘩を売るとなると必然的にバミスも敵になる。だからベイフェルアはテルムスに手を出せない。……ロビエラムがその二国と軍事的な条約を交わしていないのはベイフェルアが攻め入るとなると越えるに困難を極める山脈に守られていること、強い魔物が生息する土地が多く軍行するだけで多大な被害が出ること、迂回したくてもロビエラムの北にテルムス、南には大国バミスの影響が強い南方小国群連邦がある。どちらもベイフェルアと軍事協定を結んでいない、軍行で国境に踏み入った時点で敵になるしバミスを敵に回す。だからロビエラムは軍事的な協定を結ぶ必要はなかった」


 ハルトは確認するように、マイケルは納得するように時々頷く。


「強い魔物もダンジョンも多いロビエラムは当たり前のように幼い頃から戦うことが教育に組み込まれる。自ずと倒せる魔物の数も多いし、何より強い魔物を倒せる。……得られる高品質の魔石と素材はロビエラムの財源の一つだ。そして十数年前から、その魔物の数が増え、ロビエラムは一時大変だったが、そこにまず【勇者】が召喚され、そして【英雄剣士】……お前が召喚された。まあ、【勇者】は結局問題を起こしすぎて行方不明だがな。それでもお前の登場でロビエラムに転換期が訪れた。強力な魔物を次々と討伐するお前とそのパーティー仲間に吸い寄せられるように冒険者がロビエラムに集まりだした。憧れ、一攫千金を夢見てな。良質な魔石と素材が手に入るロビエラムに名の知れた冒険者たちが移住、各国は軍以外の戦力の流出歯止めになる策を見いだせず、今も頭を悩ませている。特に……ベイフェルアは顕著だ」


「はあ、なるほど。あの頃から今回の動きの兆候はあったんだね?」

「そういうことだ」

 マイケルは深く頷き、そしてハルトは億劫そうに頭をもたげた。

「しかもな、その事でベイフェルア王家がダルちゃんに抗議したんだ『冒険者返せ』って」

「は?」

 マイケルは珍しく間抜けな顔で首を傾げる。

「え、抗議出来ることなのかい? そういうことって」

「出来るわけねぇだろ、だいたい冒険者は自分の意思で移住してるんだから、ダルちゃんに言ったところでどうにもならねぇよ。せめて冒険者ギルドに冒険者が重大な理由なく移住するのを制限するようにしてくれ、って言うならだけど冒険者を敵にするようなそんな決まり事を 《ギルド・タワー》が作るわけねぇし、ダルちゃんがこの国の王家の話を聞く理由だってねぇし」

「……ずいぶんバカなことしたねぇ」

 それはもう哀れみの滲んだ目をしてマイケルが呟く。


「財源が増えるし戦力が上がるからダルちゃんはベイフェルアからの抗議は想定してたんだ。していて、それを理由にバミスとの関係を維持し続けることから深めるための外交に転換を始めた。ちょっかい出されてもあしらいやすいようにな」

「……戦争を起こせる財源がこの国にはないがな。それでも何かと理由を付けては領土拡大を目論む。王家が貴族に褒章として渡せるものがもうないからだ。莫大な金を注ぎ込んででも戦争をしようとするのは、貴族の財力を削ぐのと、褒章になる土地を得るためだ。そのことを他の国は知っている。それでも手を出してこないのは大義名分のため、ロビエラムもあしらうなんて優しい思惑ではないだろう」

 自虐的な言い方になってしまったが、仕方ないことだ。

 事実、北のネルビアからの侵攻を食い止めるのに精一杯で、ベイフェルアは侵入そのものを防ぐ国境線壁の建設すらままならない。

 強権派、穏健派、そして中立派関係なく自分の贅沢な暮らしを守るのに必死で重税を課し、国防への資金提供はもちろん、納めるべき税すら誤魔化す貴族もいるのだからどこから侵攻を食い止めるに必要な財源を持ってくるのか。

 だから、当時の王家はあえて強気に出たのだ。理不尽な言いがかりをつけてロビエラムを交渉の場に着かせ、優位に立とうと。

 再三の呼び掛けをロビエラムは無視し、結局この国は何も得られなかったし、恥をさらしただけになった。未だその事に禍根を残しているこの国は、是が非でもロビエラムに一矢報いたいと思っている者が多い。何がどうなってそんなことになるのかとこちらがどんなに頭を悩ませようと、この国はそういうものだと割り切るしかない現状だ。

そもそもなぜこんな状況で喧嘩腰で国土の拡大に拘るのかといえば、貴族が国のために献身した場合の報奨が()()()()()()()()なのだ。限りあるものが、ずっと。もう、この国には手離せる土地がない。これ以上王家所有の土地を失えば、この国で最も地位の高い公爵であるアストハルアとベリアスの二家の土地を下回る。それを有力者は皆理解しているから、国内でも騙し合い少しでもいい土地を得ようとするバカが絶えない。この現状は他国であり得ないことだ。

 そして後始末も出来ず、国内が纏まらず、今回のロビエラムがバミスと合法的に近づくことを後押しするきっかけにもなった、ということだ。











「それでも、腐敗しまくりの今のこの国は何をするか分かったもんじゃない、制御効かねぇんだからっていうのがダルちゃんの考えだ。だからこそアベルなんだ、あいつの奥さんの父親がロビエラムの親善大使をしていたからロビエラムとは元々接点がある一家で。おまけに、バミス法王がアベルを大枢機卿に推しているしロビエラムの良質な魔石や素材を優先的に手に入れたがっている、ロビエラムもバミス法王に近いアベルを大枢機卿に据えることでダルちゃんに近い奴を枢機卿会に置けるなら軍に影響を与える条約を結ぶに必要な議会への影響力を持ちやすくなる。あいつが大枢機卿になるだけで、大国と資源豊かな国が親密になる。ベイフェルアをおもいっきり牽制出来る」

「互いに利があるのが、アベルってことだ? ……で、そのタイミングでアベルがジュリに会いに来たのが怖いねぇ」

 本当に怖いと思っていないだろう気の抜けるようなマイケルの声。

「バミスで、法王に次ぐ事実上のナンバーツーになる人物が【彼方からの使い】に会いに来る。その人物は、バミスとロビエラムどちらにも利がある。……もしかして計算かな? 転移でいきなり現れたのは」

 私とハルトは顔を見合わせた。マイケルは薄く笑い、目を閉じた。

「もし、正式にジュリにアベルが会いに来るとしたら事前に連絡来るよね? フォンロンのように、侯爵家を通してジュリへの面会を申し出ると思うよ。でも、この前……レッツィがジュリの為とはいえクノーマス家とククマットを掻き回した。あれからジュリは警戒してる、国家権力が干渉してくることを。それこそ正攻法でジュリと会いたいと言ったら、ジュリは間違いなくハルトと僕に助けを求めてくるよ。国は別としても、クノーマス家を飛ばして自分に国家権力が干渉するのをレッツィのことがあってから警戒してるよ。今のジュリ相手だと……フォンロンのような正攻法では時間がかかりすぎる。だからといって裏でこそこそジュリに近づこうとすれば間違いなく僕たちを敵に回すと分かってるんだから」


 だから今回のやり方だったんだね、とマイケルはやっぱり呑気な様子で続けた。


「突然現れたように見えるけど、ハルトもグレイセルも近くにいないのを確認してだったと思うね、そして転移してくれば、魔力の流れですぐに分かるからジュリの周辺を警戒しているグレイセルとハルトは必ず駆けつける。アベルはハルトと面識があって、地位も高い、グレイセルがそれを知れば警戒を緩めるし、ジュリもそうだろう?……そうすると必然的に、ジュリと、侯爵家の人間であり 《ハンドメイド・ジュリ》のナンバーツーであるグレイセル、そしてロビエラムに所属していて最強の【英雄剣士】が揃う。ちょっと強引で非常識な、『会談』が成されたことになるよね。こんなの誰が計画したのかな、案外あの柔和な雰囲気のアベル本人かもしれないよ……僕はちょっと、ジュリの周りの警戒を強めさせて貰うよ? これでジュリとアベルの関係が良好になるなら、同じ手を使ってくる国が出てくるかもしれないし。何より、バミスはジュリの作るものへの魔法付与……もう知ってると見ていいね。僕が付与しなくてもあの国ならいい腕の魔導師が多いだろうから」











 全く、頭の痛いことだ。

「ハルト」

「んん?」

「バミスには今【彼方からの使い】はいないな?」

「いない。……お前の言いたいことはわかってるよ」

 ケイティとジェイルと三人で知人の所に遊びに行くんだ、と酒を持ち出し男同士の語らいをしようとしていた所からさっさと退いたマイケルに苛立ちながら、私はハルトのグラスに酒を注ぐ。

「あの国は元々戦闘能力の高い【彼方からの使い】は必要ない。獣人だらけだからさ、皆強いし。だから、ジュリみたいな【技術と知識】を持つ奴を歓迎する」

「……はぁ」

 また、ため息が口から漏れでた。

「ジュリに接触してくる国が、増えるな」

「レッツィのせいでな。そして獣王が動けばダルちゃんだって俺を通して会わせろとか言い出す」

「それを言ったら、テルムスもマイケルたちを通してくるだろう。マイケルはそれを許さないでくれるだろうが」


 私とハルトは一瞬沈黙に包まれる。


「「はぁ……」」


 二人でため息。あまり嬉しくない。


「くそぉ、もっとレッツィボコボコにすれば良かったな。獣王には半殺しは脅しにならなかったか」

「……ちょっと待て?」

「ん?」

「ボコボコとはなんだ」

「ん? ジュリのことでちょっと説教したついでにヤッてきた」

「お前、大首長を半殺しにしたのか?!」

「した。だってあいつ【スキル:超再生】っての持っててよほどの事がなければ死なないし。腹立ったし。左の手足もいで腹に穴開けてきた」


 笑顔で言うことだろうか?

 そもそも、国の主を半殺しにされてネルビアは今どうなっているのか。

「どうもこうも、普通じゃね? 生きてるし」

「そんなことをして、お前は大丈夫なのか?」

「大丈夫だから、やったんだよ。いざとなったら国まるごと灰にする。殺られる前に殺る」

 屈託のない笑顔。


 この男を敵にしてはならないと以前から本能的に感じてはいたが。

 敵にしてはいけない。

 本当に。


 しかし。


 それよりも。


 この男を敵にするかもしれないと分かっていてもレッツィ大首長は接触を試みたことになる。


 それだけ、ジュリを重要視しているということか。


 欲していると、いうことか。


「グレイ」

 不意に名を呼ばれた。

「そんな殺気立つなよ、落ち着けって」

「……ああ、すまない」

「お前の考えてることは、理解してる。こうなると、クノーマス家の権力では太刀打ち出来なくなる。このままだと、やっかいなことになる可能性がある。だからな、提案」

「なんだ?」

「お前、うわべだけの忠誠心、もう捨てろ」


 息が止まるほどの衝撃。


「王妃に騎士団団長の任期延長のことで噛みついた時から、もう、王家への忠誠心なんてお前捨てただろ?」


 心の中では確かにそうだった。


 けれど、それを認める訳にはいかなかった。


 はっきりと宣言するわけにはいかなかった。


 クノーマス家の血筋として、長きに渡り王家に忠誠を誓って来た家の者として、たとえ騎士団団長の座を自ら手放したとしても、私は言えないのだ。


 ―――王家に仕える価値はない……―――


 と。

 グレイセル・クノーマスである限り、侯爵家の者と名乗る限り、許されない。


「お前が偽りの忠誠心を捨てればいい。俺のように、守りたいものを好きに守れるようになる」

「ハルト、止めろ」

「……クノーマス家の名前がお前を縛る。分かってる、分かってるよ。そう簡単なことじゃないって。でもいずれお前は限界を迎える。 名前のせいで、ジュリを守る力が存分に発揮できないジレンマに陥る。それに、お前は多分耐えられないよ。ジュリよりもお前の方が、絶対に権力や名前で苦しむ。……お前は、すでに『こっち側』にいる」


 ハルトの言いたいことが、漠然とだが理解出来ることに恐怖を感じた。

 自分のことなのに、恐怖を。


「だから、お前も自由にやれよ」


 簡単に言うな。


 それがどれ程、難しいことか、お前は、分からないだろう。


「縛られるなよ、ジュリのためにも、お前自身のためにも」












 私は。

 ジュリが自由に、平和に、幸せに生きられるならそれでいい。

 私がどんなに苦しんだとしても。




ハルトもグレイセルもヤバいだけでなく仄暗い部分が、いや、物凄く暗い部分がある男。という設定を表現したかったのですが、なんか全然違う感じになってしまいました (汗)。

そのうちこの辺リトライ? リベンジ? する、つもりです。




次回ついに、『読者様ご提案』作品の登場です!!

まずは一作品三話構成の予定で、本編となりますので通常通りの更新となります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ただのモフモフではなかった……( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ