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1 * グレイセル、ジュリについて語る。

グレイセルの独り言編です。


本日は一話のみです。

 



 液状になったスライムの核は魔石の部分以外は同じように溶けてしまうのですぐに取り出すのが良い。


 さらにその魔石を取り除いた乳白色の核も時間の経過と共に硬化するので、利用価値はある。マーブル模様や二層のツートンカラーにも応用出来るかもしれない。


 一体のスライムから相当の液体が取れる反面、固体差はあるものの数時間で完全に硬化してしまうので使いきれなかった液体の処理をどうするか、もしくは無駄にならないように何か考える必要がある。


 死んだスライムの液体は物を一切吸収しないようなので、なんでも閉じ込められる可能性がある。


 地面にそのまま放置されていると大地の栄養として分解されるので半年ほどで土に返るが、そうでなければかなり長期間変質しないというのなら素材としては期待が持てる。ただ、変色するかどうかの長期間の観察は必要。


 というとこまで、彼女は一気に話してくれた。

 どうやら、相当スライムのあの液体がお気に召したらしい。ずっとその話をしている。止めないとずっと。


「それなら問題ないはずだ」

「そうなんですか?」

「自然界に放置されているとボロボロになって土と変わらぬものになるが、そうでなければ最低でも数十年そのままだと言われている。スライムの死骸に触れたと気づかず剣の鞘につけたまま硬化させた昔の剣士がいずれは風化するだろうと放置したままで結局死ぬまでその硬化したスライムが取れなかったらしい。そしてさらに孫の子供がその剣を引き継いでもそのままだったという記録も残っているから確かな情報だ。他にも文献を探してみよう、長期間変質しない情報が出てくれば安心だしな」

「おおぉっ?!」


 変な声を出した。

 このジュリという女は少々変わっている。

 異世界から来たから、というわけではない。

 初めて会ったときからとにかく何かを考えている。そして頭の回転が速いのだ。

 とかく、『はんどめいど』という技術で必要な道具や素材の話をしはじめると、集中力がすごい。

 二十五才になると聞いているが、異世界から来た者が度々語るように「この年で結婚してなくても珍しくない」と彼女も言っていた。知人の【英雄剣士】のハルトとは同郷という事でその話でも互いに「こっちは早く結婚する人が多いからびっくり」と笑いあったという。

 結婚していないせいか、家庭的な雰囲気がとても薄い。


「自然界に放置すると、風化するってことは微生物の影響かも……。となると、普通に扱うだけならほとんど劣化もしない、変色もしないみたいだから、かなり優秀な材料なのかも。……硬化まで時間がかかるから、空気中の埃の付着とか、対策が必要かぁ。ライアスに木製の蓋つきの箱作ってもらわないと」

 家庭的な雰囲気が薄いことが悪いわけではない。むしろ、真剣に没頭して物を作り出そうとしている姿は頼もしくあり、そして様になっている。


 元の世界で趣味としてやっていたという『ハンドメイド』。女性がつくる物なら服に関連するものだろうと思っていたら違うらしい。

 今回両親が非常に食いついたコースターや私が目をつけた編み物。

 生活に密着するものだけでもそれなりの数がありそうなのに、アクセサリーや置物なども作っていたのだという。

 それでは職人と変わらない、と言ってみたが、あくまで趣味だし、同じようなことをしている人は無数にいると。


 では、何故彼女がこの世界に召喚されたのか。


 一重に神の采配だろう。

【彼方からの使い】の最大の条件は、魂が美しく、強固であること。元いた世界で悪事に手を染めず、それまでの人生で【誰かの命を救うような経験があること】と、この国では信じられている。

 ハルトと、そして彼女に聞いてみたが、そんな大それたことはしたことがないと笑った。

 しかし、二人とも何か引っかかるような顔を一瞬したのを私は、見逃してはいない。

 それをあえて言葉にして人に伝えようとしないその精神もまた、神に選ばれた理由だと。


 そして、やはり個々が持つ特別な力だろう。


 以前とある公爵がジュリに会った時ひどくがっかりして彼女のことを父に丸投げしたと聞いている。

 ようは『厄介者』としてみなした。

【彼方からの使い】は大陸中で保護される立場だ。彼らは何かしらの影響を与える存在であるとされ、『例外』はありえない。

【スキルなし称号なし】ということで公爵はジュリに価値はないと決めつけたが、父を含む我々一族はそうならない。決して。


「製作開始は少し待ってもらってもいいでしょか? 必要な道具が増えそうなので」

「構わない、君が商売を始めたのを邪魔するつもりはないと父も母も言っていた、焦らず時間のある時でかまわないから」

 私の言葉にジュリははにかみ笑いを返してきた。

「助かります。どうせつくるなら試作と言ってもしっかりしたもの作りたいし、約一年ぶりなんですよ、ハンドメイド的なことをするの。感覚が鈍ってると手元が狂う気がするんですよね、練習をしてから試作に入ります。その代わり良いものをお見せできるよう努力します」

「ああ、楽しみにしてるよ」


【技術と知識】という恩恵。

【スキル】や【称号】といった強烈な恩恵とは違い緩やかで穏やかな恩恵だと私の家では伝えられている。かつてこの国では【技術と知識】を持った者を保護したことがある。

 我が家の先祖がその人物の警護を担当した経歴があり、日記にしたためていたものが今でも厳重に保管されている。


『目に見えてはっきりと恩恵と分かる力ではない。むしろ、注意して日々観察していなければその変化や違いに気づかないような、緩やかで穏やかな力と思われる。しかし、その影響力は計り知れず、後世まで残り引き継がれるだろう』


 そう残している。

 その【彼方からの使い】は、非常に音感の優れた人物でこの世界に『楽譜』という知識をもたらした。かつて歌や音楽は全て聞いて見て伝承されるものだったが、その人物が『楽譜』『音階』『記号』というものを定着させ、歌や音楽が正確に、広域に伝えられるようになった。

 その人物が定住し音楽が繁栄を極めた伯爵領は数百年たった今なお『音楽の聖地』として大陸から人が集まり、絶えず音楽や歌が生まれ、そして才能ある人物が育つ最良の環境が整えられている優良な土地として栄えている。


 ジュリは、間違いない。


【技術と知識】をもつ。

 それによって、この領地の民の生活基準を底上げし、緩やかに、穏やかに、繁栄へと導いてくれるだろう。

 すでにその兆候はある。

 彼女の住むのどかな農村地域では、マクラメ編みの販売が可能な許可をもらえた女性たちが冬の間に腕章作りで腕を磨き、春になり、ジュリの露店に共に商品として売り出している。それは毎日瞬く間に売り切れ、そしてジュリやフィンが作ったものと遜色なく、皆がその安定的で統一された出来に驚く日々だ。

 そうして物を売った女性たちが収入を得て、農機具などの買い換えを検討できるようになってきたという。


 収入が増えることで、農地を豊かにするために必要な物への投資が可能になる。

 その投資によって、作物の質が上がり、収穫が上がり……。まだ見えぬ先のこと。それでも確かに民の豊かさが高まる傾向がある。


 父と我々は、彼女のことを決して蔑ろにすることはない。

 領地の民のため、この地の繁栄のため、そして、彼女の安寧のため。


【彼方からの使い】が幸せでなければ、繁栄はありえないだろう。

 そのために、我々も出来ることは何でもしていこうと決めている。









 そして。


 数日後、数枚のコースターを私は、一番に見せてもらえることになった。

「今回試作したものです。スライムが良い仕事してますよね!! いやぁ、久しぶりにこんなの作ったので楽しんでしまって、予定より二日もお見せするのが遅れちゃいました!!」

 軽やかに楽しそうに、愉快そうに、満足げに彼女は笑った。


 なんだ、これは。

 これが、コースターというもの?

 グラスを置くためだけの板?

 ばかな。

 そんなはずない。


「これ、が? コースター?」

「はい」

「……芸術品じゃ、ないのか」

「いいえ? コースターです」

 キョトンとした、少し間抜けにも見える顔で否定されてしまった。


 風に乗って散りゆくような本物の花びらたち。


 繊細な紋様のレース。


 薄い金属板で出来た花と蝶。


 本物の花びらと金属板の蝶。


 ガラスに閉じ込めたように、丸い限られた世界で美しく艶やかに、時を止めていた。

 日用品という言葉から、あまりにもかけ離れたその見映えに、私はただ見つめていた。


当面不定期ではありますが更新サイクル早めで投稿しようと思います。


せっかく執筆しておきながら長らく放置してしまっていたお話なので、出来る限り加筆修正しつつ、投稿する予定です。

ある程度投稿しましたらペースはぐんと落ちますのでご了承ください。



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― 新着の感想 ―
 うちの母親もキルトを縫って色々つくってたなぁ。クッションカバーとか。
[良い点]  私の目にするハンドメイドは、大抵日用品です。異世界転移ものでペットボトルが美しい品として扱われる事がありますが、あれも私たちにとって日用品です。ハンドメイドでは作れませんが美術品としての…
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