8 * ジュリ、学ぶ。
結果からいうと。
まず、職人はクノーマス領を追放された。今後彼の身元保証をクノーマス家がすることはないし、クノーマス領で職人であったことも認めない。二度とこの地に戻らない誓約書にサインもさせたそう。
どこからどう問い合わせされても、その職人について『追放者である』という情報以外侯爵家が出すことはない。職人としての生命線を絶たれた彼に、今後どんな人生が待ち受けているのか私には想像もつかない。そして彼らの家族も同じく追放となった。職人のやろうとしていたことを知っていたからこそ、先に逃げ出していたことが発覚したから。可哀想だとは思う。でも、これはかなり甘い裁きだったと教えられた。本来なら侯爵家への反逆罪として斬首されてもおかしくないことだったらしいから。
そして、一応形だけクノーマス家は今回の盗難騒ぎに荷担した男たちが王都の警護をする兵だと分かるものを身に付けていたことについて問い合わせ抗議している。あくまで形式的なもので王妃へ。もちろん王家代表として王妃からの返信は『一切関与していない、そのようなことに王家の名が使われたことは遺憾である、こちらも調査する』という、まぁこちらも形式的なお決まりの返答があるだけだろうと。これでもって、この騒ぎの発端となったクノーマス家を面白く思わない貴族たちへの追及はせず終息させるらしい。
釈然としないんだけどね。仕方ない、貴族には貴族のやり方があるし。
そして螺鈿もどき細工の献上を正式に見送った。ケチのついたものをそのまま献上するわけにはいかずデザインを一新する必要があるから。
そしてこの騒ぎを意図的に大袈裟に王家に対して被害の報告や献上の見送りなどを知らせたのは、それなりに代償を貴族たちに押し付けるため。『誰のせいで王家に献上できるものではなくなったのかな?』という侯爵家のメッセージとなるらしい。『特漆黒』のレシピや献上予定だった完成品は取り戻せたけれど、騒ぎによって螺鈿もどき細工の献上はかなり遅れるし、それを貴族が妨害したことを仄めかせば関与した貴族は火消しに追われる。
それくらいはするよとエイジェリン様がいい笑顔で言ってた。ついでにルリアナ様も。怖い夫婦。
そして、王家の関与を匂わせる逃亡手口についてどうやら貴族側も知らなかったらしい。捕まった逃亡幇助犯三人への尋問で彼等は雇われただけの元冒険者で今は便利屋的な何でも請け負う仕事をしている人たちだった。ネルビア大首長による情報操作で、調べれば簡単に関わった貴族の名前が出てくるように仕向けられていてそこから名前が上がった貴族たちは、事の顛末と王家の名前を使われたことで、王妃に弁解するため急いで王宮に向かってる頃とか。
貴族と貴族に雇われた男達を利用して、この国の王家の名前を使い、ここまで騒ぎにした上に裏切りや今後トラブルの火種になりかねない職人を篩にかけて排除。
「……ネルビア国の大首長って、厄介な人だと思う」
私の率直な意見。
これを仕組んだのは遠く離れた一人の国を統べる男。
しかもこの男、大首長なる国家権力の頂点に立つ人はケイティ曰く、私を守るためにやったことだという。
もしどうしてそんなことをしたのかと問いかければ間違いなく『お前のためだ』と言われるだろうって言うのよ。
【彼方からの使い】に対して、あったこともない私、しかも【スキル】も【称号】もない人物に対して当たり前のように権力を使い守る側になる人物。
全く理解できない。なんでそんな価値観と、こんなことになるのか。
なので、少し勉強をすることに。
勉強会はケイティとマイケルが買ったククマットの一軒家で行う。
今回グレイとローツさんを呼ばなかったのは、あの二人から見た情勢とマイケルたちの見た情勢には少なからず違いがあるはず、という理由。ちなみにハルトは 《本喫茶:暇潰し》の準備が大詰めなのでそれどころじゃない! と断って来たわ。
「大きく北と南に分けて、それぞれ主要な国は北はバールスレイドとネルビア首長国、南はバミス法国とフォンロンってのは知ってる?」
「そりゃね、嫌と言うほどハルトに言われたから。『ベイフェルアが大国だったのは数代前まで!!』って」
そう。
世界を自由に飛び回る、チートでしかも天才なハルトによる国力ランキングだとベイフェルアは五番目。しかも、北のバールスレイドと南のバミス法国の二大巨頭からベイフェルアは現在大きく離されているらしい。
そのなかでネルビア首長国というのはかなり特殊だと。
「あの国は【彼方からの使い】の尽力で建国した国なんだよ、それは聞いてる?」
「詳しくは聞いてないわよ。でも、首長国制にしたらいいって提案したのが【彼方からの使い】だった、ってことは」
「そう、自治の集合体だったネルビアの前身『ネルビア自由地区群地帯』は独自に発展した土地が多くて纏めるのに困難を極めた。ならばとその独自性を残して、各首長がそれぞれ一国の権力者同等の権力を有し、その中から選ばれる才ある者を大首長として擁立させ一つの国家とすればいいと提案したのが【彼方からの使い】。他にもそれに必要な法整備や各首長たちへの根回しもして、国として纏めただけでなく経済発展もさせたんだ」
「……その【彼方からの使い】凄い」
「その人がどんな【称号】や【スキル】、それから周囲に影響する恩恵を持っていたかは秘匿されていて分かっていないんだけど、確かなのは以降ネルビア首長国はどの地域であっても【彼方からの使い】を何よりも敬う風習が根付いた。『【彼方からの使い】は神と同格』という教えをする首長区もある」
「ええっ? 神様と一緒にされてるの?!」
「そうだよ、ネルビアは土地によって習慣さえ大きく違うこともあるのに一貫して共通しているのが【彼方からの使い】の教育だよ。彼等はどの国と敵対しようが、【彼方からの使い】の敵にはならない。例外は何例かいるけどね」
そこまで聞いて、首を傾げてしまう。
「……の、割には今回結構迷惑被ったけど?」
「それはまぁ、現在の大首長が過激な思想の持ち主で暇をもて余すと厄介な人種に該当するから」
ニコッと笑顔で断言されても困るよマイケル。
「暇だったんじゃない? 最近は」
ケイティもサラッと言わないで。
何やら関わりたくない感じの国とその代表。そもそもネルビアと言ったら、この国の領土を奪おうとしている国なんだけど。どうもこの様子だとマイケルもケイティも親しい関係かと思わせる。
「うん、親しいわよ」
あ、普通に肯定するのね。
「だって彼は私たちが所属するテルムス公国と【彼方からの使い】の私たちを完全に切り離して接してくれるからね」
「え?」
「彼ね、【彼方からの使い】は国家に所属させたり支配してはならない存在だって公言してるの。いるだけで、自由にさせるだけで恩恵を与え人々を幸福にする存在なんだからたかが国一つが制限したり支配したりは許されないって」
「そうなの?」
「特に今の大首長、レッツィはその傾向が強いみたいだね。歴代の大首長もそうだけどネルビアでは彼の方針で【彼方からの使い】はどの国の国王よりも位が高い存在として扱われるんだから。僕らも行く度にレッツィ以外に頭を垂れられるよ、僕らが頭をあげてって言わないと何時間でも頭を下げてるんじゃないかな?」
なんとも偏りのある価値観でもって成り立っているなぁ、とある意味感心。
でも一つ、それが隣国であるベイフェルアに全く影響を与えていないことに疑問が残るわけで。
【彼方からの使い】の処遇について、大陸内で差があるのは知っている。南の隣国フォンロンはどちらかというとネルビアに近い、マイケルたちが召喚され所属する国であるテルムス国は友好関係を築き能力を借りる代わりに身元を保証したり保護するという持ちつ持たれつの関係。ハルトが召喚されたロビエラム国は、うん、可哀想だけどハルトに振り回されてるような気がするので、どちらかというと価値観はネルビアに近いのかも。
そうすると、この国はちょっと異質な気がする。召喚される【彼方からの使い】の能力次第で扱いが大きく変わるし、あくまでこの国は私たちが利用出来るかどうか、敵になるかどうかという目で見ている気がする。それはこの国の貴族の影響が強いとされていた以前のククマット地区冒険者ギルドを見れば一目瞭然。
なんでこうも違うのか?
「ベイフェルアは端的に言うと人間至上主義、といったところよね」
「はあ? 何それ」
「この国で獣人をほとんど見かけないでしょ?」
「ああ、うん、私も二回しか見たことないわ」
「この国はね、獣人に人権は必要ないって過去獣王が治めるバミス法国を植民地化して大陸の各国が管理すべきと言い出したことがあるんですって」
「……ええ?」
「しかも、エルフについても。彼等は人間より遥かに優れた能力を持っているんだ、そんな彼等は今自ら隔絶した隠れ里で暮らしてるんだけど、そのきっかけを作ったのもこの国の前身だと言われている。個体数の少ないエルフを従属させて国力にしたいと今でも考えている。そんなことを考えるのは獣人もエルフも人間とは違うと差別しているからだ」
「……えぇぇぇ、嘘でしょ」
「残念だけど、グレイセルやローツもそういう教育を受けているはずだよ」
「え?」
「今までの彼らを見る限り、そういう差別意識はないと思うけど、この国の高等教育、つまり貴族などの富裕層は人間至上主義の教育を受けている」
「うそ……」
正直、信じられない話だった。
この世界には様々な『人種』がいる。
そう、私たちと身体的な見た目の違いがある獣人とエルフという異世界ならではの。彼らも人間だと私は教わっている。それは召喚されて日も浅い、この世界の知識が皆無だった頃にライアスやフィン、おばちゃんトリオなどから。
でも。
平民と富裕層で教育内容に違いがあるなら。
グレイも、獣人やエルフを差別する気持ちがあるのかと疑ってしまう。
「嘘じゃないよ、だから……この国の未来の国王、皇太子だってそういう教育を受けている。代々そういう教育を施された子供たちがこの国の礎になっているんだよ。そして、厄介なことに、【彼方からの使い】もそこに含まれる」
「え?」
「異世界から召喚された僕らは、ベイフェルアではあくまで【彼方からの使い】でしかない。この世界の人間として見なされていないんじゃないかな? 表向きは保護され、神が召喚した存在として法でも認めているけど」
「は?」
え、私人間だけど?
つい、当たり前のことを口にした。
マイケルとケイティが苦笑する。
「使えるか使えないか。それでしか判断されない。所有物程度に思われている。だからこそ、今のジュリの扱いだよ」
血の気が引いた。
人間として扱われていないなんて。
そしてマイケルは寂しげに、困った顔をして。
「だから、グレイセルとローツの前で話せなかった。間違いなくそういう教育を受けているから。あの二人が差別したりすることはないと信じている、けれど、そもそもこの国の在り方が国際問題に影響を与えていることは間違いない。今回こんな形でネルビアがちょっかいを出して来たのもベイフェルアだからだ。……ネルビアはベイフェルアから散々蛮族の集まりだと罵られてきた歴史がある。【彼方からの使い】を敬い、獣人を受け入れ、エルフを保護してきたから。ネルビアは国民の一部にそれらの血が濃く入っているとも言われている。ベイフェルアは、その血を野蛮な血だと蔑む教育を施して来たんだよ」
マイケルは続けた。
「獣人もエルフも、人間より遥かに優れた身体能力を有している。魔力なんて比べたら惨めになるくらいの違いだ」
「そうなの?」
「あのグレイセルでも本気で戦わないと身の危険を感じるはず、それくらい違うんだよ。かつて人間はその血を得ようとしてきた。でもそのやり方は決して平和的じゃなかった。獣人は山脈を隔てた西へ、エルフは人が到達出来ない隠れ里を作り、距離を置いた。大半の人は何をしても敵わない彼らを敬った。恐れた。でも一部は……プライドがそうさせたのか、彼らを人間とは認めず、家畜程度の価値しかないと蔑み、奴隷にしようとした。その代表がこの国なんだよ」
異世界ならではの事情は、今更ながら私に少なからずショックを与えるものだった。
ブクマ、誤字報告ありがとうございます。
八章がハンドメイド以外のことで長くなり、なかなか九章に到達できず申し訳ないです。




