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89.決戦の朝

 空は、よく晴れていた。地平線から昇ってきた太陽が、金色に輝いている。


「おはよう! キャシー、今起きたの? そんなことで、間に合うのかしら」

「直ぐ準備するわ」


 朝早くから、屋敷の中はなんとなく慌ただしい。何しろ今日は、王太子たるオーウェンの結婚式。参列する私たちは、最上級の装いをするため、朝からてんやわんやなのだ。


「ねえ、私は今日、皆と別に行くわね」

「そうなの?」

「ええ。ドレスを新調したから」


 母に告げると、「わかったわ」というあっさりとした返答を残し、軽やかな足取りで廊下を過ぎて行く。

 私が向かうのは、倉庫。新調したドレスは、ミアと同じもの。家族に見つかったら、私の企みが明るみに出てしまう。別行動をしなければならない。


「行きましょう」

「はい!」


 私の後を付いてきてくれるのは、リサ。朝早いのに、これから何が待ち受けているのかわからないのに、溌剌とした笑顔だ。


「あなたが居てくれて良かったわ、リサ」

「光栄です」


 その明るい表情を見ていると、何とかなる気がしてくる。


「おねえさま、どこ行くの?」

「リアン。起きたのね」

「うん。今起きた」


 とん、と軽く私に抱きついてくる感触は、リアン。まだ寝癖がついている。


「リアン様、身支度を致しましょう」

「ニック、ぼくまだおねえさまと話したいんだけど」

「お姉様もお支度がありますから、お邪魔してはいけませんよ」


 ぐずるリアンを諭すのは、ニックである。ノアに連れられて学園でリアンの世話をするようになったニックは、この短期間のうちに、ずいぶんと使用人らしくなった。リアンのわがままを意に介さず、涼しい顔で受け流す様子は、まるでーー


「ノアさんみたいですね」

「リサも思った? 私もよ」


 ノアも顔負けの、落ち着きであった。

 リサとくすくす笑い合いながら、裏口を通り抜け、倉庫へ向かう。

 早朝の街中は、まだ人の姿はないものの、家々からなんとなく人の気配がして、忙しない雰囲気である。何しろ王太子の結婚式ともなれば、王都を挙げての一大イベントだ。それぞれの家で、たくさんの人が準備に取り掛かっているのだろう。

 この、静かな喧騒の中には、祝福だけでなく、国を転覆せんとする企ても含まれているのだ。

 背筋にひやりとしたものを感じながら、倉庫の戸をくぐる。


「おはようございます」

「ノア! あっ、あの、ちょっと様子を見にきたのよ」


 その先には、よく見知った緑の髪。ノアにこの計画を知られたら、彼はきっと反対するだろう。私は慌てて、誤魔化そうと適当な言い訳を試みる。


「エリック様のご様子を、ですか?」

「あぁ……」


 目を鋭く細め、そう言い当てられる。エリックも、このくらいの時間に着くと言っていた。もうノアは、エリックと会ってしまって、計画の全てを聞いてしまったのかもしれない。


「キャサリン様、ノアさんは全部ご存知ですから、大丈夫ですよ」

「えっ?」


 リサに言われた予想外の言葉に、間の抜けた声が出る。リサの顔を見て、そのあとノアの顔に視線を移す。

 ノアは、その緑の目をすっと細め、口角を上げた。


「キャサリン様が何か企んでいることを、存じ上げないとでも?」

「だって……ノア、あなたはずっとリアンと一緒にいたじゃない」


 彼がずっと屋敷にいたのなら、リサと同様に、助力を求めていただろう。しかしノアはリアンの世話役として、学園に赴いていた。だから私は、彼には声を掛けなかったのだ。


「アダムス商会のあの方を呼んだ辺りから、おかしいと思っていたのですよ」

「あの日、ノアは屋敷にいなかったじゃない。どうして知っているの?」


 聞くとノアは、ちらりとリサに視線をやる。それで私は、納得した。


「……リサが伝えていたのでしょう」

「はい。心配だったので……申し訳ありません」

「いいわ。味方は多い方が心強いもの」

「それに、俺がいないと、御者がいないじゃありませんか」


 ノアはそう言い、片手で胸元を叩く。


「ノアが馬車を動かしてくれるの?」

「はい。そのつもりで参りました。秘密裏に動きたいのなら、その方が好都合ですよね?」

「その通りだわ」


 今回、馬車を運転するとしたら、エリックしかありえなかった。正装の上から服を羽織り、変装して行く予定だったけれど、顔の知れた騎士には気付かれるかもしれない。

 その点ノアは、あまり表に出ない、我が家の従者だ。彼が御者として馬車を動かしてくれるのなら、ありがたい。


「……でも、本当にいいの? リサも、ノアも。もし計画通りに行かなかったら、あなた達は……」


 私達は、もし上手くいかなかった時、自らの身を貶める覚悟もした上で臨もうとしている。しかし、リサとノアを、そこに巻き込む必要はあるのだろうか。

 最後にもう一度確認すると、リサもノアも、真摯な目で頷いた。


「私は、キャサリン様と共に行くつもりですわ」

「キャサリン様が正しいと思った道を歩もうとしているのなら、家庭教師として、支えないわけにはいきません。ニックも従者として、充分成長しましたからね」


 頼れるふたりが、私を信じて、手を貸そうとしてくれている。


「ありがとう……!」


 胸が詰まったようになって、口から出たお礼の言葉は、掠れてしまった。

 その時、軽い音を立てて、倉庫の扉が開く。


「おはようございます」


 凛とした声、精悍な顔つき。エリックは、早朝にも関わらず、いつも通りのぱりっとした出で立ちだ。


「おはようございます、エリック様」


 リサとノアが頭を下げる横で、私も朝の挨拶をする。これで役者は揃った。ここまで来たら、やるしかない。


「衣装は奥にあるそうですよ」


 リサに促され、私とエリックは、倉庫の奥へ進む。ハーバリウムの材料が入った数々の箱のひとつに、今日のための衣装が入っている。セドリックは、他の材料に紛れこめるよう、同じ箱を用意してくれたらしい。顧客の要望に確実に応える、彼はさすがのプロである。


「キャサリン様、どうぞ」

「エリック様は、こちらで身だしなみを整えましょう」


 リサに呼ばれ、倉庫の奥に用意された、衝立の向こうへ移動する。同時にエリックは、ノアに声をかけられていた。彼の準備は、ノアがしてくれるらしい。

 いよいよだ。リサが箱を開けると、純白の布地が、中から溢れ出す。私はその白を目に焼き付けながら、深呼吸をひとつし、心を定めた。

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