9 * エンザ、不名誉な二つ名を貰う
冒険者エンザの語り回です。
のほほんとした平和なお話です。
いやぁ、この歳になって、こんなにはしゃぐことになるなんて思ってもなかった。
俺の家は貧乏だった。最低限の教育だけは受けさせたいと必死になって働いてくれた親のお陰で基礎教育は全て受けられた。十六になってすぐ、そんな親への恩返しのために、冒険者になった。
基礎教育を受けたが、それ以上の教育を受ける金は流石に下の弟と妹のことを考えると親には頼めなかった。それに下の二人の為に必死に働き続ける両親を少しでも楽にさせたかった。
冒険者の最初はキツイ。金なんてろくに稼げないし、ただただひたすら同じ事を繰り返すだけ。基本を学び、知識を得て、自分の身は自分で守る最低限の術を身に付けるため、活動内容は九割五分、勉強と訓練。
けど、それを耐えて、初級の期間を終えて、実績の積み重ねで初めて受けた中級への昇格筆記試験は、あの場にいるだけで感無量になった。それだけ大変だったし、親にも心配かけたな。
けど、一発合格して、中級になって。
ああ、冒険者になって良かったと思った。
急に依頼の種類が増えて受けられるようになったし、パーティー皆で昇格したから本当の意味での中級冒険者パーティーとして周囲にも認められたし、さらに交友関係が広がって、色んなことが出来るようになった。
金を稼げるようになったんだ。
苦労をかけっぱしの女房に好きな服を買ってやれるようになって、両親に仕送り出来るようになって、末っ子の妹を基礎教育よりも上の学校に通わせることも出来るようになった。
そうして、気づけば今や中級でも一番上のランクになって、もう少しで上級に手が届きそうになって。
当然生活も飛躍的に向上して、女房と子供の為に一軒家を買えたし、貯蓄もそこそこ出来て、弟が結婚した時は近所でしばらく話題になるような盛大なお祝いをしてやれるくらいには余裕が出来た。
そんな時。
懇意にしている、護衛として依頼をしてくれる侯爵家との繋がりで知り合った【彼方からの使い】であるジュリさん。
俺より年下なのに、女なのに。
あの人は凄い。
【英雄剣士】ハルトとはまた別の意味で凄い。
女心をがっつり掴む技術を持っている。
俺の知る限りだが、あの人に敵対する女は見たことがない。
というか、俺の女房と娘もがっつり心を鷲掴みにされている。
作るものがとにかくキラキラしてて、色が綺麗で、今まで見たことがないものなのに、安い。
「あなた、次、いつ行きます?」
「お父さん、いつ行くの?」
すっかり虜になった女房と娘は、まだ決まってもない依頼の後に必ず取る休暇を聞いてくる。せめて依頼を受けた後に聞いてくれ。
こんなやり取りがしょっちゅうだ。
《ハンドメイド・ジュリ》が新作を出すペースが異常に速いせいで。
事あるごとに理由を付けて買いにいく事になってしまっている。
だが、その事でちょっと良いこともある。
二人が俺をとっても尊敬してくれることだ。
ジュリさんと交友関係があるからだ。
あの人はとにかく周囲がガードを固めている。鉄壁のガードだ。そう簡単に親しくなれる人ではないのだ。しかも【彼方からの使い】であり、流行の最先端を牛耳る人物。
そんな人が友達だと名乗ることを許してくれているから、俺の株がえらく上がったんだよ。
うーん、ジュリさんは本当に色んな恩恵をばらまいていると思う。ありがたい。
俺すら尊敬するジュリさんだが、その尊敬を桁外れに向上させたのが。
ハルトがオーナーの 《本喫茶:暇潰し》を考案したこと。
すごい、凄いんだぞ!!
本が読み放題。
個室でゆったりソファーに座って。
しかも格安。
なんだそれ。
本好きの俺をどうしたいんだ!!
と、訳の分からない感情で悶絶したよ。
金に余裕があるからいい宿に、なんて考えは古い。今は時間に余裕があるなら本喫茶に、が俺の楽しみだ。
そして、月に数日の 《ハンドメイド・ジュリ》がやってる夜間営業所に開店前に並んで、金に糸目を付けずに女房と娘のために新作を買う。
なんて贅沢だ。
真面目にコツコツやって来た、中級として頑張って来たからこそ許される贅沢だよな。
しかも俺はククマットを訪れる日を冒険者ギルドを通してハルトに連絡すれば 《本喫茶:暇潰し》の副支配人として勤務することが叶った。客同士のトラブルの仲裁や金銭管理など大変なことは多いが、特権として新しい本や入手困難な本をいち早く見れるし、定期的に入れ換える本で気に入ったものがあれば格安で譲ってくれるというんだから、最高だ。
「あんた、また来たのかい」
港のあるトミレア地区で依頼をこなした後、めずらしく昼間時間が空いたので 《ハンドメイド・ジュリ》の行列にパーティーメンバーと並んでたらさ。
『おばちゃんトリオ』のナオが声を掛けてきた。
ほとんど 《レースのフィン》にいるナオなのに、なぜか俺はこいつとよく遭遇する。夜間営業所で買うついでに本喫茶で過ごすため部屋の予約を先にしに行った時に店前でばったり会ったのがつい数日前だ。
「おお、ナオか」
「あんたが昼間なんて珍しいね?」
「時間が空いたし仲間がここに行くって聞いてついてきたんだよ」
「なるほどね」
「ナオはなんでこっちにいるんだよ?」
「給金日だからね、今からちょうど受けとる時間なんだよ」
「ああ、なるほど」
今日は月末、確かにジュリさんが関係している各所の給金日だ。
「ナオさん機嫌よかったわね?」
「そりゃそうさ、ものすごく貰えるみたいだしね。なんでも役職が付いている人はギルド職員よりも貰ってるって話」
「そうなの?!」
「だよね? エンザ」
仲間の問いに俺は大きく頷く。
「同じ時間働いたとすると、ギルドに入って数年の奴の三割増し、とか言ってたな」
「ひええっ! そんなに?!」
「そりゃ機嫌も良くなるわけだぜ」
「ババアたちのニヤニヤした顔、一回見てみろよ、怖いぞ? 《ハンドメイド・ジュリ》から出てくる時のあの顔は魔物も寄り付かねぇよ」
俺が、笑いながら言ったら。
仲間が青ざめた。
「誰がババアだって?」
「ひっ!」
思わず声が出た。
ガチガチに固まった体をぎこちなく動かし振り向けば。
そこにはメルサがいた。
「ババアって言ってたね? エンザ。あたしらをババアって言っていいのはジュリだけなんだよ」
声が怖いぞ。
笑顔が怖いぞ。
そして笑ってない目がコワイデス。
『小金持ちババア』は、今や褒め言葉としてこのククマットで定着している。
ジュリさんがいい始めたことで、子供たちに『将来的の夢は?』と聞くと今第一位に君臨する女の子たちの夢だそうだ。そして最近は『小金持ちジジイ』も、ガキどもの夢として上位にランクインしはじめた。
なのに。
『ババア』という単独の単語だけは、キレられる。
理由はこれもジュリさんだ。
「働いてお金を稼ぐ、しかも家庭も守る女性をババアと言うやつ、グレイに徹底的に殴られてしまえ」
やんちゃな盛りのとある息子が、母親に叱られて『ババアうるせえ!』と言ったらしい。その母親がジュリの店で働くおばちゃんの一人だ。給金日にわざわざ小遣いをせびりに店近くまで来たその息子とおばちゃんが喧嘩してるのに遭遇したジュリさんが、ツカツカと大股の勇み足で近づいて笑顔で言って、その隣でグレイセル様が素晴らしい笑顔で拳を掲げて見せたらしい。
以降、すっかりやんちゃな息子は大人しくなったそうだ。
そしてそれに伴って、『小金持ちババア』は褒め言葉だが、『ババア』は禁句、という奇妙でややこしい暗黙の了解がククマットで定着した。やんちゃ盛りのガキどもは、ジュリさんの耳にその単語が入らないようにそれはもう細心の注意を払っている、なんて言われてるんだよ。
「なんだい、どうしたんだい?」
うわっ、ウェラが来た!!
「珍しいね! メルサが怒ってるよ!!」
げっ、デリアも来た!!
「なになに、どしたの?」
「あれー、エンザさんたち昼間見るの久しぶりだね!!」
シーラとスレイン!!
「あら、皆。どうしたんですか?」
「賑やかだと思ったら同僚たち (笑)!!」
「まあ、珍しいメンバーで立ち話してますねぇ?」
「差し入れ持ってきたんだけど、足りる?」
「研修棟二階でお茶しませんか?」
「こんにちは! 皆、集まってどうしたんですか?」
いやいやいやいや!
なんで 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》、そして露店の売り子含めた従業員がこんなに!!
「お給金貰ってギルドに預け入れしたら研修棟で集合しちゃう?」
そうだった! 今日は給金日! テンパって忘れてた!
「こいつがさ、ババア言ってたんだよ。あたしたちのこと」
そしてシン……と静まり返る。
仲間たちはもちろん、並んでいた行列のやつらもきれいに列を蛇行させて俺一人にしやがった!!
「……へえ」
「言ったんだ?」
「グレイセル様に殴られたいのかも!!」
「あ、今忙しいよ、給金日だし」
「じゃあ連れて来れないね?」
「いや、でもほら、報告してあとで殴ってもらえば」
「ああ、その手もあるわね」
「た」
俺は、自然と膝と手を地面に付けていた。
「大変申し訳ありませんでした」
ハルトに教わった。
《ハンドメイド・ジュリ》と《レースのフィン》では通用する、最大級の謝罪。
土下座。
「あ、土下座だ」
「エンザも知ってたんだね」
「わぁ、初めて見ました、リアル土下座」
「誰だい? 土下座教えたのは」
「ハルトさんじゃないですか?」
「ああ、あの人もしょっちゅうジュリさんにしてますよね」
大変な、屈辱である。
「あははは! ひゃはははは!! エンザさん土下座したんですか! うっそでしょ!! あひゃひゃひゃ!!」
ジュリさんは、大笑い。
「ウケる! っひ! くひっ! 土下座!」
キリアは笑い過ぎて、呼吸困難。
「……っふ、くふっ、あ、すまない、くくっ」
グレイセル様は、堪えてくれてるけど、堪えきれていない。
「っ! 見たかった、くはっ! ははっ、あぁ、見たかった!」
ローツ様なんて、呼吸困難の峠を越えて、思いだし笑いの段階に入った。
二階の打ち合わせスペースに顔を出したらこの有り様だ。お喋りな女たちが皆で俺の土下座について語ってから給金を貰って帰って行ったらしい。
なんの羞恥プレイだ、これは。
パーティーの仲間たちも、ずっと笑ってるよ! てゆーか、寛いでお茶してんじゃねぇ!!
「ぶはっ!!」
ずっと黙ってた、何かの設計図とにらめっこをしていたライアスが吹き出した。
くそぉ、これでも名の知れた冒険者なんだぞ!!
あのババアども、ほんとに嫌だ!!
「今エンザさん、ババアって思ったでしょ」
笑いながら、ジュリさんが指摘してきた。
怖かった。
そして、しばらくして俺はククマットで『土下座のエンザ』と呼ばれていることを知る羽目になる。
……なんでそうなる。マジで嫌。
エンザのキャラがだんだん残念になっていってます。こんなはずじゃなかったんですが……。
エンザもソファーでゴロゴロしてると奥さんに睨まれてる人だと思います。
そしてここまで読んで頂きありがとうございます。
続きが気になる、好きなジャンルだと思って下さいましたら感想、イイネ、とそして☆をポチッとしてくれますと嬉しいです。




