10 * アベルは高貴な身分?
「し、失礼致しました。このような騒ぎにするつもりは毛頭なく。ただ、主からの命に従いましたらこんなことに」
「ホントそれな! お前な、転移で来るとか非常識だぞ?! 普通に来いバカ!! 知り合いじゃなかったらボコボコにしてたからな?!」
「返す言葉もございません、閉店後の、他の客に迷惑を掛けない時間がいいと思い、閉まったのを確認して来たのが間違いでした」
「連絡の一つ寄越せよ、なにが迷惑を掛けない、だ! 公人だろお前、ふざけんなよ?!」
「ただただ謝罪させて頂く次第です」
「お前のせいで大騒ぎになったよ!!」
「お前だよ!!」
最後の私の突っ込みに、ハルトがテヘペロした。殴りたい、ものすごく殴りたい。暴力反対だけど、こいつだけは殴りたい。ガラスの破片は危ないから店内の掃除あんたが当番だよ。
ハルトの怪力で弾き飛ばされたその人は、気絶してるだけで無傷だった。お茶屋さんの壁にヒビが入ってるんだけど、なんで無傷なの? この人も強いってこと? 常識外れなことが立て続けに起こってその驚きが半減してしまってるけども。
そして、気絶してるその人をひょいっと担ぎ上げたハルトが『工房のソファー貸して?』ってその人を運んで、寝かせてフードを外したら。
いた。
そこにいた。
『ハーフ』が。
大惨事を一瞬忘れた。グレイたちも『あ、ハーフだ』って顔をして。
この耳は。
何だろう、真っ黒で、丸っこくて。タヌキ? ちがう。
これはもしや。
「……パンダ?」
「あ、そうそう、こいつ『パンダ属性』」
あとで触らせて貰おう。
パンダの耳だよ、日本にいたら触れないよ。絶滅危惧種の貴重な耳。あれ、この世界でパンダいるの? そして絶滅危惧種なの? あとで勉強してみようかな。
うん、とりあえず絶対触らせてもらう。
なんてことを勝手に決めつけて数分後のこのやり取り。
この人は、アベル・ミシュレイさん。大陸西端に位置する国、『獣王』が治めるバミス法国国民。バミスは獣人ことハーフの人口割合が実に七割を超える国で、王族もハーフとのこと。総じて魔力が多いハーフが無闇に人を害したり傷つけることを許さない厳しい法があり国王は唯一その法を改定できる立場にあるため、法王という地位を得ているそう。だからバミスは法国となっている。
アベルさんはそのバミスでも地位の高い人で、王族の血を引き、群を抜いて魔力が多くその扱いに長けていることから今は獣王の幼い息子、王子の護衛をしつつ魔法の先生もしている側近として活躍しているんだそう。しかもバミスでもたった十二人しかなれない『魔法枢機卿』という凄い地位も得ているらしい。
だけど。
明らかにハルトや私たちより年上なんだけど。四十代ってところかな?
ハルトに頭が上がらない感じで、腰がひくくて、威厳が全くない。羽織っていたフード付きマントを脱げばその服装はとても高貴な人だと一目瞭然だけど、何せ雨の降る中で気絶して地面にベシャッといきましたからね、この人。まあ、見事に下半身が泥だらけでして、尚更威厳を感じない有り様。
アベルさん、実は残念なキャラだと勘が働く。
さて。
王族の血筋でしかも高位、高貴な人がなぜうちに?
「ハルト様が陛下に贈られたジュリ様のお作りになられた装飾品です。陛下が非常に感銘を受けるほどの逸品でしたからそれについて詳細の確認をさせていただければと」
「うん? 俺、なにかあげたっけ?」
「え?」
ハルトは首をかしげる。……それについては私が説明するのが早いかもね。思い当たる節はあるから。
「ハルトには好きにしてってテキトーに渡したものがあるでしょ、それだと思う」
「あ? てことは、かなり前のものか?」
そしてアベルさんには私が説明。
「お店を出すと決めてから作り始めた初期のもので、試作も含まれてたと思うんですよね、宣伝兼ねて信用出来る人にあげてもいいよって渡した大量に作ったものの一部ですよ。他は基本ハルトが自分で気に入って買ってるのでそういうものは渡さないと思いますよ」
私の回答にアベルさんが固まった。
「ああ?! あれな! バミスに用があって獣王に顔だした時に渡したな。面白い話はないかって言われてさ、そういや獣王にはジュリの作品あげてなかったと思い出して、俺が鞄に付けてたストラップその場で外してあげたんだわ。けどそれも結構前の話だぞ?」
「ハルトが持ってたストラップならやっぱり初期のものだよ」
「だな。一番最初にまとめてもらったやつそのまま付けてたから。しかも調子こいて十本とかまとめて」
私たちの会話に、アベルさんは若干戸惑い気味な顔をして。
「……あのですね? 陛下は『このように花が閉じ込められていることが奇跡だというのに、この透明度は実に魅力的だ。物を自在に操る類い稀な【技術と知識】を有しているのだろう、でなければこれほどのものを作ることは叶うまい。このように物を操れる【彼方からの使い】殿には是非、お目にかかりたい』とおっしゃいました」
…………なるほど?
獣王が褒め称えてくれたのは嬉しいけれど。
確かに、【技術と知識】があるから作れたものだけど。非常に誇張されてない?
「えーっと、それ、そちらの国では正しい情報として認知されてます?」
「まさかそんな!! ご本人のお許しもなく勝手に語るなど出来るものではございません。ジュリ様の存在を知ってはいても詳しく知るものはいないでしょう、だからこうして私が、陛下の勅命を受け会いに来た次第です」
「それはよかった。では訂正させてくださいね」
「はい?」
「まず、話を聞くとハルトが渡したものは透明な個体の中に花があるもの、で間違いないですか?」
「は、はい間違いないです、私も拝見する機会を頂戴いたしました」
「それがスライム様なのはご存じですか?」
「はい、鑑定にてそれは我々も確認しています。それが、なにか?」
あ、すごい間抜けな顔をしてますよ。
「花は単に乾燥させてから固まる前のスライム様に沈めただけです。つまりですね、材料が揃えば、コツを掴めば、誰でも作れるものなので、【彼方からの使い】しか保有していないという【技術と知識】なんて必要ないですよ」
「……は?」
うわぁ、凄い間抜けな顔だあ。
パンダ耳と相まって、面白顔に見えてきた。
「【技術と知識】は必要ない?」
「ないですね。ストラップ程度ならすでにうちの従業員で製作に携わる者は全員作れます」
あ、口が引きつってますよぉ。
「ジュリ様の恩恵のお陰では?」
「まあ、作る速さや正確さには恩恵は出ていますが、手順などをちゃんと理解して守れば恩恵は全くいらないですね。特別販売占有権に登録してるレシピをちゃんと守れば誰でもそれなりに作れます」
ソファーから勢い良く立ち上がったわよ。
「お、恩恵が必要ない?!」
「いらないですよ、作るだけなら子供でも出来ます」
そして。
「うおっ?! どした?! アベルどしたぁ?!」
「失神しているな」
ドスンと崩れるようにソファーに座ったアベルさんは白目剥いて、怖い。ハルトが大袈裟にわざとらしくアベルさんの肩を揺すってる。彼氏が飄々とした顔で言い放つ。若干、二人とも口元が笑ってる気もするけど無視しよう。
「戻り次第、直ちに誤認を改めますよう進言いたします」
「ですね、ぜひそうして下さい。過大評価は迷惑なので」
数分後意識を取り戻したアベルさんだけど、呆然として話せる状況ではなくて見かねたハルトが往復ビンタ。
「お前な、その何でも大袈裟に驚いて勝手に失神するのどうにかしろ。それでよく王の側近が務まってんな?」
あ、失神はアベルさんの十八番でしたか……。やっぱりちょっと残念な人だ。
そしてハルト、往復ビンタは止めなさい。
「それで、改めて本題を、よろしいでしょうか?」
「そうですね、さすがに本題聞きたいです」
乾いた笑いが皆から出た。ここまで来るの時間かかりすぎ。そしてみんな途中から面白くなって来たみたいで帰ろうとしない。スレインなんてずっと口元手で覆ってアベルさんのこと見てるよ? それ、笑ってるよね。
「お店の商品、全て買い取りさせて頂きたいのです、いくらかかっても構いません」
既視感!! わぁ、隣に座ってるグレイの気がピリッとしてきた!!
「申し訳ありません、買い占めはいかなる高貴な方でもお断りしています、一度それを受けてしまうと二度と断れないのと、私の作品を求めて来てくれるお客さんが明日買えません。それは私の意思に反します」
「そうですか、失礼致しました。では、どれくらいでしたら売って頂けますか?」
ん? あっさり引いたわね。
「一般販売は例外なく、大きいものでも小さいものでも合わせて五個までとさせていただいています。アクセサリーに使っている金具類はもちろん、他にも委託して製作しているものはあるのでそういったものも欲しいという場合は職人をご紹介できますよ。そちらは応相談なので比較的沢山買えます」
「そうですか、ではその職人の店を後で教えていただけますと助かります。そして、もしその五個以上購入したい場合はどのようにすれば?」
おや。とても話が潤滑。
「並んで買っていただくしかない、と言いたいところですが。グレイとちょっと相談させてもらえますか? 何か対応策があるかもしれませんし」
「ほ、本当ですか!!」
私は笑顔で頷く。
「はい。私は以前、王族関係の方と接触して嫌な思いをしました」
突然の話題に、アベルさんは戸惑いの視線を向けてきた。
「……たぶん、王家でもこの事実は秘匿されて、もしかすると確認を取ろうとしてもそんな事実はない、と回答されると思います」
すると、ハルトが私に代わりこの国の王妃の腹心である【隠密】と私のトラブルについて語ってくれた。
公爵に存在を軽視されたので侯爵家が保護してくれたこと、マクラメ編みことククマット編みをきっかけに資金を作り、侯爵夫人に借金をして店を立ち上げたこと、今まで見向きもされなかった魔物素材を見いだし商品に仕上げて世に送り出していることまでわざわざ語った意図はわからない。
もしかすると、試しているのかもしれない。
【称号】【スキル】がなく、魔力も一切保有しない、【技術と知識】を持つだけの私が、王家に対して不敬とも取れる態度を取って追い返したことに、どう出るかを。
そして【神の守護】についてもハルトはあえて触れなかった。どこまで知っているのか、探っているのかもしれない。
そして一通り聞き終えたアベルさん。
「そうでしたか……大変な思いをされたのですね、さぞ不快に思われたことでしょう」
まるで、自分のことのように、眉尻を下げて、悲しそうに弱々しく言葉を口にした。
「そして、私がハルト様や侯爵家ご令息様を緊急で呼び出すような軽率な行動を取ったことも、さぞご不快でしたでしょう」
佇まいを直したアベルさんが胸に手を当てて礼をしてきた。
「多大な不安と不快感を与えてしまったことを心よりお詫び申し上げます」
きっと、獣王という方はとても偉大な方なんだろうと思う。法で人を傷つけることを厳しく戒める国だからでは済まされない、人として『平等な』礼儀を弁えているのは、この人が主と崇める獣王が優れた指導者だからじゃないかな。
「この失態は報告し、然るべき処分を受けたいと思います故、改めて伺いますのでこのまま失礼させて頂きたく思います」
あまりの堅苦しさに、たまらず笑ってしまった。隣のグレイは苦笑、ハルトは大笑い、後ろに控えてた皆も笑いだした。口を抑えていた一人は、腹を抱えて笑ってたわ。
アベルさんは、きょとんとしてたけど。
「はあぁぁぁぁ、これは、是非、主とお妃にお見せしたい光景です!」
感極まった顔でアベルさんが店内を見渡す。扉と片方の窓、無いけどね。グレイが近所から板貰ってきて自警団の二人とふさいでくれたけど、アベルさん、私はこの惨状を偉い人に見せたくないからね。
まぁ、それを除いてもアベルさんにはこの店内がとても衝撃的なんだろうね。アクセサリーはもちろん、見映えのするハーバリウムなどは目立つように照らして、小さなパーツたちは全てガラスの瓶や小皿に入れてずらりと並ぶ。他にもシュシュや小物入れを篭に盛って店内の数ヵ所においてたり、男性用小物も少しだけど一角に纏めて雰囲気をシックに統一して見て楽しいように工夫している。
「素晴らしいです、こうして見る機会を与えられたこと、心より感謝いたします」
耳が、ピクピク動いてる。
感動すると動くの?
かわいいな、おい。
モフモフ。
あれ、なんだか気づいたらアベルのベクトルが『残念』に向かって爆走してるような‥‥‥。




