9 * あの人への贈り物 、再びの続き
キリアとライアスの協力を得て、出来上がった懐中時計。
時計の組み直しなどは本職じゃないといいつつ手際よく正確にやってのけるライアスには本当に助けられた。惚れ惚れする手の動きだったわ、流石だよ。
刺し子の模様を取り入れ、線の重なる所にポイントとして数ヶ所のみに極小のブルースライム様の研磨によって宝石のようなカットを施されたものを乗せた。
銀色の本体に、黒い線とポイント使いのスライム様のみの、実にシンプルな懐中時計。
パチン! と開けば中はうっすらとグレーがかった文字盤は光の加減でオーロラカラー特有の淡い七色を表情豊かに見せてくれる。
キリアの作ったものはポイント使いにアメジストスライム様を使っている。
刺し子の模様とポイントの色を変えるだけで、大きさも形も同じ懐中時計は全く雰囲気の違うものに仕上がった。
「我ながら良いもの作ったわ」
「ホントよそれ」
キリアがしみじみ頷いてくれる。
そして。
「どうやって渡すの?」
「んー、普通に?」
キリアの旦那様は誕生日でもなんでもないから、いつもありがとう的な感じで渡すらしい。
「あんたは?」
「私も普通にかな」
うん、誕生日プレゼントだからね。
誕生日おめでとうって言いながら渡すだけよね。
なんだこの会話。意味が全くなかった。
とりあえず二人で一杯飲んで帰った。
デジャブ。わぁ……一年前も見たこれ。
なぜグレイは誕生日プレゼントを渡すと緩慢な動きになるんだろう?
そろり、と動いた手が、懐中時計を受けとるとそれをやっぱりゆっくりと回転させたり、開いたりして、無言。
「ジュリ」
お、喋った。
「うん? なに?」
「これは、私の」
「うん、去年同様オリジナル」
「そうか」
「うん」
「ジュリ、邪魔だと思う人間がいたら教えてくれ、消してくる」
……。
去年も思った。なんで、物凄い笑顔で物騒なことを言うんだろうか。
「うん、そういうのはいいかな、遠慮しておくわ」
笑顔で拒否しておく。
「誕生日、おめでとう」
「ありがとう」
なんとなく、こういうやり取りは照れ臭いよね。
「どういたしまして。気に入ってくれると嬉しいけど」
「これ以上気に入る時計は今後見つからないと思うよ」
「そう?」
よかった、喜んでもらえて。互いに笑顔が溢れる。うん、素直に嬉しい。
「だから気に入らないヤツがいたら」
「そういうお返しは断固拒否ね!」
笑顔を返して。
納得してくれないからお金を使わせることにした。お金を使うか人を屠ることの二択って、やっぱりこの彼氏はちょっとずれている。いや、おかしいのか。
「いつもグレイからは沢山貰ってるから、時計だけっていうのは私が消化不良なんだけど、グレイは私から高いものは貰いたくないんでしょ?」
「高いものが欲しくないのではなく、ジュリが作る私のオリジナルが欲しいんだ」
「んー、でもねぇ、他に何かないかなぁ、と思うわけよ彼女としては」
「ああ、それならしてみたいことがあるんだが?」
「あ、それ、聞きたくないかも」
「明日休みだろう? 今から」
「それ以上喋らなくていいよ」
「引きこもるのはどうだ? ベッドに」
「先週も引きこもったけど?」
「あんな軽いのじゃなく」
「あれが軽いの?!」
「もっとこう、濃厚に絡み合うように」
「普段も濃いけど?!」
「私の誕生日なんだから特別な感じで」
「特別な感じって何?!」
「濃厚な絡みを特別な演出で楽しみながらやりたい放題を希望する」
「そんなのただの変態だわ!! 気づいてたけどグレイは結構きわどい!」
「そうか?」
誕生日だからと子犬みたいな顔して嘆願され、普段はしない甘えるようなその姿に敢えなく撃沈した私。
きわどい彼氏にがっつり食べられた。
二日後、バキバキの体に鞭打ってお店に出たものの、ろくに立っていられない、歩けない私の足がプルプル震えているのを見たキリアが。
「体力自慢のあんたをそこまでにするグレイセル様って何者よ、あんたの彼氏の下半身どうなってんの? 人間? 変な薬とかやってないよね?」
と、ドン引きしてた。変な薬はやってないよ。単に体力と精力がおかしいだけ。
「仲がいい証拠だろう?」
本人はキリアのドン引きに全くダメージを受けることはなかった。鋼の心。
愛されてるのはいいことよ、私も愛してるしね。でもね。
「仲がいいとか悪いとかじゃないよ、軽くディスられてるの気づいてね」
ご機嫌な彼氏には、届かない言葉だった。何事にも限度があること、そろそろ気づいて欲しいわ、ホント。
「そういえばジュリは時計を持たないな?」
「時計のあるところにいることがほとんどでしょ。あとはグレイが持ってるの知ってるから困ったことがないのよ」
「ああ、なるほど」
「あ、グレイとお揃いで持つのもアリかな? でも仕事中はポケットに入れてても邪魔になるし、グレイに確認するのがもう癖になってる。……持つ意味がないかも」
「ははは、確かに」
グレイはパチン、パチン、と懐中時計を何度も指で開閉を繰り返す。
「どしたの?」
「うん?」
「ずっと開閉してるから」
「ああ」
グレイが面白そうに笑い出す。
「今朝、父と会ったんだが……これを目敏く見つけて『お前ばかりズルい』と子供じみた事を言って。こうして開閉するたび睨まれたのが面白くてな」
「あー、侯爵様って新しいもの好きだしね」
「ジュリが作るものは買い占め禁止だろう? しかもこれはオリジナル。なおさら欲しくなるらしい」
「そのうち量産できるようになるかもしれないから今は我慢してもらうしかないね、あんまり父親を苛めないようにね?」
「はいはい」
それでも子供みたいに悪戯を成功させたような無邪気さが残る笑みを溢すので、つい私も笑ってしまった。
「ジュリの誕生日はどうしようか?」
「私? 《レースのフィン》開店直後だからね、それどころじゃないでしょ」
「欲しいものは?」
欲しいもの。
正直、ない。
「ふっ」
頭を悩ませると、グレイは隣で吹き出すように笑う。
「なによ?」
「いや、ジュリは欲がないなと」
「そんなことないでしょ」
「じゃあ、不動産にしようか?」
「それ、誕生日プレゼントとしてはいささか金額がおかしい。そして色気ないわよね?」
「ああ、色気? そうか、色気が欲しいか」
ん?
なんか、墓穴掘った?
「それなら」
「あ、結構です!」
「遠慮するな」
「遠慮します。 《レースのフィン》開店の最中に足プルプルさせてる暇はございません」
「なるほど? 落ち着いた頃、休みの前日ならいいと」
「なんでそうなる!!」
「ジュリの誕生日だから張り切っているんだよ。去年は薔薇の花束だけだったが、今年は恋人として精一杯サービスしよう」
「過剰サービスはいらないわよ!!」
「昨年の分も隅から隅までたっぷり可愛いがってあげよう、楽しみにしててくれ。何時がいいかな」
「いらないわ!! そんなプレゼント!!」
「あたしがいること忘れてません? そしてグレイセル様」
「うん?」
「失礼を承知でいいますけど、世の中には限度というものがありますからね。ほどほどがいいですよ、なんでも」
「ははは」
笑い飛ばすグレイ。うん、聞いちゃいない。
余程欲しかったのか、遠慮がちに、いや、堂々と店を訪ねて来た時点で遠慮ではないんだけどそれでも侯爵様が『忙しいのは重々承知しているのだが』とそれはもう、申し訳なさそうに懐中時計が欲しいと言いに来たのには笑っちゃったよ。
「装飾が派手な時計の最大の欠点はポケットが破れる」
と、なんとも切実な訴えをされまして。
ああ、でしょうね。
「俺の兄のは鷹のデザインだから羽部分が必ず引っかかる。で、派手に破れる。あれが嫌で俺は懐中時計自体あまり持たなかったな、ここに来てからはグレイセル様にお願いしてシンプルなものを作ってもらったから持ってるけど」
ローツさんもそんなこと言ってたわ。
繊細できらびやかな装飾が悪いんじゃなく、それぞれ物には合ったデザインってものがあるとは思う。
懐中時計はポケットに入れるのが当たり前だからね、なるべく引っ掛からない装飾か、装飾しても対策が取られているものであるべきよ。
懐中時計は本体が私の領分ではないことと、作る手間から結局キリアと相談して取り扱わないものとして決めたけど、侯爵様のお願いってこともあって作ってあげたくなっちゃって、キリアとライアスに相談してつくることにした。ライアスの『それなら御一家全員に作ったらいいんじゃないか?』との意見もあり、一気にまとめて作ってしまうことに。追加注文、時計屋が驚いてたわ。
グレイとキリアの旦那様であるロビンの懐中時計はオリジナル、一点物を貫きたいので、表面の模様を変えて侯爵様とエイジェリン様の物を用意した。お二人の刺し子の模様は『十字つなぎ』にして、表面に飾るものは侯爵様はトパーズ、エイジェリン様はアクアマリンに似た薄い水色の天然石をアクセントに使った。
シルフィ様とルリアナ様、そして王都の学園に通う離れて暮らす侯爵家の末っ子シャーメイン様にもお揃いの柄の『麻の葉』を入れた、ポイント使いには極小の真珠を半分にカットしたものを使って。
もちろん全員文字盤には螺鈿もどきを張り合わせたから開けたときのあのオーロラカラーの揺らめきを楽しんで貰える。こちらは在庫の関係で普通の白い螺鈿もどきを使用した。
渡したとき凄く喜んでもらえたけど、《レースのフィン》の開店間近の私に内緒でワガママ言うんじゃないと皆にボロクソという表現に相応しいくらい責められる侯爵様が哀れだった……。
ちゃっかりしているローツさんからは。
「割り増し製作料払うし時間あるときでいいから」
と、《レースのフィン》が開店して落ち着いたら頼むと笑顔で言われた。何気にこの人はいつも人の視線を上手くかわしつついいタイミングで好みのものを手に入れるという、あざとい男ではなかろうか? とキリアと意見が一致したわ。
ちなみにローツさんとライアスの柄は描きやすさもあって『十字つなぎ』を採用。ローツさんのはポイントにセプナ石というトルコ石にそっくりな天然石を、そしてライアスはポイントはいらないから内側を黒螺鈿もどきにしたいというので模様だけを入れた実にシンプルなものに仕上げることになる。
それぞれ、喜んでいただけてなにより。
そして、後日談として。
数ヶ月経って、交流のある貴族の人たちから突然高価なお菓子やめずらしい果物が『侯爵様と次期侯爵の時計素敵ですね』という手紙と共に大量に届けられるという、首を傾げることが立て続けに起こり、流石に処理に困り侯爵家に相談したところ、侯爵様とエイジェリン様が社交の場で懐中時計を必要以上に出しては開きを繰り返していたことがシルフィ様とルリアナ様の証言で発覚。
つまり、貴族の人たちから届いた大量のお菓子や果物は賄賂で『作ってくれる?』という意味だった。
なので懐中時計のことを忘れかけていた私とキリアは追加で二十を越える懐中時計の装飾を手掛けることになる。当然、特例中の特例での作成だったのでがっぽり手数料を貰うことは忘れなかった。
「見せびらかしたいだけだったのね」
「本当ですよ、普段夜会など面倒だと言っていたのにどういう風の吹き回しかと思えば」
「そのせいでジュリとキリアの仕事が増えたのよ? まったく、情けない。侯爵家の男のすることかしら。恥だわ」
「お義母様、もっと言ってやってください」
侯爵家を影で支配する夫人二人が調子に乗った夫たちを徹底的に責めたおかげで責められた二人からもお詫びにと沢山のお菓子が届いたのでアンデルさんを中心にいつもお世話になってる職人さんたちやうちの従業員たちとありがたく分けて美味しくいただくことになる。
私とキリアが想像以上に手間がかかる懐中時計の装飾に振り回されるのにうんざりした、という話を聞き付けて、侯爵様が『新事業!!』とノリノリでククマットの時計屋を巻き込み懐中時計のお店を開くのはまだまだ先の話。
ただし、流石はクノーマス家。
富裕層をターゲットに取り込むことで店はしっかり利益を出すようである。
何はともあれ、グレイへの贈り物、今年も無事喜んで貰えてよかった。
誕生日、おめでとう。来年も、その先も、一緒に祝おうね。
刺し子模様は今回登場した基本的なものだけでなくもっとあります。
複雑な形やユニークな形はもちろん、その名称も面白かったりします。
作者は裁縫が苦手なので、『形が綺麗だなぁ』と、見て楽しむ専門です。




