9 * とある内職さん、現状と不満を語る
とあるおばあちゃんの語りです。
前話のようにジュリの周りではこんなことが起こってるという裏話的な内容です。
子供が成人し、孫も生まれ、夫は自警団でそれなりの出世をしてくれて、私は人並みに幸せだった。むしろ、ククマットではゆとりのある生活をしていたし、老後に不安など感じることもなく。
そんな穏やかで恵まれた生活が一瞬で壊れたのはもう十二年も前。
夫と私、長女家族の合計六人で馬車を借りて長女の夫が御者を勤めて、港に買い物に行ったあの日。
魔物が出た。
クノーマス領では滅多に現れない飛行型魔物のワイバーン。凶暴で冒険者の中級でも手こずる魔物。この魔物は数体で群れをなし行動することが多くて、見かけたらその視界に入らないよう身を潜めて通りすぎるのを待つしかない。
それでも、私たちは幸運だった。群れからはぐれたらしい単体、そしてその一体を追って緊急討伐に組まれた冒険者パーティー数組が駆けつけてくれたから。
そう、誰も命を落とさなかった。
命は。
後から聞いた話では腹がすいていたのか、ククマット周辺を旋回し、獲物を探す行動を見せていたらしい。その後突然方向を定めて飛び始めたと。その獲物に私たち家族が乗る馬車が選ばれてしまった。他にも私たちの前にも馬車がいたけれど、距離的に近かったのが私たち親子というそれだけのこと。
夫が自警団で勤めていたこと、娘の夫が冒険者だったこと、それが何とか単体のワイバーン相手に時間稼ぎが出来たけれど。
「おばぁ、ジュリちゃんきたよー」
「今日は来る予定なかったけどね?」
「急遽相談があるって」
幼い孫たちを抱き身を挺して守ろうとした娘はワイバーンにとって格好の餌食で。
ワイバーンが夫と義理の息子の隙をついてその視線が娘達を捕らえて。
咄嗟にそんな娘の前に飛びだして、ワイバーンに背を向けた私を当然躊躇なく狙う訳で。
腹に噛みつかれ、引きずり倒され、そこから記憶はない。あまりの衝撃に気を失ったのだ。
そして、目覚めた時には、命拾いしたことに気づいて安堵した反面、起き上がれないことに絶望した。
腰の骨や骨盤が複数砕けたと説明されて、ああ、もう歩けないと悟って。
しかし、この話を聞き付けた侯爵様が無償で高価な、骨折なら直ぐに元に戻せるという、庶民なら絶対に買えないポーションを届けて下さった。
そのお陰で私は寝たきりではなく、杖で何とか近所なら歩ける程度まで回復できた。
この恩は一生かかっても返せない。それでも何か出来ることをと、自分なりに必死になって探した。何でもするつもりだった。
足が不自由な初老に、出来ることなどなに一つなかった。
ただ静かに、人の迷惑にならないように生きる。それだけだった。
「まさかの血縁!!」
「言ってなかった?」
「聞いてない」
「ああ、あたしたち区画全然違うからね。今日はたまたま誕生会があって夜お祝いするから帰ってきてたんだ」
「あ、そうなの?! うわぁ、タイミング悪かったかな?」
そんな時。
夫が一枚の『依頼』の紙をギルドから貰って来た。
「お前、花好きだろ」
その一言だけ添えられて、それを渡された。
それがただ老いて死んでいくだろうと思うようになっていた私を変えた。
「おはようジュリ」
「おはよー、ミア。ごめんね、お祝いあるんでしょ?」
「いいんだよ、人の誕生日にのっかって大人が酒を飲む口実にするだけだからね。それに私は別にいつもと変わらない」
押し花はわりと得意だ。手作りの額縁に、絵の代わりに布に貼って飾るのが庶民が楽しめる少ない室内装飾の一つ。ただ枯らすのが勿体ないと今まで何度も作ってきた。でも、足が悪くなってからは止めていた。
生活の足しになるようにと裁縫で簡単に作れるものを作りそれを知人の店に置いて貰う日々だったから。裁縫が得意なわけではなかったから、作れるものなんて限られていたし、似たようなことをする同年代は多い。売れたら儲けもの、その程度。
押し花で稼げるなんて思いもしなかった。
しかも『代理』とは違う『内職』という働き方。何より、綺麗なものを必要とするために道具とその使い方が書かれた冊子が無償で貸し出される。花も規格の揃った物が欲しいからと定期的に届けてくれる。
『働くことを手助けする』働き方に、とても惹かれた。価格が安いものだからたくさん作らないとそれなりの稼ぎにならないと言われたけれど、それは『代理』も同じだし何より、必ず出来の良いものは買い取りしてくれるという。
採用試験の押し花を作った。
説明書の通りに。
数日後、追加の道具と花が 《ハンドメイド・ジュリ》から届き、つくり始めることになっていた。
「レターセットとメッセージカードかい」
「そう、《レースのフィン》開店お知らせの手紙を皮切りに販売も決まってね。当面特注は侯爵家だけ、でもそのうち条件付きで数十、数百単位の受注体制も整えていきたいのよ。でね、相談っていうのが」
「いいよ、作るよいくらでも」
「あ、違う違う」
「ん?」
「ミア、内職やめてうちの従業員にならない?」
……。
この子は七十超えたババアに何を言ってるのだろうか?
「で、受けたのか」
夫も娘たちも孫たちも呆気に取られている。
「私だって断ったよ。けどジュリが無視というか聞いちゃいないんだから」
「あんたね、こんなろくに歩けもしないババァに何が出来るって」
「うちは準従業員って働き方があって、まだ人数が少なくてちゃんとした規定は出来てないんだけど」
「そうじゃなく、あんたの店に行くのも私は」
「従業員の送り迎えや副業してる人から商品を受けとる 《ハンドメイド・ジュリ》が運営してる専用馬車の巡回が増えるんだよね、ていうか増やさないと困るくらいになってきてて」
「ジュリちょっと人の話を」
「うん、後でね!! でね、その馬車元々ミアの押し花を受けとるのにここも回ってるでしょ? この辺の人たちが使う停留所が目の前で、しかも一番本数が多い路線があるし」
「うん、まぁ、そうなんだけど」
「それに乗って店に来て、視察と内職希望者相手に実演とか色々やってほしいのよ」
「なんだって?!」
「それは時々だからそんなに気負わなくていいからね!」
「ちょっと待ちな! 」
「それとね、やっぱり押し花の検品をしてほしいわけよ。集まってくる押し花はみんなちゃんと基準を満たした人たちが作ってくれてるから問題はないんだけど、規格の揃ったものを作りたいとなると最終的にそれを一括確認してくれる人がやっぱり欲しいんだよね、欲しいというよりいないとマズイ、押し花使う作品が間に合わない! 今すでにギリギリ、あはは!」
「って、こっちの話も聞かずにペラペラと一気に話して、契約書をテーブルに置かれたんだよ。……しかも、給金見せられて、動揺しちまって、上手く丸め込まれた気がする」
契約書を見せた。
孫の祝いの席だけど、どうせ後で聞かれること。ならばと思い見せた。
夫が酒を吹き出した。
「最低保障給金だと?! こんなの大きな商家でもやってくれてるところはそんなにないだろうが!!」
「それがジュリは当たり前らしいんだよ。『基本給』というらしいよ、異世界では。まぁ、その仕組みとも厳密には違うと言ってたけどそれを参考にしたもので、長く働いてもらうための特典と思ってもらえればとか言ってたね」
孫たちも殆どがもう働き始めた。だから皆がその契約書を見て唖然としている。
月一、二回を予定している視察と内職希望者相手の研修棟での実演と、週二日、決められた就業時間内での押し花中心の検品とその他規格が決まっている内職品の検品。
これをすると、一ヶ月で三百リクル。一日の定められた数時間、一ヶ月十日を条件に、それを下回らない限り必ず貰えるようになる。これは現役を引退して、新人の育成や補佐をする自警団の補助員をしている夫が貰う一ヶ月の給金と変わらない。
「ねぇ、お母さん、これなに」
娘が指差すのは『特別手当て』。
「ああ、それは予定が合わなくて研修棟の実演に来れない人たちをこの家で内職してるときに 《ハンドメイド・ジュリ》の従業員の案内で来る人たちが見に来るのを受け入れると貰える給金だよ」
「……家で作ってるところみせるだけで金貰えんの?!」
娘の夫がフォークに肉を刺したまま、さっきから一口も食べていない。今叫んだ勢いで肉が落ちた。
家で視察をさせるのは確かに抵抗があった。どこにでもある普通の家庭、人様に見せられるようなところじゃない。
けれどそれが重要だと言われた。自宅でどれくらいのスペースがあれば出来るのか、毎日どれくらい作れるのか、そういうのは現場でなければ見られないこと。
確かにと納得した。けれどそれにしても金額が高い、そんなに貰うわけにはいかないと断ろうと思ったけれど。それはたとえ数十分でも不特定多数の人を家に入れてくれる人への配慮を含む金額だと言われて、驚かされた。
「一回、二十リクルだって……。なにその楽な仕事!! あたしもやりたい!!」
孫娘が大騒ぎ。
「出来るわけねえだろ、ジュリは仕事が完璧な人だからおばぁにって頼んだんだろ?」
「ええー、ずるいー」
「何がずるいー、だ! 不器用が!」
あたしの子供は女二人に、男一人。そして孫が七人。その孫娘の一人はククマット編みで既に副業が認められ、今一生懸命フィン編みでも副業を認められるようがんばっている。今日ジュリと会ったのもこの孫娘。今騒いだのは一番年下のそろそろ将来を考えるお年頃。
父親に窘められた孫娘は不服そうだが、事実だ。不器用だからね。
これでも日々緊張して内職をしている。
なぜなら、ジュリは『これでいいや』とはいわないからだ。ダメなものはダメ、容赦ない。妥協を許さない。だから『内職』なのだ。
しかし、性に合っていた。私にはとても。作るならちゃんとしたものを作りたいという普段から思っていたことが、ジュリのものつくりの姿勢に上手く噛み合った。
この歳でも出来ることがある。
ジュリの助けになる、それはクノーマス侯爵家への恩返しにもなる、夫がそう言っていた。クノーマス家は全力でジュリの力になろうとしているんだ、と。
その一端に、たとえ微々たる力でも関われたなら。
押し花の内職はそれもあって始めた。
けれど今は、それだけじゃない。
出来ることがあるなら、もっとジュリのためにやってみようか。
沢山の人に喜んで貰えるなら、しわがれたこの手で作れるだけ作ってやろうか。
そんなことを思うようになっていた。
「おばぁ、今日給金日だよね?」
「?」
「新しい服買って!」
「自分で買いな」
最近、一番下の孫娘が平然と物をねだってくる。
「ミアおばぁ」
「買わないよ」
「俺何も言ってねぇけど!!」
それに乗っかって他の孫たちもだ。
全く、老いぼれに金をせびるなんて恥ずかしくないのかねこの子たちは。
金を稼げるようになったことは本当に良かった。やりがいが見つかって本当に嬉しかった。
けどね。
「ねー、おばぁ、おねがーい」
最近、孫たちがしつこい。うるさい。
私はあんたたちの財布じゃないよ。こっちは真剣なんだ、恩返しするために。
誰か黙らせとくれ、孫たちを。
「じゃあさ!」
「うるさいね! 自分で稼ぎな!」
「なによ! 使い途ないくせに!」
「自分の葬式代だよ、死ぬときあんたたちに迷惑かけないようにしてやるんだから感謝してほしいものだね」
「もっと有効に! 可愛い孫にお恵みを!」
「俺もお恵み欲しい!」
「有効に使って欲しいなら押し花作る邪魔をしないで欲しいよ、これが作れなくなれば一リクルだって入って来ないんだから。ほらさっさと部屋から出て、静かにしててくれないかい。恵む金より葬式代が先だよ」
「ぐうっ! ケチ!」
「ケチで結構」
ああ、本当に誰かこの孫たちをどうにかしてくれないか。
昨日も買ってやったじゃないか。日々我が儘で贅沢になっているよ。
困ったものだね、ちょっとでも豊かになると人っていうのは欲張りになるんだから。
ミアおばぁも小金持ちババァに片足突っ込んでる一人ですね。
貨幣価値は地球や日本を参考に当てはめるのが難しいです。一般的に物価がとても安いけど嗜好品は極端に高い、富裕層と庶民では価値観も違う、そこに魔物素材や魔石、魔法など不安定な要素も加わることで複雑になり、平均的な数字というのは出せないのでは? と思います。
ただ、庶民の感覚で見るとミアおばぁの一ヶ月の三百リクルという最低保証はかなりのものです。
年齢、勤務時間、仕事の内容からすると考えられない額、と思って頂いていいかもしれません。
次回更新は季節のイベントネタになります。
連載には連動しない単話になります。




