9 * 押し花は貴婦人の武器?
押し花。
《ハンドメイド・ジュリ》では専門の内職さんが作ってくれている。
異世界ならではの発色の良さと多彩な色と形で透明の疑似レジンや白土と合わせて作品にする時には欠かせない素材。
「他にも活用したいよねぇ」
「何がだ?」
「押し花。アクセサリーやコースター、だけでもいいとは思うんだけど」
「……まだ、活用方法があるのか?」
「なくはないわよ」
私のあっさりとした回答にグレイがちょっと驚いている。
「作れるのか」
あ、食いついてきた。
「どう考えても手間が掛かるのよ、確実に高級品になっちゃうからちょっと躊躇いがね」
「押し花になる時点で手間はかかっている、《ハンドメイド・ジュリ》の押し花は品質の良さが売りだろう? そんなに問題ないと思うんだが」
「まぁね。でも試作したいものはね、消耗品。というか、使い捨て的な」
「……それはまた」
グレイが眉間にシワを寄せたわ。だよね、手間を掛けて作ったものがまさかの一回限りでサヨナラなんだから。
でも。
とりあえず作って見ましょうか。
今日は休日、朝からグレイが農地の長閑なうち (フィンとライアスの家だけどね)に来ている。最近ゆっくり出来なかったからゆっくりしたいし家の作業部屋の整理もしたいと言ったらグレイが来ることになった。自分の屋敷を持ってる人だから、こうして一般家庭に来ること自体が珍しいんだけど、この家には何度も来ているのでフィンもライアスもすっかり慣れて、二人は私たち放置で自由にしてる。
私とグレイは、作業部屋の整理が終わると早速押し花の新しい作品作りの準備に取りかかる。
あ、グレイは見てるだけよ。この人基本ハイスペックなんだけど細かい作業は凡人だから (笑)
私が作業するときは見学専門。
「ん? 今日はスライムは使わないのか?」
「あのね、私イコールスライム様ってわけじゃないわよ?」
「……セットみたいなものだろ。店に専用の飼育箱まであるんだから。利用するためとはいえ、スライムを研究者以外で飼っているのはジュリだけだと思うが」
「ああ、まあ。……否定は出来ないわ」
なんて会話をしつつ、私は押し花を用意する。
今回使うのは液状の接着剤。これはこの世界の物で、接着力はそんなに強くなくて、おまけに水に溶ける。固いものや強度が必要な物には使えないんだけど、その代わり粘性がかなり弱い液状だから厚みが出ると困る物や細かな作業にはとても重宝する。
紙の張り合わせや布の仮止めに主に使われている接着剤で、私としてはうっすい液状糊といった方がしっくりくるんだけど、この世界ではこの手の物は接着剤と総称されているから仕方ない。
作業行程は少ない。
瓶に入った接着剤に押し花を浸す。
花の表面の余分な接着剤を、花を傷つけたりしないように優しく瓶に擦りつけて落とす。
決めた位置に張り付ける。
以上。
「ん?」
その説明にグレイが首を傾げた。
「ずいぶん簡単だな。それなのに、高級品になるのか?」
「なるよ、だってね」
そして私は実際にやってみせる。
今まで裏返していた一枚の紙をひっくり返し、押し花を張り付けてグレイの前に置いた瞬間、彼はとても感心したように頷いた。
「なるほど! そうか、そういうことか。だから消耗品、使い捨て、と言ったのか」
私が彼の前に置いたもの。
それは。
便箋。
レターセットだよ。
「封筒や便箋に印刷されてる柄の代わりに、押し花を貼るのよ」
印刷技術がまだまだ未発達なこの世界。そもそも紙がまだ一般に普及しているとは言い難いこの世界の印刷物と言えば文字のみのものが主流。
柄を印刷してあるものはとても少ない。
印刷物に挿し絵があるものは値段が跳ね上がることから、柄の入った紙製品というのがとても珍しい。
それはレターセットも例に漏れず、侯爵家専用のレターセットが数種類あるけどそれも全て特注品でありながら私からすると凝った物とは言い難い。それでもフィンやライアスから見ればとても『素敵』で『豪華』なレターセットに見えるらしい。
……まあ、現在私たちが使っているレターセットは無地だからね。あると文字が書きやすい線すらないんだから。
そりゃ、ちゃんと線があって、金や銀の縁取りがあって、ワンポイントで花柄や家紋が入ってれば立派に見えるかぁ。
なので、侯爵家が特注で高級品のレターセットを作らせ使っているなら、こっちも高級志向のレターセット作ってみちゃうか!! と、思い立ったその時が良きタイミングというやつですよ。
というか作りたかったの。
綺麗なレターセットが欲しいのよ、手紙書いてるって実感が欲しいのよ! つまりはせめて手紙書くとき気分上げたい! 無地の紙にメモしてるだけみたいな手紙が地味に嫌!!
なので、作るよ。
……はい。試作第一号あっさり完成。
白無地便箋に、緑のインクで線を引き、遊び心でわざと蔦っぽく歪ませ、所々に極小の葉っぱも書いておいた。そこに小さめのピンク、黄色、白の花を接着剤に浸してから、ピンセットで摘まんで表面の余分な接着剤を落として、便箋の右下にちょっと重なるように三枚張る。ずらすと接着剤がはみ出してカッコ悪いから一発勝負ね。
封筒も同じく右下の端にセットだと分かるように花を同じように張り付けて。
「可愛くない?」
「可愛い」
真顔で可愛いとかウケる (笑)。
「接着剤がはみ出すと見映えにかなり影響するから張る時一発勝負、乾かすのに重ねたり出来ないから場所の確保も必須、押し花の規格も揃った物が望ましいから検品だけじゃなく選別も必須、線は印刷出来るけど結局その先は手作業だから量産は不可能。だから消耗品で使い捨てなのに高級品」
グレイはじいっ……と出来上がったばかりの第一号押し花レターセットを見て無言。
……。
………。
無言長い。どしたの?
「感想を聞きたいんだけど?」
「……感想」
「うん、感想。ついでに言うとメッセージカードも同じく作れるよ、勿論高級品ね」
「……そうだな」
「で、感想が欲しいんだけど?」
「戦場で優位に立てる」
うん?
意味が分からない。
色々省いて、捨てて、いきなり結論言ったみたいだけど。
分からない、説明して。
「あー、そういうことね」
なるほど納得。
例えば。
これを侯爵夫人シルフィ様がお茶会の招待状に使うとする。
封筒も便箋も、貴族で高位になればなるほどお金をかけたものが使われることは常識だしマナーにも通ずる、気遣いをする大事な部分。
ある日届いた侯爵夫人からの招待状は、封筒も便箋も特注品な上、季節の本物の花が丁寧に貼り付けられているとしたら。
招待状は一通だけじゃない。茶会でも数十、大きな夜会ともなれば数百通が出される。つまり、それら全ての招待状が封筒も便箋も一枚一枚手の込んだ、しかも華やかな特別なものだと受け取った人は全員察することが出来る。
どこに、どういう風にお金を使うか。
貴族のセンスが問われる茶会や夜会といった社交界の女性のトップに立つには、いかにお金を『美しく洗練された貴族らしさを伺わせる』ものに使えるか、入手できるか。
「うん、これ、使えるわ確かに」
レターセットは貴婦人の武器だ。
うん、勉強になりました。世の中何が武器になるか分からないですね。
そうだよねぇ。
社交界って、シルフィ様もルリアナ様もグレイもローツさんも『戦場』って言ってたことがある。
「これで招待状を出すと、女のプライド刺激することになるよね」
「大いにするだろう。しかも 《ハンドメイド・ジュリ》の内職製押し花は品質は最高だ、似たような物を他が作るにしても、まずそこから始める事になる。当分は他の追随を許さないだろうな」
「となると、送る方だけじゃなく、貰えた人にとってもある種ステータスだよね。量産出来ないから特別な茶会とか夜会でしか使えないでしょ?」
「ああ、だから受けとる方も自分が『特別な扱い、立場』だと認識しやすくなる、『これを受けとる価値がある人間』だと、貴族の証明みたいなものとしてな」
「……シルフィ様とルリアナ様、買ってくれると思う?」
「買うだろ。それこそ前のめりに注文するんじゃないか?」
ふ、ふふふふふ。
くふふふっ。
あはははは!
「ふへへへへへっ! 販路拡大、利益増! 小金持ちババア量産! ビバ金持ち貴族!」
下品な発言、失礼しました。
貴族を優遇するつもりはないけど、お客さんには変わりない訳で、買ってくれるならその人たちにも満足して貰いたいよね。
特注として承れるのは侯爵家が精いっぱいだろうけど、店頭に並べられる商品は誰にだって買う権利はある。庶民じゃちょっと高くて躊躇うものも、彼らなら買えるしそれで階級思想のほんの一部を満たしてあげられる。
買ってどう使うのか、どう思うのかはその人次第。満足してくれるなら私はそれで十分。
「グレイ用に作ろうか? 白、青、紫の花を基調にしたもの。シンプルで男性でも使えるんじゃない? ポイント使いで貼ったものなら」
「ああ、ジュリの負担にならないならお願いしようかな」
「任せて、素敵なの作るよ」
「そして一番にジュリに手紙を書こう」
「ええ? 私?」
「ジュリへの愛を込めて書くよ」
甘い。彼氏が私にはとことん甘い。
先日の騒ぎの後に早速新しいものを出すことに躊躇いが。
でもさ、何のために私はいるのか。
どうしてセラスーン様は私を召喚したのか。
【彼方からの使い】。
【技術と知識】。
使命とか役割とか、神様から与えられたものがある。
この世界の人たちの考え方ややり方に添うべきかもしれないけれど、全てを受け入れていたら私はここにいる意味はない。
抗って、悩んで、何度もそれを繰り返すとしても、立ち止まるつもりはない。
作りたいものがあるうちは作り続けたいし、未知の素材で新しいものを生み出したい。
「要は売り出すタイミングを見計らえばいいわけよ」
「何がだ?」
「それと、私が物を作るペースが物議を醸すなら、それが目立たなければいいわけよね。……作りたい物があるのに作らないでいるのは 《ハンドメイド・ジュリ》のオーナーらしくないわよね」
グレイは、少し困ったような顔をしたけど直ぐに笑顔になって、しかも面白そうに笑いだした。
「……そうだな、それでいいと思う。好きにするといい、私の本心を言えば他人が何をどう言おうがそれで結構、『放っておけ』と言いたい」
「グレイやクノーマス家には迷惑かけちゃうかもだけど?」
「私はそれでも、好奇心を抑える事が嫌だな。ジュリが何を作るのか、キリアやフィンたちを巻き込んで、何をしようとしているのか、それを見て毎日過ごす今を気に入っている。多少の迷惑など、誰だっていつでもどこかで起こしているし被っているんだから、ジュリは気にするな。侯爵家はジュリが何かするたびその恩恵を利益として授かっている、迷惑料としてはぼったくりとジュリに言われても文句は言えない程貰っているような状態だ」
「……私、侯爵家に何かしてるっけ? ネイリスト育成専門学校の設立と螺鈿もどき細工で莫大な投資をさせてお金を使わせてるだけの気がするけど。しかもどっちもまだ正式には世の中に出てない」
「ジュリの自覚がないだけで色々あるんだが、まあ、気にしなくていい。ジュリはジュリの思うまま、いつも通りにしていてくれ。私はその方が嬉しい」
「そう? じゃあ好きにしていい?」
「ああ」
彼氏の後押し、心強い。
うん、色々あるけど、考えなきゃいけないことはあるけど、でも。
作ることは止めない。
という事で、作るよ。
あとほら、押し花は新素材じゃないしね! 応用って事で! 売り出す時もひっそりこっそり宣伝せずに店頭にちょっと並べるだけにするから! そのへん緩めでお願いします!
押し花についてはそれを手掛ける内職さんの話、新規作品などネタには困らない優秀な素材です。
ただ、そればかりでは話が進まないという問題に直面するので、廃棄モンスターさんの素材開拓を日々頭から絞り出す努力をしています。




