9 * あの人への贈り物、再び
初めてグレイにプレゼントをしたのは、召喚されて一年半になろうとしていた時。下心が混じったプレゼントだったわ (笑)。
《ハンドメイド・ジュリ》の開店を控えていた時期でもあったけど、今思えばあの頃からとっくにグレイに心を捕まれていたんだから、忙しくても楽しく作れたのは当たり前だったなぁ、なんて懐かしく思うわ。
そして今年もそんな時期に差し掛かった。 《レースのフィン》のオープンを控えて慌ただしいけれど、やっぱり何かあげたい。
この手で作って。
ただ、一から作るものではない。
ブックバンドは、ダサかった。だから一から作ったけど、今度のは違う。以前から候補としてずうっと構想を温めてたもの。
懐中時計。
この世界にも時計があるの、あるんだけど、魔石で動くんだよね。
仕組みも理屈もわからない。そんなものが時計なんだから、さすが異世界。
で、魔石が要は電池として時計を動かしてるんだけどこれが、大きい。地球の腕時計に使われているようなとても小さなもとのは比べるのが可哀想なくらい。
だから一番小さな時計で懐中時計なんだよね。しかも小さくても時計の動力となるだけの魔力を維持する質のいい魔石を使うからそれなりの値段になる。
私は収入には困ってないので、懐中時計は買えるから問題ないんだけど、やっぱりねぇ。
見た目がね。
うーん、どうしてこう、派手になるんだろうか?
外側は宝石埋め込んで、彫刻しまくって、挙げ句の果てにはなんでよ? 文字盤すら装飾まみれで時間が見づらいのまである。そんなのばっかりで、ずっと買わずにいたわけ。
もっとシンプルに、と思ってたら彼氏のはシンプルだった。
シンプル過ぎるけど。外側はツルーンとした、彫刻一つなく、文字盤も数字だけのもの。
「派手なのは好きじゃないからな、何もするなと言って特注したものだ」
と。特注したのがシンプルってどうなのよと思ったりもしたけど、あの派手な懐中時計がポケットから出てこないのはいいこと。
なので、外も中もシンプルだけどいい感じの装飾しちゃうよ!! ってね。
余談。私の誕生日はグレイと近い。グレイの二週間後なの。私もそろそろ二十七歳になるわ、アラサー街道爆進中。
今回は頼もしい仲間がいるのでお手伝い頂く。
デザイン画を見たキリアは一言。
「あたしも旦那にこれプレゼントしたい。作っていい?」
真顔 (笑)。
「いいよ、そのかわりカラーと柄は別にしてくれる? グレイのオリジナル一点物にしたいから」
「そりゃもちろん! これ、後で商品化するの?」
「うーん、そこよ。さすがに時計までは手が出せない気がする。それなりに高価なものだし本体は仕入れになるでしょ、そもそも素人がメンテナンス出来るものじゃないから難しい」
「だよねぇ。……でも、そうすると、グレイセル様とうちの旦那だけのオリジナルになる?」
「なる」
「それいい」
「でしょ」
私もキリアもラブラブなので、この辺わりとからかったりノロケに呆れたりすることもなくスムーズなのは助かるよ。
こんな話で取り敢えず、懐中時計の装飾はイレギュラーとすることに。そのうち人材確保が進めばこういった本体を仕入れて装飾のみをする部門も作ってもいいかもね。今は余裕ないから無理だけど。
キリアもすぐ作りたい、というので時計店にお願いして何の加工もされていない懐中時計を追加で購入。
「しかし、あたしがこんなもの躊躇わず買えるとは。今までじゃ考えられなかったわ」
と、キリアはまじまじと懐中時計を見つめて呟いてた。うちの重役ですからね、給料はいいですよ (笑)。
そしてプレゼントと一緒に渡したくて、先日従業員に発表したばかりの穴開けパンチとクラフトパンチ、そして押し花を使ったメッセージカードを開発者の特権として使わせてもらうことに。この新作にキリアがすごく喜んでくれてね。 レターセットもメッセージカードも 《レースのフィン》が開店してからの販売になるから皆が手に出来るのはもう少し先の話だけど、キリアは買うのを楽しみにしてるみたい。
「作ればいいじゃん」
「買う楽しみを奪わないでよ」
「ああ、そういうこと?」
「ここで働いてても選んで買う楽しみだけは不思議と萎えないわよ、女の性でしょ」
そういえば自分もそうだったなぁ、と思いだし人の事は笑えないと反省。
至ってシンプルに、といっても、遊び心がなくてはつまらない。
文字盤は素人が触れるものではないのでライアスに付け替えしてもらうことに。
「ほう、これ、いいじゃねぇか」
ライアスが『違うデザインでいいから俺にも作ってくれよ』と珍しくお願いしてきたのは、文字盤に黒かじり貝様を使うから。
「いいよ、いつもお世話になってるからプレゼントするね、文字盤は自分で付け替えてもらうけど」
なんて会話の後にライアスに時計を分解してもらい、黒かじり貝様の薄い膜の下に置いた時計の文字盤。
黒かじり貝様の一枚目、螺鈿の一番美しい層。盤は真っ白で黒で数字が入ってるだけのものだから、層を分離して最も薄い状態のものを使えば完全に透けて見える。文字の書き直しの必要がなく、上から貼るだけでいけると思ってた。そしてやってみれば、うん、いいじゃない!!
うっすらとグレーがかった色合いで、光の当たり具合でオーロラカラーの艶やかな光沢が不規則に揺らめいているのがちゃんと見える。文字もはっきり見えるし、極限まで薄いかじり貝様だから針の動きにも影響なし!
「ああぁぁっ、あたしが欲しくなった!」
「追加で時計買っておこうか」
キリアが悶絶してる。彼女にこういう反応されると頑張って考えた甲斐があるね。
私の中ではグレイのイメージカラーが青、黒、銀色となっている。
懐中時計は銀、それを生かしつつ、黒と青をどう取り入れるか悩んだ。ホントに悩んだ。《レースのフィン》の開店準備を忘れそうになったことも正直あった。ごめんよ皆。
ポケットから取り出した時のインパクトの強さより、さりげなく『あれ? これすごくない?』的な雰囲気にしたい。
……難しいわ!!
自分で言っておいて!!
を、解決してくれたものが。
やっぱりスライム様ですよ。
私、スライム様がいないとこの世界で生きていけない気がする (笑)。
ブルースライム様が入荷するたび、絶対に無駄にならないようにすぐに作品に出来なかったものは板状に固めておく。それを必要になったときにカットして使うようにしてるんだけど、小さいものなら知り合いの職人さんが宝石のようにカットをしてくれるのでいつも一定数お願いしている。
ただ、加工料金がそれなりにするので、リザード様の鱗の仕入れが始まった関係で研磨機をうちでも取り入れたのでキリアたちと本格的に修練しようと話にもなっているから、今後は自分たちで鱗以外でも簡単なものの研磨は出来るようになりたい。
用意したカットと研磨済みのブルースライム様と、アメジストスライム様。アメジストスライム様はキリアが使う。
「ねぇ、この黒い部分は、もしかしてアンデルさんに教えてもらったやつ?」
「そう、黒ってうちでは布くらいだったでしょ、これからはこれも使えるよね」
「いいと思う。これ、便利よねぇ」
「ガラス職人さんたちの技術だからね、ホントは弟子入りしないとなかなか教えてもらえないし、譲ってもらえないらしいけど」
「あんたに稼がせてもらってるから、これくらいどうってことないんでしょ」
「そう思うことにしてる」
それは、硝子職人のアンデルさんに教えて貰ったもの。
黒い硝子はこの世界では非常に貴重。添加するもので安価なものが見つかっていないわけ。でも代替品はあって、それが今回私がアンデルさんに教えてもらっていたもの。
硝子に黒い模様やポイントをいれたいとき、硝子に直接混ぜることは出来ないけど上から文字を描くようにしたり、取っ手や脚として立体的にくっ付けられる、固まるとガラスに良く似た質になる不思議なものがあるの。
なにやら謎の鉱石の粉を二種類混ぜたところに、聞いたことない魔物の血液を混ぜると出来る謎の物体が真っ黒でガラス質のものに。
……怖いから、アンデルさんのところから仕入れることにした。魔物の血液が生々しい色でね。キリアが『鳥肌が……』って顔をひきつらせてたし。これを常時置いておくのは辛いので、必要な分だけ仕入れるとこにした。
既にアンデルさんが用意してくれていたその材料は、ただ混ぜただけでは固まらず、魔物の血液の量で液状にも、粘土のような固形にもなる。
今回は模様を入れるので、液状を使う。特殊なそれ専用の万年筆みたいなものがあって、それに入れて書き込んでいく。
私が懐中時計の蓋表面に今回入れる模様は、『刺し子』と呼ばれる刺繍技法の一種のその柄を取り入れる。こちらの世界の刺繍との違いは一目瞭然。シンプルだけど、規律正しく模様が並ぶその様は花柄などでは決して味わえない清廉さがある。
私は、そのなかで『七宝つなぎ』という模様を、キリアが『矢羽根』という模様を選んだ。
七宝つなぎは円を重ねたもので、矢羽根はその形のものが連なっているデザイン。線の重なるところに、ポイントとしてスライム様を数個置くことにした。
さて。
直接書くのはさすがに怖いので、この日のために模様を書き込めるカーボン紙のようなものをライアスに作ってもらっていたので、それを先の尖った木の串でなぞり模様をつけていく。均等で整然と並ぶの模様が特徴の刺し子模様。緊張するよ。
「……これは大変だわ」
「今回限りだから頑張ろう」
「休日返上で、息子を旦那に預け、あたしは何をやってるのか」
「プレゼント作り」
「至極全うな回答ありがとう」
ナンセンスな会話をしつつ、黙々と下書きで模様を付けた懐中時計の表面に、黒い謎の液体の入った専用の万年筆でなぞっていく。
うん、これ、商品にするなら下書きも模様入れも考え直さなきゃダメだ。
この模様を何かシールのようにして貼り付けられるようにするとかしないと。
……今考えることじゃない。
作業に集中。
ああそれと。
こういう 《ハンドメイド》に繋がる作業は恩恵が発動し、直線でも円でも下書きをズレなくなぞれることにキリアが気づいてビビってたわ。
「便利だわぁ、これ」
「《ハンドメイド》に関連してないと発動しないよ。字が綺麗になるとかデザイン画以外の絵が上手くなるってことはないから」
「……あんたの恩恵は本当に 《ハンドメイド》にだけなのね」
「凄いよねある意味」
「うん凄いよ」
「終わったぁ!」
「一杯飲んで帰ろうよ」
「そうしよう。ジュリ良い事言う」
二人で握手を交わす。今回救いだったのは懐中時計の外側がよくある丸みのあるマカロンのような形のものではなく、裏表が平面の、円柱を輪切りにしたような形だったこと。模様を入れることが最初から目的だったので、懐中時計の形状はこれ一択だった。これじゃなかったら今ごろキリアと共に挫折していた。
そして、黒いインクのような謎の液体を固めてくれたのはキリア。
「魔力当てればいいんだよね?」
そうなのよ。
これを硬化させる方法は一つ。微弱な魔力を与える、というもの。
こちらでは魔法が当たり前。私は使えませんけど。
なのでキリアにお願いしたわけ。製作過程でアドバイス貰えたりするし。
キリアが手をかざして、すぐ。
フワッと柔らかな青白い発光が一瞬、黒い線からあった。
「……これで大丈夫かな?」
キリアが爪で、軽くその線をつついた。
「うん、大丈夫だわ!」
裏表をそれぞれ書き込んだ後にその作業を行い、両面に黒い線が定着したのを確認すると一山越えたなぁと安堵したわ。そこからの一杯飲んで帰ろう発言よ。
まだ完成じゃないよ。
スライム様の貼り付けと文字盤を仕上げて、懐中時計の組み立てが残ってますから。
こちらの世界だと懐中時計も小さいのありますけどね。
魔法付与は非常に便利で、それに必要な魔石も優秀な素材だけど、こちらでは片手の掌に収まる薄いスマホでありとあらゆる事が出来ることを考えると、やっぱり異世界は不便だろうな、と思います。
たとえ類似品があっても ぜんぶ一回り大きいはずなので。日本の住宅事情では使い勝手悪いですよね(笑)。




