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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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1 * コースターの素材は

 


 冬の間、私たちの住む区画は当然、近隣住人を最大限に巻き込み、侯爵家の援助もフル活用しながら、猛然と皆で作り続けてようやく春を迎える前に完成したクノーマス領自警団の腕章。登録も済ませて領地全体に配布も進んでいる。

 グレイセル様の腕章だけはフィンが縫って私が編んだ物を縫い付けて完成させた。金糸を使ってるし、やっぱり、偉い人だからね。責任持って仕事をしたかったから。

 渡したら本人が思う以上の出来だったのか、凄く喜んでくれたのには私も嬉しかった。


 それからほどなくして本格的な春を迎え、私はというと、ククマット中央市場のとある一角に小さな露店を開いていた。

(あ、着けてる着けてる)

 巡回している自警団の人たちの腕にある腕章を見ては呑気に笑う私の店は驚くほど順調だ。

 狭い台の上にはフィンと私、そして複雑な編み方でも売り物として十分な物を作れるようになっていた数人のおばちゃんが作ったマクラメ編みが並ぶ。


 服の飾り、帽子の飾りとして飛ぶように売れていく。一日に売り出せる数は限られてるから実は開店から一時間、時には十分で完売。作ったものによって値段は様々だけど、フィンと、そして侯爵家の管財人と相談して決めた価格はどれもちょっとお高めだと思う。それでも目新しい、細やかな編み目は人の目を惹き付けるらしくて、買えた人が嬉しそうにしているのを見るとホッとする日々。


 そんなわけで、店を開いてもすぐ完売してしまうから私はその場で実演販売。それはそれで人寄せになっていて、自然と宣伝になっている。小さいものを編んで小物の飾りや取り付けさえ気をつければアクセサリーになるものをその場でのんびり作って店頭に並べる。

 その場で作るものは小さいものだけだけど、それでも出来上がった瞬間から売れていくのは爽快だわ。


「おはようございます」

 今日は三十分で完売、さて、何を編もうかな? なんて考えてたら。

 糸を取り出そうとかがんでいた私が顔をあげると、そこにはすっかり顔馴染みになった侯爵家の侍女さん一人とグレイセル様が。

「おはよう」

「おはようございます、どうしたんですか?」

 そう声をかけると、何故かグレイセル様が申し訳なさそうな顔を。そして侍女さんもすました顔に申し訳なさそうな表情を滲ませているではありませんか。


 なんだろ?


「先日、頂きました『こーすたー』のことで少々ご相談が」

 侍女さんが何故か頭を下げてきた。

「え? えっと? 取り敢えず頭上げて下さい。コースターって、あれですか、先週渡した」

「はい」

 侍女さんが困った顔をしないように抑えているように見える。

「父と母が」

「え?」

「欲しいそうだ。しかも、侯爵家のためのオリジナルのものが」



 グレイセル様と侍女様の顔の意味がわかった。

 あれだ、侯爵家のために特別にあつらえたすっごいいいやつだ。

 それを作ってくれってことだ。

 なるほど、そうきたか。









 実は、この世界コースターがない。たぶんキンキンにひえた飲み物があまり一般的ではないからだね。

 氷は冬の間に確保して氷室で保存するか、氷を作り出せる魔法を操れる人が作るか、もしくは魔石で動く魔道具のなかでも高額な、物を凍らせたり出来る冷氷箱と呼ばれる冷凍庫の役割を果たす物でつくるから、氷がお高めの世界だ。

 だからコースターが生まれなかったのかも知れない。


 私は、《ハンドメイド》にハマり始めた頃からコースターは愛用品だった。マグカップの下にも敷いてたなぁ。

 自分で作るのはレース編みしたものだけだったけど、《ハンドメイド》作品の出品サイトではじつにいろんな種類があって、自分では作れないようなものなんかはつい買ってしまっていたね。一人暮らしなのにコースターだけ一時五十枚以上所有してたことも。

 それで、腕章造りでお世話になった侯爵家の執事長さんに、使い方を説明してお礼の代わりに渡してたんだよね。

 ライアスに頼んで木材を薄く丸く切り出してもらって、そのままじゃ余りにもシンプル過ぎるから簡単に浅い溝で模様をいれてもらった。

 腕章作りの合間の会話で、みんなで食事を取るとどれが自分のグラスかわからなくなる、って侍女さんから聞いたときに思い付いてたの。

 コースターに名前書いておけばグラス持ち上げるだけで確認できるでしょ?


 本当に思い付きでライアスに急いで作ってもらったものだから、侯爵家の人たちには改めて何か別のものを用意しようって考えてたんだけど。


 まさかコースターに食い付くとは。


 うん、でも悩んでたところだから丁度いい。数にもよるけど、収入を得るきっかけをくれたし、普段からお世話になってるし、材料費がどれくらいかかるかも考えなきゃいけないけど、でも。


「いいですよ、私は」

「いいのか?!」

 グレイセル様が驚き、侍女さんもちょっと顔の表情が緩んだ。

「はい、いつも侯爵家の皆様には良くしてもらってますから」

 ここの露店開業がスムーズだったのも侯爵家の一声のおかげだしね。









 あれから10日。


 私は、召喚以来二度目の侯爵家への招待を受けていた。

 相変わらず凄い家です。お城ですお城、こんなの日本じゃネットとか本でしか見れないようなそんなお城。

 庭も尋常ではない広さなのにすっっっっごい綺麗に整備されてて、貴族って感じだなぁとしみじみ思ったり。

 でもさぁ。


 ……。

 ……。

 なんだろう、このカオスな感じ。


 侯爵夫人が私の隣に座って、反対側はグレイセル様。正面に立っているのは侯爵様と次期侯爵。そして末っ子のお嬢様が侯爵様と次期侯爵様の間から顔をだしている。

 みんなで私の手元をのぞきこんでいる。

 あのー、顔近いです。

 みんな、近いですよ。

 なんなのこのフレンドリーな感じ。

 貴族ってこんなだった? ちがう、うん、ちがう。


「あのー、いくつか図案がありますので、テーブルに広げてもよろしいでしょうか」

 それでようやくそれに相応しい部屋に案内された。今までは応接間で、出されたお茶を飲んで夫人と語らってたのに。どうしてこうなったかというと、私が悪いです。

 デザインをいくつか考えて来たのでそれから選んで頂くか、希望があれば意見をなるべく取り入れますよって話したら。

「デザイン、複数あるの?」

 って夫人が。

 出しちゃった。その場で。そしたら凄い食い付きで。なかなか応接間から出てこない夫人と私を不審に思ったのか侯爵様たちがそこに来てしまって。


 カオスな原因は自分でした。









 真剣だわぁ、皆さん。

 私の存在忘れてるかもー。

 それはなかったからいいけど、でもそれくらい真剣にデザイン眺めてた。


「それは硝子ではダメなのか」

 侯爵様がちょっと残念そうに言ったのは、私が作りたいけど素材が見つからず作れそうにない、といったデザインがあるから。そんなの見せる必要ないだろ? って自分でも思ったけど、せっかくデザインしたのにねぇ、なんかもったいないし、あわよくば使えそうな素材知ってたら聞き出せるかな? なんてほのかな期待もあったので (笑)。

「そうですね……理由はいろいろありまして。まず、硝子では割れてしまいます。コースターにすることを考えると薄さを求められるし、何より下にレースを挟むとなると硝子はさらに薄さが重要になります。反面落とせばほぼ確実に割れる硝子なので、薄くなればなるほど、素材としては向かないんです、しかもコースターの意味を考えると上に物を置くものです、どんなに慎重に扱っても使っているうちに必ず割れると思います」

「そうか、これがいいと思ったのだが」

「私も本当はオススメしたいのがそれなんですけどね。ただ、色々市場を見ましたが私が求める材料はなくて」

「ふーむ、そうなると他のデザインか」

 侯爵様が唸ってしまった。

「ジュリのいう材料って、どんなものだい?」

 次期侯爵様であり、グレイセル様のお兄さんであるエイジェリン様の質問。ないものはないから話しても仕方ないと思ったけど。話すだけはタダよね。ほのかな期待も捨てない。


「まず、硝子並みの透明度があって、でも硝子のような質ではなく割れにくいものですね。私のいた世界では『レジン』とか『アクリル樹脂』というものがあって、こちらにはない素材です。特に、『レジン』は 《ハンドメイド》の素材として人気があって、素人の私でも比較的扱いやすい物でした。常温で液体なんですよ、時間の経過と共に硬化してくれるし、紫外線……特定の光を当てると凄く速く固めることもできるので、加工が楽なんですよ」

「液体?」

 グレイセル様が首を傾げる。

「はい、水とは違って粘性があるので、流し込み方によっては少し盛り上がるようにもできるんです、硝子のように透明なんですが硝子の質感とはちがう、硬いけど柔軟性があるような、独特な質感だと思います。説明が難しいんですけど、とにかく、そういうものがあると、皆さんが一番希望の……」

 グレイセル様と侯爵様と次期侯爵様が互いに何か言いたげにめくばせしてるけど、なに?


「ジュリ、それに似たものはあるよ」

「えっ?!」

 グレイセル様の言葉に思わず声が裏返った。

 市場で散々探して聞いて回って見つからなかったレジンの代用品。

 アクリル板もさがしたけどそれも代用になりそうなものも全くなかった。

 一様に言われたのが王都にいけばもしかするとあるかもしれないけど、あったとしてもかなり貴重なものだろうね、庶民には買えないだろうよ。って。


「透明の液体で、少しトロッとしていて、時間経過で硬化するもの、という認識でいいかな?」

「ええ、そうです」

「スライムを倒した後に残るもの、つまり死骸がそれに似ているんだけど、使えるかな?」

 まさか使えないよね? みたいな顔をしてそう言ったのは、次期侯爵様。









 ああ、いるって言ってたよね、この世界にもスライムが。


 スライム。

 スライム?

 スライムかい!!!

 やっぱりここは異世界でした、あははは!!


お読み頂きありがとうございます。


もし続きが気になる、好きなジャンルだと思って下さったら感想、イイネ、そして☆をポチッとしてくれますと嬉しいです。

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