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82.コリンと伯爵令嬢

「キャサリン様。お待たせしました」

「わざわざごめんなさい。ありがとう」


 エリックと、落ち着いて話がしたい。そう相談して、「お茶会」と称してふたりで話をすることになった。室内に招き入れると、エリックが頭を下げる。

 今日の私は、エリックがくれたブレスレットを腕につけ、濃いめの化粧をしている。「室内なら、このくらいの方が綺麗に見えます」と張り切ったリサに塗りたくられたのだ。お陰でなんだか、肌が妙に張っている気がする。

 そんなリサは、私の隣に控え、お茶を入れる準備をしている。目の前には、椅子に腰掛けて、こちらを見るエリック。

 シャルロットやリアンが遊んでいるとき、その側でテーブルを挟んで会話したことなら、何度もある。しかし、改めてこんな風に彼を招いて、私の見知った室内で顔を合わせるのは、不思議な感覚だった。


「あのあと、コリンと令嬢について、いろいろな者から話を聞きました」

「そうなのね」

「はい。……このまま話しても、大丈夫ですか?」


 エリックの視線は、ちら、とリサに向く。これから私たちが話すことには、騎士団の内部事情も含まれる。懸念するような彼の表情に、私は頷いた。


「ええ。リサは信頼できるわ。勝手に噂を広めるなんてことはしないから、安心して」

「畏まりました。では、続けますが……」


 そもそも身分違いの恋は、明かされるものではない。コリンと令嬢の恋がいつから始まったのかは定かではないが、令嬢がブランドン侯爵の紹介で騎士団に初めて顔を出したのは、昨年だったという。


「それって、ブランドン侯爵令嬢と、ベイル様との婚約が……」

「発表された頃のことです。そこからどのような経緯があって、交際に至ったのか、詳しく知っている者はおりませんでした」

「そう……」


 時期が近いからといって、直ぐに何かあると決めつけるわけにもいかない。


「でも今は、ふたりの交際は、周知の事実なのよね?」

「そうですね。カミーユに言わせれば、ここ最近は、隠すそぶりもない、と。俺は気づきませんでしたが」


 真面目なエリックは、人の色恋沙汰にあまり関心がないのだろう。


「ここ最近って、いつ頃なのかしら」

「コリンが療養に入ってから、頻繁にお見舞いに訪れるようになったとのことです。彼は先週頃から、体調が悪くて寝込んでいるので……」

「ああ、なら本当に最近なのね」


 伯爵令嬢と平民出の貴族の恋なんて、大っぴらにできるものではない。両親に知れたら、大変なことになる。関係を続けるには隠さなければならないのに、それを隠す気もないなんて、まともな貴族令嬢が考えることではない。


「何か他に、目的がある気がするの」


 それとも単に、見境なく振る舞うほど、恋に溺れているのか。


「彼女はお見舞いに来て、何をしているのか、ご存知?」

「さあ……その時間、俺たちは鍛錬をしておりますので、詳しくは」

「そうよね……お会いして話して、何もないとわかれば、それで良いのだけれど」


 私にもエリックにも、彼女が危険だとも、危険でないとも判断できる要素がない。この間は後ろ姿を確認しただけだった。せめて顔を見て、言葉を交わしてみたい。


「その令嬢は、いつ騎士団に現れているの?」

「確か……1日置きに現れる、とカミーユは話しておりました」

「なら、明日行けば会えるかもしれないわね」


 エリックと視線を合わせて言うと、彼は頷いた。私は、この世界が続編とは違う道を歩んでいることを、確かめたい。騎士団に、ブランドン侯爵と関係のある女性が出入りしているのなら、その安全を確認したいのだ。


「……あのっ」


 私とエリックの会話を遮るように、リサが声を出す。客人との会話に口を挟むなんて、リサにしては、ありえない。

 どうしたのだろう。リサの表情には、どこか思い詰めた色があった。


「キャサリン様は何かーー何か、危ないことに、首を突っ込もうとしてはいませんか?」

「危ないこと……」


 ただ、騎士団に出入りしている女性について、詳しく知るために会いに行くだけだ。危ない、というほどではない。


「していないわ」

「場合によっては、危険かもしれません」


 同時に発されたエリックの言葉は、私とは真逆のものだった。


「そうかしら?」

「そうですよ。もし、伯爵令嬢が、ブランドン侯爵の意の元で何か動いているとしたらーーそんな者が騎士団に出入りしているとは考えたくありませんがーーそれに気づいたとき、我々の身にも危険が迫らない、とは言い切れません」


 真剣な顔つきでエリックに言われ、私は初めて、その危険性に気づく。相手は、薬に長けたタマロ王国だ。目をつけられたら、国王のように、それに呑まれてしまうかもしれない。現に私はセドリックに、危険な目に遭わされている。


「やっぱり……おふたりの会話に口を挟んで、申し訳ありません。どうもキャサリン様には、その危機感が、欠けているように見受けられまして」


 深々と謝るリサに、「いいのよ」と声をかける私。実際、そこまで考えてはいなかった。リサの目は誤魔化せない。


「ありがとうございます。キャサリン様。この件は騎士団内部のことですから、俺が調べます」

「それはできないわ。エリック様は立場上、伯爵令嬢に声なんてかけられないでしょう」


 それに私は、自分で行動することで、展開を変えたいのだ。エリックを信頼していないわけではなくても、人に任せてうまくいかなかったら、後悔してもしきれない。


「微力ながら、私もお力添えしますので、くれぐれもおひとりで危険に飛び込むことのないように、お願いいたします」

「わかってるわ」

「俺も、よく見ておきますので」


 私とエリックがそう返すと、リサがほっとしたように微笑んだ。セドリックとの一件では、リサにもエリックにも、心配をかけた。ひとりにならないよう、注意して行動しようということは、充分に心がけている。


「では、また明日」

「失礼致します」


 部屋を辞すエリックを見送ると、リサが卓上を片付けながら、「頼りになるお方ですね」と言った。


「エリック様が手を貸してくれて、良かったと思うことは、たくさんあるの」

「キャサリン様おひとりでは心配ですから……本当に良かったです」

「どういうことよ」

「そのままの意味ですよ」


 先ほどの緊迫感ある雰囲気とは打って変わって、リサはふわっと悪戯っぽく笑う。


「キャサリン様の人生のパートナーとして、相応しいお方じゃありませんか」

「もう、リサはそればっかり」


 瞳に浮かぶからかいの色を見て、私はわざとらしく溜息をつく。リサは隙あらば、こうして私をからかってくる。騎士は自由恋愛なのだから、そんなことありえないのにーーと今までなら返していたが、今は事情が違う。


「でも……そうよね。相応しいなんて言い方では失礼なくらい、素敵なお方だわ」


 私にとっては、現時点での「人生のパートナー」は、エリック以外にはありえない。だから彼が私に、本当に恋をしていると言うならば、その未来はよりあり得るものになるのだ。


「まあ……!」


 口元を押さえて、瞳を楽しげに輝かせるリサに、「どうなるかは、まだわからないわよ」と釘をさす。

 恋というものは、もっと強烈で、全てを捨てても惜しくないと思えるほどのもの。エリックが本当の意味で恋をしていないなら、私の独断で話を進めてしまってはいけないのだ。

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