第四話 親衛隊
「おっ! 見えてきたっすよー! あれが『大商国ブルム』っす!!」
「へえ、あれが……!」
村を出た次の日の夕方頃。
俺たちは目的地である大商国ブルムに到着した。
綺麗に区分けされ整った外観のアガスティア王国と違い、ブルムは大小さまざまな大きさや形の建物がごちゃ混ぜって感じだ。
そして何より目を引くのは船を家として使っているところだ。
国の中央にはこれまた巨大な帆船が鎮座しており凄い威厳を放っている。
「すごーい! りくにおふねがある!
「ふふん、あれが気になるっすかそらっち」
「うんー!」
「じゃあ俺っちが教えてあげるっす!」
「やったー!」
そらが船に興味を示したことに気づいたロバートが得意気に説明を始める。
ロバートは商人なだけあって色々な事に詳しい。
そのため知りたがりのそらとはよく色々な事を話している。
二人は普段から兄弟のように仲がいいのだ。
「いいっすか? そもそも大商国ブルムは正確には国ではないんす」
「へえー。じゃあなんなの?」
なにやら面白そうな話だ。
俺も耳を傾けるとしよう。
「この土地は東側が海に面しているんすが、そこが他の大陸と船の往来に適していると気づいた稀代の大商人『ブルム』さんが港を作ったのがこの国の始まりっす」
「みなとー?」
「ふふっ、そらっちにはまだ難しかったっすかね。簡単に言うとここはたくさん船が集まる場所なんすよ」
「ふねがたくさん!? すごーい!!」
そらは興奮してぴょんぴょんと跳ねる。そんなに船が好きだったのか。
まあ小さい子は乗り物が好きだから当然か。
うーむ、まだここからは港は見えないがたくさんの船が停泊しているのだろう。
あとでそらに見せてやるとするか。
「で、あのデカい船はなんなんだ?」
「あれはブルムさんが現役時代に乗り回していた超巨大帆船『アクアマスター』っす。老朽化し航海が出来なくなった船っすが、その功績を讃えて陸に上げ商会の建物として再利用してるっす。それを真似して他の商会も使えなくなった船を建物に再利用するようになったんすよ」
「へえ、ロマンがあるな」
俺は目の前に広がる光景とほのかに香る塩の匂いを浴びながら到着を心待ちにするのだった。
◇
商国への入国はすんなりと行った。
元々王国よりは審査が緩いらしいのだがロバートの持つ許可証の力が大きいようだ。
まあここは商人の町。
商人が優遇されるのは当然と言えるな。
「いやあそれにしても一回も襲われずに来れるとは思わなかったすよー」
「ふふ、お手柄だぞ一郎」
俺はそう言って隣に立つスーツを着た青髪イケメンの背中をポンポンと叩く。
「恐縮ですマスター」
俺が一郎と呼んだその人物は恭しい態度で俺に礼をする。
こんなイケメンにそんな風に接されるとなんだかむず痒いな。
さてこの一郎という男。もちろんスライムである。
ちなみに彼はそらの次に仲間にしたスライムだ。
なぜ彼に名前を付けたかと言うとスライムが強くなる条件を細かく調べるためだ。
そのテストの一環で最初の方に仲間にしたスライム何人かに名前を付けてみたのだ。
するとやはり名前を付けたスライムは他のスライムより強くなった。今では名前を付けた奴らはみんな進化している。
一郎ももちろん進化しハイスライムとなっている。
彼と他の名前を後からつけられた奴ら合計十人は、その実力を認められカラーズに『キクチ様親衛隊』と名前を与えられ俺の身辺警護をしてくれている。そんなものはいらないと言っているのだがなあ。
しかし移動中は彼がとても役に立ってくれた。
進化した彼らハイスライムの階級はB。そこらの魔物ではとても歯が立たない強さだ。
スライム状態では全然その強さを感じることは出来ないが人化すると強者のオーラが出てきて弱い魔物が寄ってかなくなるのだ。
一郎は人化した状態でずっと荷車の屋根の上で見張りをしてくれていた。
そのおかげで魔物は彼を恐れ近寄ってこなかったのだ。
「もう俺の中に戻っていいぞ一郎。もう魔物も襲ってこないだろう」
目当ての商会へ移動している途中、俺は一郎にそう提案する。
しかしなぜか一郎は警戒を解かない。いったいどうしたんだ?
「どうやらまだ安心は出来ないようですよマスター」
「え?」
次の瞬間俺たちの馬車をフードを被った連中が囲む。
人数は8。手には短刀のような物を持っている。
「わ、わわ! なんすか!?」
突然の出来事に慌てふためくロバート。
こんな町のど真ん中でこいつらは一体何をする気なんだ?
俺が警戒していると連中の一人が声を上げる。
「おいおいここから先は俺たちガレオ商会の縄張りだ。通りたければ通行料を払いな!」
「つ、通行料!? そんなの聞いて無いっすよ!」
「うるさい! 払えないならその積み荷を置いてきな!」
男が積み荷に手をかけようと近づいてくる。
おいおいソレは見逃せないな。
俺は毅然とした態度でその男の前に立ちふさがる。
「なんだお前は? 痛い目会いたいのか!」
男は短刀をちらつかせながら俺の襟を掴んでくる。
あまり町中で暴れたくないのが仕方がないか。
そう思い反撃しようとした瞬間、突然俺を掴んでいた男の腕がメキョリと音を立ててひしゃげた。
「「え?」」
思わず男と俺の声がシンクロする。
お、俺じゃねえぞ。
「マスターに対し何という狼藉。許せませぬ!」
これをやったのは一郎だった。
一郎は一瞬で俺と男の間に入り込み男の腕を両手でへし折ったのだ。
うわ、えげつねえ。
「て、てめえ!」
「汚い口を開くな」
そう言って一郎が男をポン、と押すと男はものすごい勢いで吹っ飛び近くの家屋に爆音をたててめり込む。
当然男の仲間たちは困惑する。まさか目の前の細身の男がここまで強いとは思わなかっただろう。
黒のスーツを着こなしている親衛隊の連中は傍目から見たらただの執事に見えるだろう。
「二郎三郎、お前たちも行くぞ」
一郎が呼びかけると俺の体からスライムが二人飛び出し人に変身する。
「マスターは下がっていてください。ここは我々が」
ずい、と三人は拳を鳴らしながら男たちに近づく。
「お、お許しを……」
「「「断る」」」
……その後彼らがどういう目に遭ったかは俺ももう思い出したくはない。




