8 * またもや不穏な気配
本日二話目でこちら本編です。
先に単話更新してますのでご注意ください。
さて、なぜ一号から四号なのかというと。
折角ならオブジェクトの違いで印象が変わるのを体験してほしいと思ってね。
一号はリザードの鱗で手に入る、それこそ割れてまとめてかき集められたものを使ってね。これがおそらく売り出すときにメインとなるはず。かなりカラフルだから万人受けすると思うし。
二号は彼氏の好きそうな色合いにしてみたのよ。リザードの鱗だけでは薄い色合いだから、ほんの数粒のブルースライム様の欠片を追加して、ブルーリザードの青系、紫系のみで仕上げた。
三号は赤、黄色の暖色系。ピンクやオレンジに近い鱗もあるからそれも混ぜてみたの。これは明るい色に拘りがありそうな女子にウケそうだわ。
そして四号はちょっと趣向を変えて、ラメも入ったカラフルキラキラバージョン。アクセント程度にしかいれてないけど、これはこれでいいんじゃないの?
四本ともに無色透明に近いオイルをライアスが見つけてくれたのでそれを充填して密閉してある。もちろん形はセルタイプ。
試作に付き合ってくれた人の特権として完成したものは全てライアスが一番に覗いている。
「おぉ、おぉぉ……なるほどな、ほほう。うーぅぅん。なるほど、そうくるか」
奇妙な声を出して四本を何度も交換しながら覗くライアス。反応を見る限り、私ってば良いもの思いついたね、自画自賛してもいいんじゃないの?
「だよね、こうなるよね」
つい、そう呟いてしまったのは侯爵家の一室で。
私の隣には憮然とした態度のグレイが。足を組み、腕を組み、ふんぞり返るようにしてソファに座る彼氏。なんでかと言いますと。
四本ですよ、試作の万華鏡。
侯爵家の皆さんに見てもらおうと持ってきたのはいいんだけど、こんな時に限って領地の土地開発の件でグレイは昨日からこの実家にローツさんを従えて戻ってたわけ。侯爵様とエイジェリン様と四人で話し合っててそこに私が今日満を持して試作を携え合流したんだけど。
「よりによって四本とか、こうなることを予想しなかったのか?」
後ろではローツさんが笑いを堪えてそんなこと言うけども。そんなこと考えて作るわけないでしょ!!
いやぁ、この家での彼氏のヒエラルキーは最低で。
四本の万華鏡はヒエラルキー最上位の侯爵様から、シルフィ様、エイジェリン様、そしてルリアナ様、と手に取ったので。
彼氏、まさかのお預けを食らってる真っ最中。ローツさんは最後でいい、というか店でゆっくり見るからとあっさりしたもので、だからこそこの状況を笑ってるんだけど。
「なぜ私に一番に持って来ない?」
「だってグレイは昨日からここにいたから仕方ないでしょ」
「ジュリが私が一番だと言えば良い話だろ」
「えぇ、いちいちそんなの言うことじゃないでしょ?」
「……いつになったら見れるんだ」
「うーん? それは四人に聞かないと……」
四人が和気藹々と交換しながら万華鏡を覗く光景を不貞腐れた彼氏が睨むという、なんとも奇妙な状況に、ため息が出そうになったけどそれは堪えておいた。
試作の本体の外側は今はただの金属の筒だけど、これは紙や布で覆ってしまえば良いし、重く大きくなるけれど白土で覆い取り扱いしている素材で装飾してもいいと話せば侯爵様たちはどんなのが良いかとやっぱり万華鏡を覗き込みながら話が盛り上がって全く手離す気がない!!
眉間にぎゅううううっと目一杯シワを刻む彼氏の機嫌取り、しないとね。
「あの形だけが万華鏡じゃないから、他の試作をするときはグレイに、一番に見せるわよ」
「……ほかの形もあるのか?」
眉間のシワは戻る気配がないけれど、 私の話自体は気になるらしい。
「筒状のガラス管にオブジェクトとオイルを入れて密閉したものだと、今回作ったセルタイプよりもっと回転数を減らして楽しめるのよ。それと、価格を抑える意味も込めてオイルを入れないセルタイプでこれから売り出すつもり。オイルを入れるとき接着面に少しでも付くとオイル漏れするから作業自体がすこし面倒で完成までの時間もかかるし、今回入れたオイルは金属加工用の高いオイルなのよ。少量とは言え限りなく無色透明に近くないと万華鏡には使えなくて。その辺は試作あるのみ。それはグレイ優先で見せてあげるわよ」
なんとか機嫌取りに成功すると、それを待っていたかのように侯爵様はグレイを無視して執事長さんや侍女長さんを手招きして試作万華鏡貸しちゃって。
あぁ……。無情。
彼氏の額の青筋一本増えちゃった……。
今日はこのまま侯爵家にお泊まりすることになり、豪勢な食事を堪能し、広いお風呂を堪能しきった私はグレイの寝室で寝る前の時間を過ごす。
……最近、この家に来ると客室用意されずグレイの部屋とか寝室に普通に案内されるんだよね。
こういうの貴族ってうるさそうなイメージがあるんだけど。
「うちはうち」
と、誰も私の疑問に答えずサラリとかわされる。これ、間違いなく普通はアウトなんだろうなぁ。でもこの様子からこの家の人々は明らかに私とグレイはセットの扱いで、そのうち結婚の話をされそうな気もする。まあ、グレイ個人の屋敷に入り浸り泊まることがある私がこの件で否定する権利は一切ないけど。
そんなことをぼんやり思いつつ、グレイが書庫から本を持ってくると言ってから数分で戻って来たところで私は今日一日隠し持っていた物を手に持って顔の前で振って見せる。
「……なんだ?」
「ぬふふふっ、これはねぇ」
ベッドに腰かけている私の隣にグレイも座り、そして本を置くと私の顔前に手を伸ばしてくる。その手に私は持っていた物をそのまま渡すと、グレイは掌に乗せてじっと見つめる。
「あ」
観察してすぐに何なのか分かったグレイは、おもむろに掴むと目に近づけた。
「隠し持ってたのよ、一本だけ」
それは、試作している最中に出た鏡の切れ端。かなり細い切れ端で、長さも短くて作るには適さない小さな鏡。それで作った、掌サイズの万華鏡。
グレイの顔が綻ぶ。
「ああ、これは……凄い」
隠し持ってた理由。外側の装飾を施した唯一のもので、これは試作というより私個人のものにするつもりだったから。元々グレイには後から見せようと決めていたんだけど、まさかのお預けを食らったからね (笑)。持ってくるつもりもなかったんだけど、昨日準備している間に一緒にしてたことを馬車の中で気がついて。侯爵家では私の試作品を収集しているからそれの仲間にされても困ると思って、申し訳ないけど隠してたのよ。
「小さくても綺麗でしょ?」
「あぁ。これが、万華鏡か。……二度と同じ模様は見れないんだな」
オブジェクトには緑色をメインに、黄色、透明、そして差し色に青を使っている。リザードだけじゃなく極小の緑と青の擬似レジンも入れてある。
「うん、不思議でしょ? たった四色の小さな欠片が、無限に変化して、キラキラして」
ゆっくりと万華鏡を回して覗いているグレイは少年のような無邪気な笑顔。いい笑顔。この人がこんな風に普段は見せない顔をするとうれしくなる。
そして、一旦目から離したグレイは万華鏡の外側を再び眺める。
「外側は螺鈿もどきか。……金色の花のパーツを施してある」
「売り出すのは布や紙を巻き付けるわよ、これだと加工に手間がかかりすぎて。そして大きさもこれだと小さすぎて作業が大変。あくまで私がやりたいようにやった万華鏡だから。生産体制が整えば考えてもいいかな?」
「そうか」
あら、とってもお気に召したみたい。また覗き込んでくるくる回し始めて。
今後の販売についてのお話は、もう少し後でもいいね。
爽やかな朝に相応しい朝食を頂戴してから仕事前に家に戻る馬車の中、グレイの様子が気になった。
そもそもこうして侯爵家にお泊まりした朝は揃って朝食を賑やかに食べるんだけど、今日は違った。シルフィ様が席に着く前、グレイに侯爵様が話があるから書斎に来るように言っていたと声をかけていた。私とルリアナ様が互いに何かあったのかと目配せすると、シルフィ様が苦笑して『私も何も聞かされていないの』と肩を竦めた。その後、グレイはもちろん侯爵様とエイジェリン様も食事の間姿を見せることはなくて、流石にもう馬車を出さないと開店前の打ち合わせに間に合わないという時間になってグレイたちが現れた。侯爵様は笑顔だったけれど、エイジェリン様とグレイの顔は。
明らかに何かあった顔をしていた。
馬車の中でも、グレイは数分無言で何か考え込んだままだった。
何かあったのかと問いかけてもいいけど、侯爵家のことなら私が聞いても仕方ないことだからもしかしてそれで黙っているのかもと思って、気持ちをリザードの鱗の使い道に向けて他に作れるものはないかと思案しようとした瞬間。
「ジュリ」
「うん?」
「……リザードの鱗のことだが」
「えっ、なに? 販売に問題発生?」
「聞きたいんだが」
「え?」
「何がどこまで試作が進んでいて、それらを販売する予定を詳しく知っているのは、誰までだ?」
「えっと? ……それは、つまり、リザードの鱗で作れるものとか試作品が済んでる物を知ってる人ってこと?」
「ああ」
「うーん、ランプシェードやカフスボタンやアクセへの応用は皆知ってるわね。でも万華鏡はほぼライアスのみ、試作品も全部手元にあるからキリアとレフォアさんたちはどんな物か聞いてるだけで現物はまだ見てないよ、今日見せる予定だったから」
「父から……一時的にでいいから販売はもちろん情報開示を含めて出来る限り保留して欲しいと相談を受けた」
「えっ」
私にとって、この世界に来て初めての青天の霹靂かもしれない。
今まで、あれだけ私が物を作ることを喜んでくれていた侯爵様が、作ることを止めようとしている。
この衝撃に余程私は険しい顔になったのか、グレイは眉を下げて申し訳なさそうに微笑んだ。
「話を、聞いてくれるか? ……父も、ジュリの手を止めるような、そんなことはしたくないのが本心だ。それでも、今このタイミングで一度その相談をしてきたのには訳がある」
「……ちょっと、待って」
なんだろう。
嫌な予感がする。
自分で自分に先日問いかけた事はある。
(ちょっとペース早いかな?)
と。
作り手が増えてきたこと、お店だけではなくククマット全体が複雑な要因で急速に発展していて物流も活発になり 《ハンドメイド・ジュリ》を中心に飛躍的に物が手に入り易くなった。それが自分を中心に周囲の工房や商店にも波及し、ものつくりの環境が加速度的に整っていく。それが面白くて、楽で、手放しで私は歓迎していたけれど、漠然とその状況に小さな危機感は持っていた。
そう、確かに、私は。
【彼方からの使い】という立場がその事を余計に際立たせ問題事の発端になるかもしれないと、何度か思っていた。
最近、新素材に飢えていたけれど、それでも新しく発売したものは多い。
しかも立て続けだった。
透かし彫りのコースターから、『ノーマ・シリーズ』というミニチュアハウスや家具、そしてそのためのノーマちゃん人形と、新作だけで三つ出ている。他にも白土の扱いに慣れてきたことと粘土のように自在に形を変えられることからアクセサリーの種類も一気に増えて。
今回、リザードの鱗に含まれる黄色い鱗のおかげで初期作品のハーバリウムもカラーバリエーションが増える。このハーバリウムについてはすでにキリアに任せて作ってもらっているので今日から販売が始まる。
「新作を出すペース、もしかしてそれが問題になってる?」
「……ああ」
私の知らないところで、何かが起きている。
面倒だと考えることを止めていた、見てみぬ振りをしてきたことが、ついに形になりつつあった。




