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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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9 * 本喫茶開店

 一番安い、仕切り板があるだけの三等室で好評価。

 準二等、二等、一等ならどんな反応をするのかな?


 二階にある三等室のすぐ隣の準二等と三階にある二等室は作りは一緒。三等は人との距離感が近いし気軽に人と話せる環境だからね、気配や声が直に感じやすいそこと同じ並びにあるから個室といえどもランクは低くするべきだろうと準二等は二等室より安く設定されている。

「狭いが仮眠や本を読むなら充分だな」

「グレイや俺でも椅子に深く座って足を伸ばして寛げるだろ?」

「ああ、それに壁を利用して机や棚にしているから無駄がないな。オットマンがあるのもいい」

「だろ? それと家具を入れると狭くなる、なるべく無駄を省こうとしたらこうなった」

 各個室には椅子と足を乗せられるオットマン、据え付けの机と棚がある。もちろん、篭もあるし、フックもあるし、ここはハンガーも二本常備している。天井にはランプが吊るされ、本を読むのに光源が足りないと思う人は受付で卓上ランプも借りられるし、膝掛けや毛布も借りられる。

「あれ? 皆どこ行った?」

 ふと気づいたら私たち三人だけ。廊下に出たら、判明した。

 各自個室を堪能してた (笑)!!

 椅子に座って、本を読んだり仮眠する自分の姿を想像してるのか、皆静かだわ。


「ほら、一等室見にいくよ!!」

 私の呼び掛けにノソノソとやってくるのを見ると、椅子の座り心地を堪能してたんだね。

「あああぁっ! 一等室! 最高ですね!!」

 マノアさんが絶賛した理由は、二等室より少しだけ広く、しかも趣向が違う。据え付けの机棚と、ダイニングチェアのようなシンプルな椅子。そしてここには三人掛けのソファーがある。しかもオットマンは一回り大きい。

「書き物とか調べもの、飲み食いは普通の椅子で、仮眠や本をだらけて読みたい時はソファーでやれってこと。かなり狭いけどどうせ宿泊目的じゃないからな、窮屈は我慢してもらう」

「いやぁ、いいですよ!!」

 ティアズさんも絶賛してるし、レフォアさんも激しく頷いてる。

「家でソファーでダラダラしてたら妻に怒られますから」

 と、笑顔のマノアさん。

「ああ、確かに。あたしも旦那がソファーから動かないの見るとイラっとするわ」

 それを別の視点から同意したのがキリア。なるほど、世のお父さんたちはソファーでゴロゴロしてると邪険にされるのか。

「あはは!! エンザたちも同じ事言ってたな、そういえば」

 ハルトが笑う側、理解できないのが貴族の二人。

「……なぜソファーで寛いで怒られる?」

 と、グレイ。

「ソファーって寛ぐためにあるのに怒られるなんて理不尽じゃないか」

 と、ローツさん。二人は広い屋敷で子供の頃から私室を持ってたし、今も個人で屋敷を所有して悠々自適の生活してるから。世のお父さん達の気持ちは一生分からないだろうね。

「父親ってのは理不尽な事で責められる生き物なんですよ」

 ライアスが遠い目をして貴族二人に諭してる姿は正直笑えた。











 そして開店当日。

 いやぁ、笑った。うん、笑っちゃったのよ。

 だってまさかの入場制限、行列。

 本喫茶に行列って、どうなの?

 今日はちょうど《ハンドメイド・ジュリ》と領民講座が休みで、うちの運輸関連業務を担当しつつ領民講座の講師をしてるゲイルさんと先日の螺鈿もどき細工盗難騒ぎで活躍してくれたカイくんが談笑しながらほぼ先頭に並んでるし従業員登録したはずの、しかもハルトから責任者代理を押し付けられたはずのエンザさんもパーティーメンバーと共にゲイルさんたちの少し後ろに並んでる。

 いや、それよりも。

 エイジェリン様がいる。

 普通に並んでる。

 その前後に並んでる人たちは視線をそらして知らぬ存ぜぬの顔をしてる。

「あれ、いいの?」

「放っておけ」

 グレイは全然気にしてない。あ、エイジェリン様が手を振ってきた、笑顔が素敵だわ。

「実際体験してみたいと先日も話していたからな、ただ視察するのでは意味がないと思ったのが半分、新しいものを直接体験したい好奇心半分、といったところだろ」

 なるほど。

 ……ホント、貴族らしからぬ事を平気でする家系だわ。


「三時間、六時間、半日から選べるのか」

「へえっ! 軽食もあるんだ?!」

「うわー、すげぇ。マジで本が山のように」

「二リクルでシャワー使えるって」

「膝掛け、毛布の貸し出しもしてくれるの?」

「四人部屋も一室だけあるんだな、仲間と仮眠するだけならこれでもいいな」

「あ、これロビエラムの恋愛小説だって!」

「こっちはテルムス国の家庭料理の本だよ」

「一番安い所でも仕切りがちゃんとあるんですね」


 入り口直ぐの受付のある広間は人でごった返していて、静けさとは程遠い。

 それでも混乱がないのはハルトのスパルタ教育の賜物なんだろうね。


 受付で利用時間を選べるようにして、利用料金はかなり幅広くなったけれどその分利用者は自分にあった時間の使い方が出来る。

 ちなみに延長は出来ない。宿同様に一部の部屋が予約できるようにしたから。そもそもゆっくり休みたい人は宿に行くだろうしね。

 それにしても、ざっと見ただけで冒険者らしき人たちの多さに驚く。

 体を癒すためにも宿に行くべきじゃないの? と私は安易に思うんだけどグレイからしてみるとそうでもないみたい。

「移動の途中や物資調達だけなら、宿は割高だし、時間も無駄になる。ほんの少しの息抜きなら《本喫茶:暇潰し》は理に適っている。それに本は気軽に買えるものではない、ここで休憩がてら気になる物を物色出来れば気に入ったものは後で本屋に借りに行ってもいいし、買ってもいい」

 グレイの予想では、今後はこの本喫茶が影響して本屋や雑貨店での本の売上や貸し出しも伸びていくだろうと。

 気軽に手に取れなかったものを、一度事前に確認出来ればお金を出して買うか借りるかの判断がしやすくなる。それがこの本喫茶で出来るわけよ。しかも各地を転々とする冒険者さんは稼ぎが良くても本を気の向くまま買うわけにはいかない。荷物になるからね。

 だからどんな職業よりも冒険者がこの本喫茶を好んで利用していくことになるだろうって。

 実際、ロビエラム国での 《本喫茶:暇潰し》の開店に向けての準備が進む中で、冒険者さんたちの反応が特にいいらしい。開店を今か今かと待ちわびている状態だって。


 今回はうちの夜間営業所とは重なってないけれど、次からは合わせて営業していく。

 需要が高まれば早々に 《本喫茶:暇潰し》は営業日を増やして、週一の定休日体制にしたいとハルトは意気込み語ってた。


「ロビエラムでは何店舗予定してるんだっけ?」

「今の所は三店舗な、けど需要があるならどんどん増やすつもりだ」

「そうなると人材確保も大変だよね、冒険者ばっかりとはいかないでしょ」

「まあな、だから今のうちにここで責任者クラスを何人か育てていく。ロビエラムの店で働きたい奴は数ヶ月ここに放り込んで研修させて、ノウハウを身につけて貰ってから店を任せる。基本的な事や経営の方針には従って貰うけど店の規模や土地に合ったルール、習慣は俺の許可を取れば好きにさせるつもり」

「ああ、それはいいかもね? 全部ここでのやり方が通用するわけじゃないし」


 ククマットの《本喫茶:暇潰し》が基本であり原点。この後から開店していく店は土地に合った規模やルールを取り入れつつもお店の目的である休憩場所の提供と、本の販売や外部持ち出しは出来ないけれど時間内なら好きなだけ好きな本を読めるという部分は崩さない。

「新しい店舗の名前はどうするの?」

「それも『本喫茶』を必ず入れることを条件に店の店長の好きにさせるつもりだ。のんびりするとか休むって言葉からかけ離れた名前は避けて貰うし、俺が管理できる店舗はそれは全部 《本喫茶:暇潰し》にするけど、俺の提示する条件を満たしてくれれば権利の譲渡をして完全に独立できるシステムにする。その方がやり易い奴も多いだろうから」

「なるほど。となるとフランチャイズ……あ、完全に独立となるなら『暖簾分け』が近いのかな?」

「あー、そうなるな」











『【変革】を開始します』











 ……おお、来た。【変革】。

『暖簾分け』で。しかもこれ私が口に出して言っただけでハルトの提案なのに (笑)。私が関わっているからセーフ?

「ないんだっけ? そういうの」

「あー、ないかもな。てゆーかさ、いきなり来るんだな、【変革】」

「うん、唐突に来る。だから結構大変なのよ」

「なにが?」

「周り、見てみてよ」

「ん? ……ああ、そーいうこと」


 ハルトがなるほど納得と頷いた。

 唐突に来る【変革】。

 これ、所謂『神の声』とか『天啓』とこの世界では言われてて、本来聞ける人は極々限られた人だけ。

 それがね。

 人がごった返す受付ロビーがシン……と静まり返る事態。

「『のれんわけ』とはなんだ?」

 慣れって恐いね。グレイがこの空気に気づいてないのか普通に質問してきた。

「あー、うん、その説明は後でな」

 ハルトが妙な笑顔。

「とりあえず、出るか」

「そーだねぇ」

 私とハルトは、『え、今のなに?』とざわつき始めたそこから素知らぬ顔をして外に出たのをグレイが不思議そうにしながら追いかけてくる。

「お前は神の声に慣れすぎだからな?!」

「……ああ、そういうことか」

 ようやく理解した彼氏。遅い。

「人がいようがなんだろうが来るときは来るんだよね、こっちも意識して話してる訳じゃないから困るのよ」

「だから『のれんわけ』とはなんだ」

「この状況よりそれかよ?!」

 受付ロビーが騒然となるのを無視でグレイがハルトに『暖簾分け』についてしつこく質問しハルトが半ギレで教えるのを眺めながらふと考える。


 言われてみればこの世界に『暖簾分け』らしいものはないなぁ。日本だとラーメン屋とか飲食店でよく見られるシステムよね、フランチャイズともちょい違う。フランチャイズは親会社から完全に独立することはなくて、暖簾分けは基本は一緒だけど全く別のお店になる、というのが私の認識。たしか、うなぎ屋さんに多いって聞いたことあるような。似たような店名が多いのは修行先の店名から一文字もらったりするから、らしい。

 しかし、一子相伝や選ばれた少数の継承者に拘るのと、経営までしっかり教えることが滅多にないという世界だからこそ『暖簾分け』らしき仕組みが発生することはなかったわけで。……これも、この世界の文化の発展を妨げてるよねぇ。間違いなく。

 世の中に技術や手法を広めることよりも、秘匿してそれで利益を得るべきという考えは職人さんに限らず商家にも多いのが事実。


 今後、ハルトが試みようとしている事業形態は『暖簾分け』とか『フランチャイズ』の異世界改定版てことになるのかな?

 ハルトの指導で経営を学んで、基本となる部分は守って貰うのを条件に、ハルトの許可を得てオーナーになって店を経営する。

 お店のコンセプトや経営方針で独自性を追求する必要がなく、教育をしっかり受けて基本を守れば簡単にお店のオーナーになれる。もちろん、立ち上げのための資金は必要になるけど、それも基準があるから目処を付けやすい。

 全てを一から作り上げる必要がなく、職人や商家に弟子入りしてそこの中心人物となれるかどうかわからないようなずっと曖昧な環境にいることもない。

 そして、ハルトの影響下にいたくなければしっかりと基礎を守ることを条件に完全独立してしまえばいい。経営不振に陥ってもそれは本人の責任、ハルトは関与しない。

 

 業種にもよるけど、この世界でも飲食店には今後使える経営方法だよね。


 美味しい店が増えるといいなぁ。トミレア地区にいい店があるのよ。


「人気のケーキ屋と酒場、ククマットにお店出して欲しいよね」

「お前は俺とグレイが真剣に話してる隣で全く関係ないこと考えるの止めろよ!」

 ハルトが何か叫んでる。


 とにかく、《本喫茶:暇潰し》は無事開店、今後の事業拡大と異世界版『暖簾分け』が根付くきっかけとして頑張ってもらおう。


 あ、後で面白そうな本を物色するついでに私も体験しに行こう。


暖簾分けとフランチャイズについて色々調べてみると、実は明確な違いがない、という説明をしている本やサイトもあり、どう話しに組み込むか悩んだ部分です。


なので、ここは主人公の『曖昧な記憶』のせいにして、自己完結してもらいました(笑)。


そしてここまで読んで頂きありがとうございます。


続きが気になる、好きなジャンルだと思って下さったら感想、イイネ、とそして☆をポチッとしてくれますと嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
 本屋の店主・店員のオススメコーナーとか本屋にあるから、この世界の本屋、図書館の司書に話を持ち掛けてみるのもいいかも知れないな(笑)
[良い点]  識字率の低い社会で本喫茶?って最初思ったんですよね。でも低いからこそ一般庶民のお宅にスタディールームは無く、図書館もない。そして個室も無い。図書館ほど静寂を求められず、個室のない自宅より…
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