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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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10 * ジュリ、先のことを考える

 


 グレイには思いきった事を言ったな、と笑われた。ただ、あの笑いは反対している雰囲気は感じなかったから、もしかするとグレイも面白いことだと興味を持ってくれたのかもしれない。

 新しいデザインのネイルアートを施してもらったとホクホク顔で報告に来たケイティとそれに付き合って一緒に来ていたマイケルにアベルさんとのことを話す。


「獣王か。二回だけ会ったことがあるよ」

「あ、そうなの?!」

 マイケルとケイティは私の顔を見て、ニヤリ。なんだ?

「ジュリは犬派? 猫派?」

 ケイティの質問に即答。

「猫派!!」

「ああー、ざんねん!!」

 わざとらしいマイケルの、大袈裟なざんねん、何よホントに?

「獣王は犬属性だから」

「妃殿下も犬属性だから、当然お子さまもね。残念ねえ、寛大なお方だからモフモフさせてくださると思うけど」

「いや、この際なんでもいいわ。モフモフ天国に溺れたいわ」

 なんだこの会話 (笑)。グレイはまたドン引きしてる。仕方ない、価値観の違いですよ。


「他国で販売会か、面白いと思うよ」

 マイケルとケイティと一捻(ひとしき)りモフモフで盛り上がった後、非常に興味をそそられたらしいマイケルが販売会の話を切り出してきた。

「ジュリのこの店のような、見て楽しむ店ってほとんどないからね。どこでも衝撃を受けてその影響は大きいと思うよ」

「そうなのよね。この世界、見て楽しいのは貴族の御用達になる仕立て屋と宝石商くらい。あとは整然と物を並べてるだけだから」

 ケイティはため息。そしてグレイが苦笑。

「そんなにこの世界は違うのか?」

「うん、違うね」

 つい私も苦笑。

 いやぁ、ホントにこの世界の店って、入って楽しむことがほとんど出来ない。確実に買う為にしか店に入らないし、店側もそれでいいって感覚だから整然と、価格、大きさの順番に並べてるだけがほとんど。パン屋とか八百屋の方がすごく可愛く見えるくらいに見せる工夫がされていない。最近のククマットはディスプレイに拘りを見せるようになったけど、それが他に広がるまでは相当な時間がかかると思ってる。


「見て、楽しむって大事だと思うのよ。それをどう表現するかはまだ何も考えてないけど、うちに来て初めて店内に入った時のお客さんの顔を、みんなにしてもらえる工夫がしたいよね。クノーマス領の外で、店舗を構えるのは現状難しいけど、数日限定ならなんとなく出来そうでしょ? その時に、行商みたいな感じは抵抗があるかな。平台借りてその上で売るのはあまりにも素っ気ないし、地べたに敷物敷いて並べるなんてもっと嫌。だから、するならそれなりに拘って、見て、楽しめる売り方をしたいよね。屋台が近いかもしれない、ククマット編みの露店、あれをもっと店に近づけたら面白いと思うのよね」


 夢は膨らむね。

 いつか、やってみたいなと思うようになったのは他の国からわざわざ来てくれる人が本当に多いと知った頃。交通事情が良くないこの世界で、一ヶ月以上かけて来てくれる人もいると知った時は嬉しいという感動よりも申し訳なさが込み上げたっけ。

 そしてここに来て知り合ったアベルさんとその祖国バミス法国。西と東の端に位置する国の人たちが、私の作品によって知り合って、繋がりを得ていく。

 私は、最近ワガママだ。

 もっと、そういう交流が生まれればいい、私の作品が一役買ったら嬉しい、そう思うようになってきたのよ。









「楽しい店が増えるといいな」

 夜、ベッドの中でうとうとし始めていた私の隣、グレイが唐突に優しい声でそう言葉を投げ掛けてきた。

「ん、なに?」

「ただ売れるものを売るのではなく、ジュリのように見る人を楽しませる店が増えたら、きっともっと沢山の人間が買うという行為に偏見を持たなくなるだろう」

「……そう?」

「ああ、買い物を楽しむのは富裕層の特権、そういう風潮が根強く残る国は多い。現状この国もそうだ」

「そう、かもね」

 私は、体を捩りグレイの方を向く。彼は目を閉じているけれど、眠そうな感じではない。

「商家を呼び、家の中で買うのが貴族らしい……確かにそうかもしれないが、《ハンドメイド・ジュリ》にこっそりやってくる貴族を見ていると買う楽しみというのを直に感じ、帰りには満足げな顔をして帰っていく。ジュリの店を出ていく客の顔は、皆同じ顔をして出ていくんだよ、貴族の階級どころか立場も何もかも無関係に、皆満足げに、嬉しそうに帰っていく。物を買うとは、本来そうあるべきじゃないかと最近思うようになった」

「……貴族の御用達っていう特別感はあってもいいと思うよ、憧れって、必要だしね。でも、グレイの言うように、嬉しそうに帰っていく人が増えたら、売る方も頑張れるかも」

「……少し、今後のことを見据えて他所での販売会について計画しておくか?」

「うん、いいかも。漠然としてるけどね。何もしないでいるよりは枠組みだけでも考えておこうかな」

 そしてもう一つの構想をグレイに話すことにする。これはまだ本当にぼんやりとしたものだ。

「それと」

「うん?」

「富裕層向けの店も、ちょっと検討してみようと思う」

 グレイがかなり驚いたらしい。体起こしちゃったよ (笑)。

「……どうした、急に」

「急にじゃないわよ。……お店をやってて気づいたんだけど、誰でも買える店を目指してるじゃない? 価格的に、まずは成功はしたと思ってるんだけど、弊害があるよね」

「弊害?」

「世間体を気にして、御忍びとか代理を寄越すのが殆んどでしょ、貴族の人は」

 グレイもそれは気づいていたと思う。でも私がここに召喚されてからの周囲の動きで王族や貴族というものを敬遠していると知っているから『仕方ない』と思っていたはず。

 でもねぇ。

『平等』ではないよねぇ。

 買い占め困るから一人五個まで、っていう制限かけたときに私はそれで一旦満足してしまったけど、なんとなくひっかかりはずっとあって。


 きっかけはやっぱり夜間営業とハルトがオーナーの簡易休憩施設 《本喫茶:暇潰し》よ。

 ここに、冒険者や商人でお金に余裕がある人が結構来店するとハルトの集客データからわかった。もちろん、本を読み、時間を潰し、仮眠を取り、という本来の使い方をするけれど、その中に開店のきっかけにもなった 夜の方が買い物も都合がいい人たちがかなりいるってことよね。奥様や恋人、お子さんへのプレゼントとして結構な金額を落としていくし、商人は懇意にしている貴族に頼まれて、その目利きを上手く活用して良いものを買ってくる指示を受けている、なんて話が結構ある。

 日中に来れないのは、冒険者さんは昼夜問わずの仕事だから、っていうのもあるけど、名前の知られている人だとやっぱり『お金持ってるから高いの買うのか』って視線がとても気になるらしい。商人さんも誰の指示なのか? というのを詮索されたくないし、それなりの額を持ち歩いていることがバレたくない、というので身分を隠しやすい夜間に来店、もしくは本喫茶で時間を潰して朝一店前に並ぶためにやってくる。


「お金のある人たちなら好きにしたら? って正直思ってるんだけど、ただ、高額商品を買うだけって訳じゃなくうちの商品を心から喜んでくれる人も少なくないんだなぁ、って、アベルさんを見て思ったのよ。あの人もいい立場でしょ? それでも奥さんやお子さんの為に凄く目を輝かせて。……貰った人が喜ぶのを想像して自分で見て選びたいって気持ちを無視したくないなぁ、なんてね」

「そうか……」

 グレイは、とても穏やかな表情で、優しい声。


「ただ、時期はずっと先になると思う。いくら個数制限をしても高額商品をそれなりに用意しなきゃいけないでしょ、現段階では高額商品として自信を持って売り出せる作品は私と強い恩恵が出ている人たちのものだけ。ましてレースは既にお店の開店をしてうちより高級感のあるコンセプトになってるから、さらに高額商品となると素材もデザインも一から見直さないといけなくてかなりその模索に時間は取られるわよね。他所でそういう店をやるとなると 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》の商品を一店舗に纏めてじゃないと成り立たないくらい、商品は用意出来ないと思うのよ」

「確かにな。……低価格商品で足りない分を補うにしても、限界があるだろう。それに、やはり高額商品を買いたがる傾向は抑えられないだろうから」

「その課題をクリアできるだけの人材確保が出来ないと、不可能なことなのよ。だから、まだ、漠然とした構想。おそらく、早くても数年先の話で、体制が整うまで待つなら十年を見積もるかな。しかも実現自体が難しい。でも、この世界に合う『平等』を、いつか出来たらな、なんてね」

「……構想を、楽しんで練っていけばいい。そのうち然るべき時に、とジュリも言っただろう? その時の為にも、今は好きなように考えて、悩んで、先の未来を楽しく想像すればいいんじゃないのか?」

「うん、そうする」


 いつか、この国のどこかでそういう店を開くかもしれない。

 結局富裕層しか入らない店を作るのか、って批判も覚悟で。

 でも、いつかその店にもちょっと背伸びして、緊張しながらでも私のような庶民とか、一般人と言われる人たちが当たり前に入るような環境になる足掛かりに挑戦してみたい。


 買い物は誰だってするもの。

 楽しく買い物することは誰だって許されてるはず。

 そしてその環境を整えなくてはならない。

 私が生涯をかけて、この世界で増やせる店は限られている。この先、どんなに技術が進歩しても私が手掛けるものは 《ハンドメイド》だから。だから私がどんなに頑張って物を作っても安定的な量産は不可能。

【彼方からの使い】として、【技術と知識】を期待され、そして【変革】を望まれている。

 それはただ物を作っているだけでは満たせない。この世界で生きる意味は、その三つの言葉を私自身が理解して使わなくてはならない。

 そしてそれらを最近考える。ぼんやりと、見えるその先のもの。

 物を作るだけではなく、『残す』ことをそろそろ私は、この世界にもたらす時期に来たのかも知れないと。

 物だけではなく、『人を育てる力』『維持する力』を。


 環境整備と長期的戦略。


 壮大で、途方もない。

 でも、私がしていることはそこに到達する何かを秘めていると漠然と思える。

 それが、アベルさんの来訪とそのアベルさんに伝えたことに見え隠れしていると確信している。始めるきっかけだと確信している。

 だから、出来ることをしようと思うの。一つずつ、一歩ずつ。


「……バミスで出店するときは、モフモフさせてくれたら割引とか、やりたい」

「それは止めてくれ」


 欲しいものを楽しんで買う環境にいた私の価値観はこの世界で特殊かもしれないけど。

 でも、楽しいことは皆で楽しみたいよね。そして誰よりも私がそれを望んでるし願ってる。


「耳や尻尾用のブラシってあるのかな?」

「なぜそんなにハーフに執着するのか理解出来ないが。……専用のブラシは一般に普及してると聞いている」

「うちで可愛いの出そう」

「……うん、まぁ、好きにしろ」


 楽しみは多いに限る。

 誰だってきっとそう思う。


「ところで」

「うん?」

「あの男の耳を触ったのに私の耳は触らないのか」

「モフモフじゃないし」

「……」

「触られたい? 耳たぶフニフニしていいならするわよ?」

 無言。たぶんこれは触っていいという事で。彼氏の耳をフニフニさせてもらった。気づいたら寝落ちしていたんだけど翌朝その耳たぶが赤くなっていてビックリ!

「寝ている間掴まれていたからな」

「そんなに?! 私そんなにやってた?!」

「ああ。寝てると思いそっと離れようとすると思いっきり引っ張られるから自然と離れるまで待つしかなかった。そして朝になった」

「なんかごめん」

「構わない」


 モフモフに勝るはフニフニ。

 これも楽しみの一つになったわ。

 うん、楽しみは多ければ多いほど人生は潤う!!



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[一言] 個人的には犬でも猫でもなく狐派です。
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