8 * 面倒事は早く終わらせたい
エルフや獣人を人間と見なさず、蔑んできた。そしてこの世界にとって異物の私たちも。
【彼方からの使い】を巡る各国の違い。
それが引き起こす習慣や思想の違い。
元々国土を巡っていがみ合うベイフェルアとネルビア。
正攻法では私のことを守れないと判断したゆえのネルビア国大首長の動き。
「……はぁ」
存外にも重苦しいため息が出てしまった。
想像以上に【彼方からの使い】の扱いが酷い国に召喚されたうえに面倒そうな人がじわじわ近づいて来ている気がする。
この先どうなるのよ? 作りたいもの作って生きたいだけなのにね。
そして。
「……ずっと引っ掛かってたんだけど」
「うん?」
「侯爵様が私に万華鏡の本格的な製作を待ってほしいって言ってきたのって、まさか、ネルビアの大首長が関わってるって知ってたわけじゃないよね?」
「知ってはないと思うよ、レッツィが侯爵家に有利になる情報を渡す理由がないから。彼はあくまでジュリ個人をジュリが状況判断して最善の方向に動いてくれるように独自の方法で守れるならそれでいいわけだ。ただ、もしかすると……差出人不明の密書として侯爵家に今回のことを匂わせる文書をタイミングを見計らって送った可能性はあるね。立て続けにジュリが関連していることで問題が起きれば侯爵がジュリの身の安全を最優先して待ったをかけるのは当然の動きだし。レッツィのことだ、巧妙にスパイを送り込んで既にリザードの鱗の新商品のことを知っているだろうから」
「え、コワ!! もう知ってるの?! しかもスパイ?!」
「グレイセルの目を掻い潜れる手練れを使ってね。ジュリに敵対する気配のないスパイ、もしくはなにが目的かわからないスパイの存在がいるかどうか聞けばはっきりするね。それは間違いなくレッツィの手の者だよ」
……ホント、ネルビア国大首長って何者よ。
「あ、彼は【スキル】【称号】持ちよ。私たちにかなり近い能力を持っている希少な存在だと思ってね。しかも指導者として誰もが欲しがる【スキル】をいくつか持っているから遠隔から情報を得るなんてハルトと同じで朝飯前のことよ」
ああ、なるほど。なんか妙に色々納得してしまった。
そしてまた考える。
一応、一応は私のためを思ってやってくれたのよね?
やり方が過激だけど、とにかく、迷惑さが半端ないんだけど!
……不本意だけど、これは何かしらの意思表示をすべきなの?
少なくとも私が新しいものを思うまま世に送り出すのを面白く思っていない人が多い事を知れたし、そんな私を抱えるクノーマス侯爵家の力を何とか削ぎたい、それが出来なくても邪魔したいと思う人も同じだけいることも。
これはこの騒ぎの大きさから無視してはいけないと私の最近緩んでいた心を引き締めるいいきっかけになったことは否定できない。
そして、やっぱりねぇ。
過激な援護射撃はご遠慮願いたい。これが続いたらさすがに胃に穴が開いちゃう。なるべく遠くの存在であって欲しい。
「……マイケルとケイティにお願いがあるんだけど」
私がマイケルたちから色々と教わっていた時にグレイとローツさんは侯爵様と会って話をしたらしく、マイケルから聞かされたおおよその話を彼らも知っていた。裏でネルビアが操っていたのは私のため、というマイケルの言葉にはさすがに呆気にとられてたわよ。私だって呆れたからね。
でもそれを知って二人は妙に納得した顔をしていた。ネルビアが【彼方からの使い】のためなら何でもする過激な思想があることを知っていたからね。
そして、密かに私が不安を抱いた『差別』のこと。
二人にそういう差別がないことは話していて分かったし、聞きにくい私に代わってケイティが正面から二人にその事を問いかければ、意外な答え。
「その教育を真に受ける貴族は今はほぼいないな」
とローツさん。
「国の方針としてそうせざるを得ないことを幼い頃に家庭教師から教わる。それを表だって反論することは自分の立場を悪くさせる可能性があることもな。ただ高学院に進むと再度その教育を施される。それで階級意識に凝り固まった貴族の一部は良くも悪くも素直に知識として吸収してしまうことはあるな」
グレイは『そういうものだ』と淡白な反応だった。
「そもそも本気で獣人とエルフが敵対してきたら奴隷にされるのはこっちだ。それだけ戦力に違いがあるんだ、私がその場に居合わせ囲まれたら全力で逃げる。平伏してでも戦闘は回避する」
仮にも『殺戮の騎士』と呼ばれてるあんたがそれは言っちゃだめでしょ、とツッコミ入れておいた。
とまぁ、そんな会話をしてから、私の独断で決めたことを宣言すればグレイはもちろんマイケルたちも酷く驚いていた。
それはね。
万華鏡をネルビアの長、レッツィ大首長に献上するってこと。
タダではしないよ? もちろん、今後は過激な支援は絶対しないでくださいって手紙も一緒に。むしろそっちが私は重要!
新作を送り出すペースは調整するし、私への気遣いは有り難く受けとりますと。
フォンロンとやり方が全く違ってもそれでも私のためだというならば、一方通行であってはならないはず。
こちらの意向も汲んで欲しいことを献上と手紙から察して欲しい。
フォンロンの国王にはいくつも献上しているのよ、公式な交流があるからね。
でも、ネルビアとは現状公式な交流は不可能。敵対する国の国王と交流するのは流石に私も勇気と時間と情報がもっと欲しい。
だからマイケルとケイティにお願いして、非公式かつ秘密裏、特例措置の献上。
決して表立ったことは出来ないけれど、【彼方からの使い】を大事にしてくれる国ならばマイケルとケイティを通すだけでいい。この事を知る人は最小限に抑えたいし。
「好きにしていい」
グレイは笑ってた。『ジュリらしいよ』って。
なので大急ぎで事情を説明してライアスに万華鏡本体を三つ作ってもらった。
本当はククマットの職人や工房で分業しそれぞれ完成されたものを使いたい所だけどこの事を洩らす訳にはいかないから。ちなみに申し訳ないけれど侯爵家には献上後の事後報告とさせてもらい、キリアたちにも当分は伏せておく。あくまでこれは【彼方からの使い】である私とネルビアのこと。関わる人は最小限にしなければならない。何よりも大首長は私のこと以外はどうでもいいと思っているらしいから、ここに侯爵家を巻き込むのは避けたい。下手に侯爵家が私を心配して動いたらそれはそれで問題が起きる、絶対に。
どう考えてもネルビアの大首長は考えに偏りがある。そんな人と侯爵家が揉めたら?
間に入って仲裁するのは間違いなく私。
いやだよ! 断固拒否!!
「やだ、これ、モロ好み」
ケイティが目をキラキラさせて手にとって眺めるのはネルビア国大首長に献上する万華鏡。
形は定番のもので揃えたけど、その外装は全部違う。あ、オブジェクトはカラフルなもので統一した。
ケイティが一番お気に召したのは、塗料の『特漆黒』を使って金色の金属パーツをいくつか貼ったもの。染料は私も所持していたからそれを使ったのよ。螺鈿もどき細工には出来ないけれど、その代わりに金属のパーツを貼ることで豪華さを演出した。うちで取り扱っているパーツの中でも大きい部類の一つ、雪の結晶モチーフを筒の曲面に合うように反らせて貼った。黒に金だけの装飾はそれだけで高級感を与えてくれるけど『特漆黒』を使ったからなおさら上品でいいね。
そして同じく『特漆黒』を使い、疑似レジンでコーティングした押し花を貼った万華鏡。これは大発見よ、黒に花柄って、何となく着物の留め袖を彷彿とさせるの。和柄に通ずるものがある。うん、これは個人的に好き。
特漆黒を使うかどうか迷ったけど、作りたいという己の欲望に無惨に負けてしまったので、非公式の献上だから表に出ないだろうと信じて使ってしまった。うん、欲望には抗えない性格、どうにかしたい。
そしてもうひとつは、白く塗装した本体に螺鈿もどきを覆うように全面に貼り付けただけのシンプルなもの。
でもシンプルゆえに螺鈿もどきの一様ではない光の加減で変化するオーロラカラーが全面に押し出された、シンプルなのにインパクトあるものになった。
ただし、螺鈿もどきは層を薄くすればするほど、脆くなる。なので実はヒビもシワも入れずに貼り付けられたのは五回目のこと。
「……これは商品化無理だわ」
と、泣きそうになったわ。
「……これ、売らないのか、そっか」
ローツさんが絶望してる(笑)!!
万華鏡覗き込んだ時のあのはしゃぎっぷりはご家族には見せられないなぁ。
「条件付きで一本だけなら」
万華鏡について決して他言しないことを条件にしたらその程度でいいなら!! と首が取れそうなほど頷いてた。
時期を見計らって発売することは確かだから、それまでは何本も買って家族や知人にプレゼントするのは我慢してもらいましょう。
ケイティとマイケルにはネルビアに届けてもらうというお願いをしたのでもちろんお礼の一環として万華鏡をプレゼントすることに。ケイティは『特漆黒』に金のパーツがご所望で、マイケルはおまかせだというのでおそろいで用意しよう。あ、息子のジェイル君には一回り小さいのをおまけであげちゃう。
「はい、これ」
「なにこれ」
「万華鏡のお返しだって」
早速ネルビアに転移して届けに行ったマイケルとケイティだけど、早朝に出ていって帰って来たのは夜。やっぱり大首長への謁見ともなると簡単ではないんだね、なんてグレイと話してたんだけど。
「ああ、違う違う、万華鏡を献上するに至った説明をしたらレッツィが」
「【彼方からの使い】からの献上だと?! この俺にか?!」
「って、テンション上がっちゃって。万華鏡覗きながら初めて見るそれに感動して」
「うおぉぉぉぉぉっ!! なんだこれは、なんだぁこれ!!」
「って、奇声を発して万華鏡覗きながらどっか行っちゃって」
……なんか、想像とかなり違う展開。
「で、戻ってきたのがつい一時間前なの。それでこれ寄越されたわよ。ジュリに渡してくれって。献上のお返しですって。そんなの受け取らないわよって説得したんだけど聞いてくれなくて押し付けられたわ。彼が近くのダンジョンに潜ってそれ集めて戻って来るのを待ってて遅くなったのよ」
献上の意味全くない。そして、私の意図を汲んでくれたのか非常に怪しい。
「あ、それは大丈夫よ? あなたからの手紙を読んで納得はしていたから……たぶん」
不安な返答ありがとうございますぅ!
「……これを見る限り、理解してない気がする。グレイはどう思う?」
「発言は差し控える」
あ、彼氏が逃げやがった!
いやぁ、でも。
これは。
「これって、見たことないものばかり……全部魔石だよね?」
「そうね」
「しかも、この綺麗さと大きさ、非常に高価なもの?」
「そうね」
シレっとケイティは返事を返してくるけど。
「どう見ても、百は下らない数があるけど」
「そうね」
「これ、困る」
「返せないわよ、そんなことしたら乗り込んで来るような人だから」
……ああ、うん、やっぱり厄介な人で間違いない。
有り難く頂戴しつつ、箱を閉じると私は金庫の奥に押し込んで鍵をかけた。
そのうち使う。うん、そのうちね。
……使うかな?
最悪資金繰りに困ったら売ろう。うん、そうしよう。
ああ……、疲れた。
この数日で精神がゴリゴリと激しく削られた。
「螺鈿もどき細工と万華鏡はしばらく出せないが、リザードの通常の商品は出せるだろう。まあ、《レースのフィン》の開店も控えている、無理をするなよと窘められたと思うしかないな」
グレイが苦笑して、テーブルに突っ伏す私の頭を撫でる。
ああ、そうだよね、《レースのフィン》の開店ももうすぐ。
とりあえず、解決ってことでいいんだろうか?
……いいことにする。
前向きにいこう。うん、前向きに。




