9 * もう間もなくです
技術やレシピを販売したり、それによって作りだされるものを販売する権利『特別販売占有権』という、この世界の開発者の権利を保護することで得られる利益は、私が持ち込んだ編み物関連のものは今フィンが権利を所有して利益を得ている。
なので、私はレースを彼女に丸投げして、依頼して作ってもらう立場になってるんだけど。
「無理、無理だよもう」
フィンが震えながら言い出したのは先日。
「なんだい、この金額。民事ギルド、計算間違ってんじゃないのかい……」
ククマット編みやかぎ針編みことフィン編みの全ての権利がフィンに。『特別販売占有権』は、その人が認めたなら他の人も同じものを作り、売ることが可能な『同意販売権』というものも付随していて、それからもその手数料が僅かだが入ってくる。ククマットではいま露店が三店舗、ククマット編みがメインで売られていてフィン編みの小さいものも販売を開始したし、ドイリーやストールと言ったかぎ針で編むものでも大きい部類は 《ハンドメイド・ジュリ》の店頭に並ぶか、今度オープンする 《レースのフィン》の店の商品の在庫として今おばちゃんたちを筆頭に猛然と編んで増やしている最中。
そして新店舗用のレースは資金調達の意味もあるのでグレイが一旦買い取り、開店後 《レースのフィン》がその総額を分割で返済していく契約を交わしている。
編み物は常に売買されている。
つまり、編み物の『特別販売占有権』から常にフィンにはその手数料が入り込んでくる。
今、彼女が見ているのは民事ギルドからフィンの預金口座的な『預り口』というものにその手数料がどれくらい入ったかが記載された紙が。
フィン、そういうのに執着ないのよ。
ライアスが働いた分で生活出来るからって、その預り口の明細見たことないんだよね。私と一緒に働くようになって支払われるお給金もサラッと確認するとすぐ預り口に入れるだけだし。見なよ、って言っても
「ああ、いいんだよ、老後の足しになればいいくらいに思ってるものだから」
って。
そんな気軽な額じゃなくなってるんだけど。
とは敢えて言わなかった。
で、少し前にリザード様の鱗を見いだして気分上々の私が作りたいもので頭がいっぱいになってた時に、お店のオープンが近づいて、万が一お店が軌道に乗らなかった場合、いくら私が経営者でも全部私が背負うことを良しとしない、それではダメだと思ったらしいのよ。そのときのために、お金は少しでも多くあるべきだと。
で、見たんだね。
少しくらい足しになれば私が苦労しないだろうって。そういえば特別販売占有権のお金が入ってきているからそれを使えばいいだろうって。
その気持ち、とってもありがたい。
ほんと、うれしい。
だけどね。
それよりも面白い。
フィンが面白いことになった。
破りそうな強い力で紙を握りしめて震えたんだから。まばたき速い、多い (笑)。
特別販売占有権の収益は三ヶ月に一回まとめて入ってくる。
「これより桁数増えたらあたし死ぬ」
って、ブツブツ言ってちょっと病んでる 、大丈夫かな (笑)。これからも確実に増えるから死なない努力して。
要は、小さな店一軒なら家具や品物ごと簡単に買収できる金額。なんなら新築の家一軒追加で建てられるよ。そんな金額が知らずに入ってた。いや、知らずにっていうか、知ってなきゃいけないことなんだけど。
「ククマット編みは今でも毎日売れてるし、資金調達のためにお店に並べるレースは全部一回グレイが買い取りして在庫として確保してるんだからそりゃすごい金額入ってくるでしょ」
って前にも説明したことをもう一度説明したけど聞いてない。
「それなら、一つ提案だ」
あら、彼氏がフィンに助け船出したわね。フィンに背を向けて思いっきり笑い堪えてたとは思えない冷静な顔してる。
「その金で隣に建てたらどうだ? 休憩所や、工房を」
おおっ、なるほどね。
確かに。
「もしくは……買いにくる客のための、飲食店か。それは大袈裟か? お茶と焼き菓子程度でいいんだ、待合室のような。市場を離れるとこの辺はそういう座れる店も場所もない、あると違うと思う。工房と、自分達の休憩所を二階にして、一階を待合室にする手もあるしな」
「お、おまかせします、なんか、作って下さい……お金、何とかしてください」
あ、フィンが丸投げした (笑)。
ということで、先日大金の使い途を丸投げされた彼氏ですが、お店の雰囲気とか工房の造りとなると結局私の意見や発想が重要ということで、私の補佐をするに留まる姿勢。
「やってよ」
「そうもいかないだろう? 私たちは根本的にジュリと感性が違う、どうしてもジュリの目指すものから離れてしまうだろう」
「んー、でも、待合室ならグレイの感性必要だよね? 貴族が来ることも想定してるわけだし」
「それなら、母やルリアナが」
「そこはグレイがちょっとやってみてよ」
「しかし」
「提案した責任よ、というか、出来ると思うけど」
そう、この男は出来ると思う。
だって、私の好みをちゃんと把握してるのよ。別に口に出してそういう話を意図してしたことはないはずなんだけど、服のデザインや色とか結構私の好みをちゃんと選べる。
それって、つまり私を良く見てくれてるってこと。そして店のことも大半を任せられるこの人なら、貴族たちが少しの間休める場所に、私の意見をうまく取り入れて貴族の人も不快さを感じないものに仕上げられると思うのよね。
「……ジュリが、言うなら。やってみるか」
と、グレイが腰をあげてくれた。
さて、こうなるとこの男は速い。
あっという間に建築関係の職人に 《レースのフィン》と同じ屋根と壁の、けれど店とは全く形が違う建物の設計をお願いしていた。
なんで違うものにしたのか? と問えば
「まず外観で店か待合室のある別棟なのか判断出来るようにしたかった。それと、この先渡り廊下などで繋ぐ可能性や改築も視野に入れるべきだろう。土地の形から違う方が後が楽だと思ってな」
おおっ、私なら絶対『面倒だから同じで!!』って言ってることをちゃんと考えてる。こういうの聞くと私と違う感性はやっぱり必要よね。
そして、《レースのフィン》本館で働く人たちのお店二階にある休憩室と工房とは別に、もう一つの休憩室兼多目的スペースを二階に店となるべく同じ家具を似た配置にして使いやすさを追求。
そして一階だけど。
これが素敵!!
大きく分けて、一番広い待合室、そこで提供するお茶やお菓子の準備が出来る広めのキッチン、そしてお手洗い、とあるんだけど、もうね、待合室が素晴らしい!!
置くテーブルは少ないんだけど、その代わりテーブル近くの壁には荷物を置いておける棚がちゃんとテーブルごとに仕切られて間違って荷物を取り違えたりしない配慮。そして貴族同士がその場で顔を会わせたときに他の人と距離を取ってちょっと話が出来るように奥に半個室のようなスペースが確保されてる。そこは人数によって広さを変えられるように衝立を置くだけにするんだけど、手前の待合室のテーブルや椅子よりも少し高価な物を置く。
設計図とこの計画に沿った内装関連を聞いて私がワクワクしたわ!!
「グレイ、今後店を増やすときはグレイがコーディネートしてもいいかも」
「……そうか?」
あ、ちょっと嬉しそうだわ (笑)。
そんなこんなで順調な開店準備。
《ハンドメイド・ジュリ》ですでに私のやり方を把握しているグレイとローツさん、常に側で支えてくれているライアスとフィン、そしてお店の経営を支える大切な従業員たちが忙しなく動きながらも実に楽しそうだ。
うーん、この地域の人たちは本当によく働く。稼げるときに稼ぐ、という習慣が体に染み付いているせいらしく、実はこちらから休めと強制しないと休まない。
ブラックまっしぐら!!
これはマズイ。
「準備にもシフト組むのかい? 別に無理してる訳じゃないし、そんなのいいのに」
っておばちゃんに言われたけど。
「シフト制になれて欲しいってのもあるのよね、全員がお店の従業員として店に立てるわけじゃないでしょ? 平等かつ無理なく働ける環境は最初に構築しないと後から変えるって大変だから」
「そんなのもんかねぇ。農家は毎日働くだろ? 別に気にすることじゃないと思うけど」
「だからこそ。皆には二足のわらじをして貰うことになるんだから。休める時は休む。そして万が一何かあったら助け合う、そういう店にしていきたいのよ」
「なるほどねぇ」
私とおばちゃんたちの会話を聞いて、グレイがとても穏やかに微笑んでいた。
「さっきの、なに?」
「何がだ?」
「私たちの会話を聞いて、嬉しそうにしてたから」
「ああ、あれは。……ジュリで良かったと改めて思った」
「なんで?」
「……皆、楽しそうだ」
「え?」
「楽しそうに働ける環境は、とても貴重だと私は思う。特に、こうして片田舎の、農業で生計を立てていた者たちはな。……天候に左右され、毎日どんなに丹精込めて育てても駄目になるときはある。侯爵領といっても、良い土地といっても、税収には限度があった。領民の収入そのものが底上げ出来ず長らく停滞していた。そんな場所は山ほどある。明日の生活に不安を抱えていた生活が、今は豊かな老後のためにという目標を立てられるそんな環境に領民の手が届くようになってきた。……クノーマス家がどんなに苦悩しようとジュリがいなかったら、こうなることは永遠になかったと思う」
「そんなことないと思うわよ」
「そんなことあるんだよ」
「そう?」
「ああ、だから、心から感謝する。そして、尊敬する」
うーん! むずむずする!!
彼氏に本気で誉められるって恥ずかしい!!
「なら、これからも気合い入れて小金持ちババア量産しないとね!!」
「ははっそうだな」
うん、誤魔化せた。
ホントに照れるわ……。
少しして。
初雪が降った。チラチラと舞う程度の、でも本格的な冬の到来を告げる雪。
早いもので、この世界に来て三度目の冬を迎えている。初めての冬はククマット編みを始め、次は 《ハンドメイド・ジュリ》を開店。
そして色々経験しながら、毎日騒がしく慌ただしく過ごしてここまで来た。
《レースのフィン》
看板が掲げられた店頭。
《ハンドメイド・ジュリ》とは違う特別な感情がここには込められている。
あの日、フィンにレースを編まなければ、マクラメ編みでお金を稼がなければ、《ハンドメイド・ジュリ》すら存在しなかった。
いつの間にかマクラメ編みはククマット編みに、カギ針編みはフィン編みと名称が定着して、作り手は最早私が把握出来ない人数になっている。今でもその人数は増え続けていて、お店を開くに必要な作り手だけでなく、この国、大陸に広める力になっている程。
「いよいよだね」
看板を眺めるフィンはさっきからずっと無言。
「フィン、ここからだよ。フィンの人生、ここからもっと楽しくなるよきっと」
私の言葉に、弾かれたようにフィンは目を見開いて私を見つめる。
「……もう、いい歳だよ、あたしも」
「歳なんて関係ないよ」
「ジュリ……」
「フィンがいなきゃ、この店は出来なかった。ククマットに人を惹き付けるためのことを提案したのは私。だけどね、その先はフィンがいたからここまで来たし、これからも進める。楽しもう、一緒に」
「……そう、だね」
「一人でも多く、少しでもいいから、豊かになればと思ってた。何となく、停滞していたこの土地に不満があって……。皆を巻き込むことにこれでも躊躇いはあったのよ、でもね。今は巻き込んで良かったと思ってる。楽しそうにしてるの。皆がね、『明日給金日だね!!』ってウキウキしてるの見るの私結構好きなんだよね」
「あははっそうだね!」
笑った彼女の背中を軽く手で叩く。すると彼女も私の背中を叩いて。
「忙しくなるよ、今まで以上に」
「じゃあもっと頑張らないとだね」
「ブラックに足突っ込むのは止めてね」
「それを止めるのはあんたの仕事でしょ」
「《レースのフィン》まで面倒みきれないよぉ」
「あたしだってそこまで才能ないよ」
「じゃあ、才能ある管財人さんを侯爵家から貰おう」
「そんなこと言えるのあんただけだからね」
「グレイも言ってるけど」
「一緒にするんじゃないよ」
笑いながら、看板を見つめた。
《レースのフィン》。
さあ、新しい事がまた始まる。
ようやくここに到達した感じです(笑)。
序盤からこの店のことはちょくちょく出てたんですけどね、色々と計画して組み立てて進めたら百話超えないと出せなかったという状況を自分でつくっていました。
まだまだ続きます、是非これからもよろしくお願いします。




