9 * 勢いでやるのは一緒
九章開始です。
先日の騒ぎがまだ影響を残す市場。
ククマットではそのざわめきは別の話題にシフトしつつある。 《レースのフィン》の開店を控え、私の周囲は慌ただしいけど、それよりもっと慌ただしい男が一人。
「超急いだ!! マジで俺がんばった!!」
そう言ってやたらと自慢げな態度のハルトが大きな板状の何かを抱えてやって来た。
「あ、看板!!」
「おうよ! ついに開店、《本喫茶:暇潰し》が!」
そう。
建物新築のはずなんだけど、異常な速さで完成して、働く人たちもあっという間に募集から面接と、教育までやってのけたのはハルト。
建物は建築関係の職人さんに一時的に【スキル】で身体強化をしてあげて、それでもって尋常ならぬ速さでやってもらったらしい。そんなこと出来るのね、あんたはやっぱりチートだよと私が嫉妬を込めた目で睨んでしまったのはご愛敬ということで。
ただ、ハルトに雇われた冒険者さんたちは大変だったらしい。
だってハルトはさ、天才。天才なんだけど、あんまりその自覚を、していない。だからね、ちょっと厄介な面がある。
「俺が出来るのならお前も出来る!!」
って、言っちゃう人。しかもけっこう本気で言っちゃう。
「……それは、嫌みか?」
って、グレイが青筋立てて静かに問いかけるくらいには、ハルトは本当にそう思っててそして気軽に誰にでも言っちゃう。
それで、どうなったかと言いますと。
冒険者さんたちがですね、ハルトにスパルタで教育されたそうです。それはそれは壮絶な教育だったらしいです。
……お疲れ様でした。
あとね、ハルト。看板持って来なくてもいいよ、言ってくれれば分かるよ。
「……俺、人の笑顔みて本当に冷や汗流れたのは人生で初めてだった」
侯爵家が懇意にしている冒険者パーティーのリーダー、エンザさんがハルトの教育受けて後日遠い目をして言ってた姿は哀愁すら感じたわよ。てか、あんた自分からやりたいって言ってたんだから仕方ないじゃん!! とツッコミ入れそうになった。
ハルトは 《本喫茶:暇潰し》を冒険者主体で経営していくに当たって一つの制度を組み込んだ。
それが、店長などの責任者以外の従業員を『登録制』にすること。
常時いてくれる従業員としてまず冒険者六人雇ったそう。この人たちは事情があってククマット周辺でしか活動出来ない人たち。過去に大きな怪我を負って遠くの魔物討伐や依頼をこなすのは負担が大きい人や、子供が生まれたばかりであまり長期間地元を離れたくないとか、他にも諸事情を抱える人たちを正規の常駐従業員にしたのよ。事情があると言っても冒険者としてちゃんと活動してきた人たちばかりだから、防犯の面でも安心だし仕事はきっちりとこなしてくれる真面目さがある。このまま冒険者として兼業してもよし、一本に絞って働いてくれてもよし、そこは応相談だそう。
とりあえず開店から一ヶ月は週の営業日は二日間だけ (二十四時間営業するよ)になるから、この六人の他に雑務雑用をしてくれる人を何人か雇う。今後は営業日を増やしていくし、それに合わせ従業員も増やしていく。
そこで、『登録制』が役に立つ。
ククマットに討伐や依頼を受けるのに立ち寄ったり滞在する冒険者は、時間や体力に余裕があれば《本喫茶:暇潰し》で裏方や入り口の警備メインで働くことができるようにしたのよ。
臨時のアルバイトね。まさしく小遣い稼ぎ。
掃除や本の入れ換え、貸し出し可能な毛布や椅子などの手入れ、受付の補佐、やることは沢山あるから、簡単な作業をその臨時のアルバイトにやってもらおうってわけ。
登録制にしたのはやっぱり身元が明かせる人じゃないと怖い、その一言。冒険者の中には裏で犯罪紛いの依頼を受けたりしている人もいるらしく、名前を偽って行動してたりするらしい。そしてあとは冒険者と偽った犯罪者が紛れ込んでも困るだけなので、登録制を取り入れた。これはククマットの冒険者ギルドが協力してくれて、正規の冒険者であること、前科がないこと、虚偽がないことを証明する証明書を発行してくれることになったの。もちろんその費用は必要な投資としてハルトが支払うので冒険者さんたちには負担は発生しない。たとえ発行にかかる金額が数リクルといっても若い冒険者さんたちにはありがたいと思う。
この証明書の発行で、冒険者ギルドも収入が増えるからと快諾してくれたからよかった。
働きたい人は証明書を発行してもらい、《本喫茶:暇潰し》の名簿に登録。一度登録すればハルトが一括で定期的に前科の有無などを確認するので冒険者さんは気軽にアルバイトができる。
まあ、その一括での確認は冒険者ギルドも《ギルド・タワー》から情報を取り寄せたりとそれなりの手間はかかるらしいけどその手数料が入るんだから頑張れってはなし。
……まあ、ハルトが半ば強引に『やれるよな?』と、笑顔で言えばギルドが断ることなんて絶対ないらしいけどね。
で、証明書を発行してもらえた人たちを《本喫茶:暇潰し》では登録し、ハルトが事前に決めた営業日に登録した冒険者さんたちが先着順でそのシフトを埋めていく。万が一人が足りない場合は 《ハンドメイド・ジュリ》関連で働いてる人たちでお手伝いしてもいいという人を派遣することに。あえて身内で固めるようにしたのは、ハルトのせい。
「面接面倒くさい。勉強するほうがいい」
だって。
だから勝手知ったる 《ハンドメイド・ジュリ》から貸してくれ、ってね。いいけどね、うちで働く女性陣が副収入先としてロックオンしたから。掃除や調理補助ならいつでも行けるよ! と意気込んでるし。
今後は営業日だけでなく色々な面で複雑に多岐に渡って業務を増やしていくだろうから、もっと工夫していく必要はあるだろうけどハルトなら何とかするでしょ。
微かな緊張感が漂う中で開店直前の準備に追われる 《本喫茶:暇潰し》の従業員とアルバイトたち。ハルトの的確かつ迅速な指示で大きな混乱もなく開店二日前には軽食に使われる食材以外のものは全て運び込まれて所定の場所に置かれていた。時間を有効活用しようと常駐する人たちが中心となって業務内容の確認を行っている所に私を先頭にグレイ、ローツさん、キリア、ライアス、フィン、そしてレフォアさんたちフォンロンのギルド職員とで開店祝いを持っていくとハルトやエンザさん達が笑顔で迎えてくれた。
「《ハンドメイド・ジュリ》より開店祝いでーす!!」
「うおっ?! マジで?!」
「営業時間とか軽食のメニューが書き込めるイーゼルに立て掛ける黒板二つと、卓上ランプとランタン二つ!!」
おおおっ!! とハルト筆頭にいい反応を見せてくれた。
立て掛ける黒板はすでにハルトが用意してたの知ってたんだけど、あえて用意したの。特注品よ、彫刻師のヤゼルさんにお願いして枠に透かし彫りをしてもらったの。あまりにも素敵なのでうちの『本日お休み』の小さな掛け看板も製作依頼しちゃった!!
そして卓上ランプは受け付けに置いてもらおうと思って。
新素材のリザードの鱗を使った、台形の金属枠で仕上げた六枚の擬似レジンで固めた板を繋げて上から見ると六角形に見えるランプシェード。宣伝兼ねて置いてもらおうかと (笑)。
鱗の色は緑をメインにしたの。ペリドット色の透明な光が落ち着いた色合いの内装と家具に結構合ってると自画自賛しておく。
ランタンは白土を使ってトルコのランプと同じ作り方でキリアが仕上げた。こちらは青、緑、黄、紫、赤と手に入るカラーを全部使用したカラフルな仕上がり。硝子部分は職人のアンデルさんに特注したものでお高くついた。仕方ない、お祝いだからケチなこと言いたくないしね。必要経費ということで。入り口の扉の両脇にぜひ提げて欲しい。
「お、おぉぉぉぉぉっ、いいじゃん、マジでいいじゃん。雰囲気変わるな、うおお、いい」
早速ハルトの指示で冒険者さんたちが黒板を交換し、ランプを設置し、ランタンを取り替える。それを見てハルトが変な声を出しながら喜んでくれているのでこちらも満足!
「このランプシェードいいなぁ」
エンザさんがランプの前から微動だにしない。大きな体でランプが見えなくなり、後ろでは他の冒険者さんたちがブーイング。
「僕にも見せてくださいよ!」
「俺も見たい!」
「エンザ退けろよ」
「うるせぇな、ちょっとまてよ!」
騒ぐ彼等の後ろ。
「おい」
冷ややかな、いつもより低い声。エンザさんたちがギギギ……と、錆びた金属みたいな首の動きでもって振り返る。
「全員うるせぇ。つーか、お前ら勉強会しろよ? 後でテストするからな? 基準点満たさなかったらどうなるか、わかってるよな?」
おお……【英雄剣士】が青筋立てて怒ってる。あ、なるほど? こうやってハルトは教育したんだね? うん、ブラックの気配がする(笑)。
黙々と勉強に勤しむことになった冒険者さんたちを残し、私たちはハルトの案内で二階と三階を見学。
建物が出来たとき見学したけど、こうして家具や必要なものが運び込まれると雰囲気はガラリと変わった。
「あー、この椅子凄くいい!!」
キリアは仕切り板があるだけの、一番安い三等室の椅子に腰かける。
「ああ、これはいいですね?!」
レフォアさんたちも座ってご満悦。
「長時間座っても疲れないように背もたれとクッションに拘ったからな。いいだろ? 二等室以上はこれに足が置けるやつも付いてるぞ?」
低めの椅子は、適度な弾力があるクッションが背もたれと座席部分に使われている。大きさも体躯がしっかりした人が多い冒険者さんでも寛げるほどのゆとり。実際この中で一番背が高いグレイが座ってもまったく窮屈そうな様子はない。椅子というよりソファーのようなゆったり感。当然背もたれも普通の椅子よりずっと倒れていて、体を任せて本を読むにも、仮眠を取るにもいい。
「手元のこの小さなサイドテーブル、便利ですよ」
ティアズさんが目敏く見つけたのはサイドテーブル。スリムで場所を取らないように設計されたテーブルだけど工夫されている。まず天板には蝶番でもって折り畳める部分がある。飲み物や本を置くだけならそのままでいいし、軽食を食べたり、書き物がしたいときはその天板を開けば二倍の広さが確保できるので、用途に合わせてテーブルが使えるようになっている。下は篭があり、小さなカバンなら入るようになっているし、さらに横にはフックがいくつかあって帽子や小物類を入れる袋などを引っかけられる。身に付けるものを床に直接置かなくていいようにとハルトがこのサイドテーブルを設計したときからすでに決めていたことなんだけど、この『気配り』にエンザさんの冒険者パーティーの女性二人から絶賛されたらしい。
「こっちは床に置くのが普通だからね」
「俺らは逆だったからな。こういう施設だとハンガーとか棚とか当たり前に付いてるし」
「付いてないと口コミに書き込まれるし評価も微妙になるよね」
「ホント、それな」
「こういう時だけはネットなくて良かったよと思うわ」
「同感」
こっちの宿は安ければ安いほど、ハンガーもなければ棚もない。だからフックだってある筈もなく、女性の冒険者さんたちは荷物を置くための布を常備している人も多いとか。
この気配りのお陰でハルトの株が爆上がりし、『リーダーをコキ使って良いわよ』とハルトの味方になったそうな。ああ、エンザさんがハルトのスパルタ教育を受けたのはそれも影響しているのか、と納得。
気配り、大事だね。
しかしまぁ、気づいたら開店直前。
勢いでここまでやった感がすごくある。
勢いって時には大事よね。でもちょっとやり過ぎても周りが大変よ。
「お前にだけは言われたくない」
真顔でハルトに返された。




