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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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9 * 順調、そして。

 特にトラブルもなくプレオープンを終えて、一般販売も開始して、今現在驚くほど順調の 《レースのフィン》。

 フィンを筆頭に実力者たちが揃うフィン編みは在庫切れを起こし休業、なんて心配もなく実に多彩な種類が店頭に並んでいる。

 色は白が多いけれどそれでも黒や紺色と言ったダークカラーからパステルカラーまで揃い、さらには大きさ、形、柄も豊富で正直私は把握していないわよ (笑)。


 もちろん、ククマット編みも置いている。露店とは違いこちらは主に贅沢に天然石と組み合わせたアクセサリーが主流。ネックレスとブレスレット、そして細身のベルトなどが並んでいて、そのコーナーは目を引く。


 そして 《レースのフィン》立ち上げが本格化した時、どういった商品を扱うかという話し合いが当然何度もなされた。

 単にレースだけではその用途が限られる上に分からないという人も多いだろうという意見が圧倒的でね。じゃあどうするか、と頭を悩ませていた。

 まずククマット編みと天然石を合わせたアクセサリーは皆からも直ぐに上がって来たのよ。似たような格安のものは既に露店で出ていたからね。あとストール。これはシルフィ様やルリアナ様にプレゼントしたり買ってもらっていたからこちらも商品化が直ぐに決まって。


 でもねぇ。そこからが難産。皆考えて過ぎちゃって全然出てこなくて。

 だからいくつか私が提案した。


 レースのストールはストールになる素材の布地に重ねて縫い付けて完成。それと同じように、重ねる手法で作れるものを。


 クッションカバー


 硬貨袋 (財布みたいなもの)


ハンカチ


 まず、これらは直ぐに作れるだろうから試作を明日から始めるようにと当時言った記憶がある。全面レース張りにするもよし、ポイント使いにするもよし、とにかく本体の作りが単純なものなんだから下地になる布の素材と色、そしてレースの柄さえ決めてしまえばわりとすぐに完成に至るだろうから、と。

 それを基に皆からもアイデアが出ればと思ったんだけど、そう簡単には事が進むはずもなく。

 で、次の段階として。


 バッグ (クラッチバッグのような小さなお洒落バッグ)


 手袋


 を提案した。

 この二つについては製品化まで時間を要する。手袋は手の甲側を全面レースにするなら下地は相当薄い布でなければならないし、袖口に飾るだけならまだしも、レースがメインになるならデザインも重要になる。バッグは柔らかい素材なのか硬い素材なのかで加工工程自体が違うものになるだろうし、全面張りにするのかポイント使いにするのか、それとも独創性のある使い方にするのかなどセンスを問われる。

 女性の手元はその人の品格を表していると私は思っている。貴族の中でも貴婦人と称される人たちほど所作、手元の美しさが際立っているとシルフィ様や他の貴族女性を見ていて思うようになったの。その手元を 《レースのフィン》の作品たちが飾るならそれは大変名誉なこと。でもだからこそ半端な物は出せない。


 あえて難しい商品を提案したのは、後から追いたてられるようにそういう商品を作るのではなく、初めから作りなれていれば後々どんなものでも臨機応変に商品化が進められると思ってのこと。難色を示したフィンたちを説き伏せて商品化するよう捩じ込んだ。


 そこまで行ってもまだ悩んでばかりで若干私がイラっとしてしまい (笑)。


「服にして売れ!!」


 と、半ギレで言ってしまったことは今となってはいい思い出。

 で、その半ギレが効いたのか、フィンとおばちゃんトリオが一日喧嘩しながら話し合って。


 スカート


 飾り (つけ)襟


 の二つが出てきたので合格を出した。

 スカートはほぼ一点物ばかり。あえてそうして特別感を味わえるようにしたの。全面レースは高額すぎてとてもじゃないけど普通には履けないとなったから基本は裾にぐるっと一周させるか柄の代わりに縫い付けするだけなんだけど、それでもスカートの形や色、レースの柄、色の違いで一点物にしてしまってもデザインのルーティーンに困らない。

 あ、サイズはフリーサイズよ、ウエストはゴムだからね (笑)!!

 飾り襟は元々この世界では一般的なお洒落の一つで、古着を着回す為に女性なら一枚二枚持っていて当然のものなのよ。それをレースで作れば、それはそれは華やかになるだろうから人気が出るんじゃないかとこれには私も期待を込めている。


 とまぁ、これら私が提案したものは今すでに商品化されて店頭に並んでいて、しかもプレオープンから二週間だけの期間限定商品も一緒に並んでいるから皆がんばったね!! と心からの賛辞を送ったわよ。

 期間限定商品には、女の子向けのポシェットやスカートもある。子供向け商品まで手が回らないのが現状だけど、市場調査を兼ねて今回は皆に頑張って作って貰った。いずれは女の子のあこがれのプレゼントの一つに 《レースのフィン》の名前が入ってくれるのを目指している。

 開店までの準備期間中、私の煽りを受けて後半に差し掛かる頃には皆で意見を出しあえるようになったみたい。そのお陰で膝掛け、帽子も一点モノ商品として開店に合わせて製作が間に合った。

 今後は自発的な商品開発ができる環境になればと思う。

 レースと布を組み合わせた商品はたぶん無数にデザイン出来るけれど、それを使えるものとして売り出すまでには時間がかかる。

 レースは糸の塊。ちょっとした所に引っ掛かってほつれたり切れたりする。

 それを如何に減らすか、無くすか、それは作り手の努力で解決するしかない。


 ただ編むだけなら練習次第で誰にでも出来る。

 《レースのフィン》に商品を提供している女性陣は既にその域を脱し、その先を目指して貰わなければならない。

 売ってお金を得ているんだから、『責任』をその分提供しなくては。

 新しいデザイン、素敵なデザイン、色も形も、種類も数も、責任を持ってつくって売って欲しい。

 業績不振だから店を畳めばいい、そんな簡単な話じゃなくなっている。ククマットとその周辺を巻き込んだお店になってる。

 巻き込まれた人たちのためにも、立ち上げから関わり、店に立っている人たちは利益を出して維持していかなければ。


『そこまで考えてない』と、何人かは開店前に辞めてしまい編んで納品するだけの副業へ鞍替えした人もいると聞いている。

「仕方ないね、強要できないし」

 と、フィンは笑っていたけれど。

「なんでこのレースがここにあるんだい!」

「今在庫の確認で倉庫が大変だからだよ!」

「汚しちゃうだろ!」

「汚さない努力しな!」

「その前にここに置かないでよ!」

 レースという繊細な物を作ってるわりには些か荒っぽい口調で会話をしているのはおばちゃんトリオ。

 彼女たちは率先して、いや、むしろ他の人を突き飛ばさん勢いでこの店に関わって行くことを初期のころから覚悟してくれていた。頼もしい限り。


「やりがいって大事よ」

 そう言ったのはキリア。

「お金を得たいだけなら、仕事なんてなんでもいいんだから。それこそ体が資本になる重労働なら手っ取り早くお金を稼げるじゃない? でもそれが嫌だから編み物始めて、買い取って貰ってお金を得るようになって、もっと欲しいと思ったけど責任が重くなるって分かってその人たちは辞めたわけでしょ、要するに働くことに重きを置いてるんじゃなく、楽な部分に重きを置いてるような人ってことよ」

「ま、ね。でもそれじゃあねぇ。今後も編み手は増えていくんだから、そうなると新しく入ってくる人たちに埋もれちゃうでしょ。せっかく覚えたのにね」

「それこそ自己責任でしょ、人が増えていくだろうなんて、ククマットにいれば誰だって分かることよ。編み手だけ増えないなんてバカでもそんな楽観的なこと思わないわよ。辞めた人たちからの買い取り枚数が減って、その人たちの収入が減ってもこっちの責任じゃないからね。新しいデザインや糸がどんどん生まれている環境を自分で捨てて今以上の物を作れないまま去った人の心配なんてあんたがすることじゃないわよ」

 辛口。

 キリアが辛口だ。

「てゆうか、そんな人が作った物をあたしが買いたくないだけ。『この程度』ってものしか作れなそうじゃん。せっかくお金出して買うのにそんなの絶対買いたくない」

 ああ、キリアのそう言うところ嫌いじゃないよ (笑)。


 恐ろしい速さで待合喫茶室と工房が入る棟や、富裕層のお客さんが乗ってくる馬車の待機場所などが建築される音を聞きながら、思う。


 十人十色、いろんな価値観がある。


 沢山の人が集まればそれだけ色んな意見や思いがあるわけで。


 不平不満を全て解決することは不可能だけど。


 なんとかなるものだ、と気楽なことを思えるのはキリアやフィン、おばちゃんトリオといった、意欲のある人たちに恵まれたから。


 つくづく、私は恵まれている。

 大事にしよう、今あるものを。













 プレオープンから数日、私が完全にフィンたちに 《レースのフィン》を任せて久しぶりに朝から工房に籠ろうと思っていた日。

「何かあったのか?」

「んー、手紙からはそれは感じないかな。でもこうして正式な手紙でわざわざ呼び出すってことはそれなりの話なんだろうけど」

 フィンとライアスと朝御飯を食べて、食後のお茶を飲んでいたら侯爵家から使いが手紙を持ってきた。

 螺鈿もどき細工のことをまだ引きずっているライアスはかなり険しい顔をしたけれど。


 内容はたいしたことない。

 休みの日予定がなければお茶を飲みに来るついでに話を聞いてくれないか、というもの。

 確かに次の休みは最近ずっとバタバタしていたから予定も入れてない。グレイと二人で何をしようかと昨日話してたくらいだし。


(問題が起きた、って感じではないんだよね)


 何かあればこんな手紙など用意せずに迅速に動くはずの侯爵様だからね。


 そして。

 手紙に『話を聞いてくれないか』と書いた理由が侯爵様と会ってわかった。

『相談がある』ではなく『話を聞いてくれないか』と。


「そういうことですか」

 美味しいお菓子とお茶を堪能し、一息ついた頃に見せられたもの。

 それはこの国の王妃、ベイフェルア国王妃殿下からの『私へのお願い事』。

「……吝かではないんですけどね」

「え?」

「王妃殿下が私のために色々手を回して下さってる話は聞いてますから」

「では」

「ただ、ちょっと、今考える時間を貰いますね?」

 私の煮え切らない反応に侯爵様が苦笑して、隣でずっと黙っているシルフィ様が少し不安げに私の様子を伺っている。

「……条件を、提示してそれを受諾していただけるのでしたら、かなり前向きに検討します」

「その条件とは?」

 私は手紙を侯爵様に返して、姿勢を正す。


 こんなことが書かれていた。


 娘である王女のデビュタントがあり、その後の王妃主催の晩餐会でテーブルを飾るもの、もしくは招待客を喜ばせるものを作って欲しい。

 今後そういった大きな晩餐会などに定期的に 《ハンドメイド・ジュリ》の作品を取り入れたい。

 そのためには援助は惜しまない。


 ざっくり言えばそんなこと。


「……定期的に、というのは受けられませんということと、援助は不要、ということが最低ラインです。この二つは譲れません。これを受けいれてしまうと今後全ての貴族相手に対応せざるを得なくなりますから」

「……確認してみよう」

「それと……その晩餐会に提供するものですが、作れないものを要求されても無理なので、こちらから色々と提案しますし、妥協してもらうこともあることを伝えてもらえますか? それでしたら、受けても構いません」


 いつか、来ると思ってた。


 王家からの依頼。


 正式には王妃殿下からだけど。


「ありがとう、ジュリ。感謝する」

 侯爵様が表情を緩めた。シルフィ様はほっと胸を撫で下ろしたように見えた。


 《ハンドメイド・ジュリ》の開店から一年。

 《レースのフィン》が開店したばかり。


 とても小さな、目に見えない、感じない、そんな転機が訪れていた。



ここまで読んで頂きありがとうございます。


続きが気になる、好みのジャンルだと思って下さったら感想、イイネ、とそして☆をポチッとしてくれますと嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
キリアの言葉は……「やろうと思えばできる」ことが前提ですね。 だけど、新しいデザインを「思いつく」ということが、できない人が、適性を持っていない、その期待に応える能力を持ち合わせない人が……世の中には…
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