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91.事が済んだら

 馬車が止まった。

 リサが立ち上がり、私に上着を掛けてくれる。エリックも、礼装の上に長い上着を羽織る。身につけた衣装を隠すのだ。式場の入り口には、警備の騎士がいるはずだ。私たちは、参列者のような顔をして、その警備を潜り抜けるつもりでいる。多少違和感があっても、私なら、通してもらえるだろう。


「あっ、リアンの従者の人!」

「王女様?」


 この時間は、まだ式場には誰もいないはずだ。なのに外から聞こえてきたのは、シャルロットの声。そして、戸惑った様子のノアの声である。


「お義姉様に頼まれたの。もしお姉様達が来たら、中に案内して、って」


 馬車の中で、私たち三人は、顔を見合わせた。ミアが、シャルロットに案内を頼んだというのだ。


「お姉様は、中にいるの?」

「いえ……あの」


 ノアが何か答える前に、馬車の扉がノックされる。私は、扉を中から開けた。


「わあ……! お姉様、綺麗!」


 そこに居たのは、まぎれもなくシャルロット。今日は彼女もミアの結婚式に参加するはずなのだけれど、まだその服装は、普段着のままだった。

 シャルロットは目を輝かせ、ふわっとドレスに抱きつく。上着から覗く真っ白な生地は、彼女のきめ細やかな肌によく似合う。


「どうして、ここに?」

「行っていいよって。あたしが居た方が、式場に入りやすいって言われた」


 確かに王女のシャルロットが隣にいれば、警備の騎士は間違いなく入り口を通すだろう。伝統を重んじているオーウェンに対し、ミアはそうではない。オーウェンや父には物語の強制力が働いているようなのに、ミアにその違和感がないのは、彼女が物語に直接関係ないからだろうか。何にせよ、計画が万全に行くように、シャルロットを寄越してくれたのだから、ありがたい。


「では、行きましょう」


 エリックに手を取られ、シャルロットに連れられて、式場へ向かう。リサとノアは、従者の身分だから、式場へ入ることはできない。ここで、ひと時のお別れである。


「いってらっしゃいませ」

「ご無事を」


 ふたりに見送られ、馬車から離れた。

 式場は王都の中心部にある。朝日に照らされると、荘厳で、大変美しかった。


「こっち!」


 とと、と軽い足音を立ててシャルロットが入り口へ向かう。昨晩のうちに支度がなされたようで、式場の周りは入り口は、たくさんの花で飾り立てられていた。


「おはようございます!」

「おはようございます、王女様」


 シャルロットの元気な挨拶に、警護の騎士は敬礼で返す。


「おはようございます」


 私は何気なく微笑み、シャルロットの後に続いて中へ入った。


「お前、ついに婚約したのか?」

「ああ……そんなところだ。悪いな」


 騎士はエリックと顔見知りだったようで、そんな会話を交わしている。疑われた様子は全くない。顔見知りであることも幸いし、あっさりと、正面突破することができた。


「……ここだわ」

「入りましょう」


 壁の側面に飾られた、白を基調とした豪奢なタペストリーを捲ると、その奥に扉がある。ここが倉庫の入り口だ。鍵は空いていて、人目に付かぬうちに、するりと体を滑り込ませる。


「またね、お姉様!」

「ええ。私がここにいることは……」

「内緒でしょ? そのくらいわかってる!」


 シャルロットは笑顔で答え、タペストリーから手を離した。ぱさ、と音を立てて真っ白な布が扉を隠す。薄い扉の向こうで、シャルロットが去っていく足音が聞こえた。これだけはっきりと音が聞こえるのなら、外の様子もわかりそうだ。


「……真っ暗ね」

「そうですね」


 当たり前だが、倉庫の中に照明はない、扉を閉めると、辺りは真っ暗だった。エリックの息遣いと、気配だけが感じられる。


「大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫。でも、エリック様がどこにいるのか、これでは全然わからないわね」


 そう返事をすると、金属の香りが強くなった。鍛錬を積んでいるエリックの、騎士の匂い。その後、ふわっとした温かさに包まれた。


「俺はここに」

「……だめよ。ノアに怒られたばかりじゃない」

「今は、誰も見ていませんから」


 咎めても、エリックの腕は離れる気配がない。


「今日のキャサリン様は、本当にお美しくて……俺はずっと、こうするのを我慢していたのですよ」

「そうなの?」

「そうですよ。キャサリン様が、純白の衣装で俺の隣にいるなんて、夢のようです」


 しっとりと語るエリックの声が、闇の中でまろやかに響いている。


「出会った時には、思いもしませんでした」

「……懐かしいわ。あの時も、こんな闇の中だったわね」


 ベイルに婚約破棄され、噂話や周囲の視線に疲れ。会場から離れた私と、その相手をしてくれたエリックが、今王太子の暗殺を阻止するために、一緒にこんなところに隠れているなんて。


「エリック様のことを、巻き込んでしまったわね」

「巻き込んで頂いたお陰で、こんなに親しくなれたのです」


 エリックの腕に、ぐ、と力が入る。


「……今更なことを、申し上げても良いですか」

「良いわ」


 その後に続く内容を、私はなんとなくわかっている。


「……このことが済んだら、俺と、結婚してください」

「あなた、それ、フラグって言うのよ」


 思わず口を突いて出た言葉は、自分でもよくわからなかった。


「本当に今更ね。あなたしかいないって、ずっと言っていたじゃない」

「そうですが……キャサリン様の隣に立つのが俺で良いのか、ずっと自信がなかったのです」


 私だって、ずっと躊躇いがあった。恋愛結婚が当たり前の騎士であるエリックと、パートナーになるということが、本当に叶うのか。彼が私に抱いている感情が、恋であり、その先があるものなのか。

 こうして言葉で、思いを聞くことで、漸く不安が底から消えてなくなった気がする。


「……あなたしかいないわ。私をいつでも信じてくれたのは、あなただけだもの」


 自分に言い聞かせるように、そう繰り返す。

 結婚するなら、自分を信じてくれる人と。その願いは、今ここに、叶おうとしているのであった。


「……招待客が、来始めましたね」


 扉の向こうで、人の話し声がし始める。エリックが声を潜めて言った。彼の言う通り、この先の話は、「このことが済んだら」。

 続編に向かう展開を阻止し、自らも無事で帰らないと、望む平穏は訪れない。行動してストーリーを変えるのは、自分だ。私は小さく拳を握って、気合を入れた。

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