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80.恋について思うこと

「おねえさまー! ただいま!」

「おかえりなさい、リアン」


 週末になると、リアンが帰ってくる。早く家に帰りたいリアンは、寮で朝食を食べたあと、直ぐに馬車に乗って帰宅してきた。


「学園生活はどう?」

「面白い先輩がいてね、……」


 こんなにすっ飛んでくるなんて、学園が居心地が悪いのだろうか。そう心配もしたが、リアンは楽しそうに、新しく知り合った先輩の話をする。単に、家には早く帰りたいだけらしい。それなら良かった。


「ちゃんと知り合いを増やしているのね」

「ぼく、仲良くなるのが得意みたい」

「すごいわ」


 頭を撫でると、リアンは猫のように、心地良さげに目を細める。


「今日は、シャルロット様は一緒じゃないのね」

「うん。今日は馬車に乗って来なかったよ。こないだ、おねえさまに迷惑をかけたって、少し反省してたからかも」

「まあ」


 あの猪突猛進なシャルロットが、配慮することを覚えるだなんて。


「褒めに行こうかしら」

「ぼくも行っていい?」


 私が呟くと、リアンが横から顔を見上げて来る。


「毎日会っているのに、シャルロット様に会いにいくの?」

「うーん、ぼくたちも、男と女だからね。学園だと、意外と話さないんだ」


 リアンは大人びた口調で、そう説明する。なるほど、リアンだけでなく、シャルロットにも同性の友人ができつつあるらしい。私とミアやセシリーのように、学園生活を互いに支えあいながら、卒業後も関係を持てる親友を作ってほしいものだ。


「あーっ、リアン! お姉様も!」

「シャル、今着いたの?」

「うん! リアンが早すぎるんだって、朝一番に帰るんだもん。置いていかれちゃった」


 私たちが馬車から降りて歩いていると、シャルロットが駆け寄ってきた。膨れっ面で、口を尖らせる。


「え、一緒に来るつもりだったの?」

「当たり前でしょ! あたしだってお姉様に会いたいんだから。リアンはいいよね、帰ったらお姉様がいるなんて、ずるい」


 シャルロットの言葉に、リアンが目を丸くする。シャルロットが反省していたなんて言うのはリアンの勘違いで、単に馬車に乗り遅れただけらしい。


「シャルロット様は、これからどうするの?」

「騎士団に行くの! もう、学園の体育なんか簡単すぎて、体がなまっちゃった」


 運動したくてたまらない様子で、シャルロットは軽く足踏みをする。


「そうなの?」

「シャルだけだよ……」


 リアンに聞くと、首を緩く左右に振って否定した。何しろシャルロットは、騎士団に混ざって運動するだけの能力があるのだ。学園に入学したての生徒向けの授業では、力が有り余って仕方がないのは必然である。


「お姉様も一緒に行こう、エリックもいるから! あっ、リアンも!」

「行くよ。ねえ、おねえさま」

「そうね……」


 当然のように誘うシャルロットと、当然のように誘いに乗るリアン。今までも何度も顔を出したこともあり、共に鍛錬場に向かうことは、ふたりにとって自然なことのようだ。


「先に、ミアに挨拶しようかしら」

「行かないの?」

「なんで?」


 両側から覗き込んで質問してくるふたりを、「屋敷まで足を運んだのに、挨拶しないのは失礼だから」とあしらう。


「そうなんだ」

「そうよ。だから、先に行ってなさい」

「はーい、行ってくるね!」


 ぱたぱたと軽い足音を立て、リアンとシャルロットが駆けてゆく。


「にしてもお前、学園にいるときと、全然雰囲気が違うよな!」

「うるさい! これが普通なの!」


 そんなふたりの仲良さげな言い合いを背景に、私は、ミアに声をかけてもらおうと、使用人の姿を探す。

 別に、必ずしも今、挨拶をしなければならないわけではない。シャルロットが騎士団へ行くというのなら、子守の役目も兼ねて、そちらへ着いて行ったって良い。ただ単に、気が引けただけだ。


「エリック様は、私に恋をしているらしいの」

「へえ! そうなの、素敵ね」

「うーん……」


 迎え入れてくれたミアと紅茶を飲みながら、そう言ってみる。頬に手を当て、ミアは笑顔になった。私が唸ると、くりくりとした瞳を丸くする。


「どうしてそんな顔をしているのよ、騎士様は自由恋愛なんでしょう? 恋されているならもう、何にも問題ないじゃない」

「そうなんだけど……」

「キャサリンは、彼と結婚できるなら、他の人より良いんでしょう?」

「うん、そうなんだけどね」


 ミアの言うことは、以前の私が口にしていたことと同じ。正しいのだけれど、なぜだかしっくり来なくて、私は煮え切らない相槌を打った。


「何か問題でもあるの?」

「うーん、なんというか……」


 言葉がまとまるまで待ってくれるミアの顔を見ながら、私は改めて考えた。

 そう、たしかに問題ないはずなのだ。私にとって、エリックは、結婚相手としては現時点では一番良い相手である。優しいし、一緒にいて楽しい。気兼ねなく話せる。良いところばかりだ。

 だけど両親がエリックとの話をまとめようとしたとき、断ったのは、騎士は自由恋愛だから。私に恋もしていないエリックを、貴族の論理に巻き込むのは失礼だと思ったのだ。

 エリックが私に恋をしているのなら、もう問題はなくなる。自由恋愛の結果なのだ。

 恋というのは、ベイルやセドリックが見せた、異常なまでに熱烈な感情。私は彼の目の中に、そんな情念を見たことがない。いったいいつ、エリックの中に、そんな感情が芽生えたというのか。

 エリックの単なる勘違いではないか、という気もする。


「やっぱり私、恋というものが、掴みきれていないんだわ。エリック様が、いつ私に恋をしたのか、全然わからなくって」

「聞いてみたら?」

「……そうね」

「なんだか難しいのね。大変ね、騎士様との関係っていうのも」


 要領を得ない私の話を、嫌な顔ひとつせず聞いてくれるミア。ミアが近くにいてくれて、本当にありがたい。


「ごめんね、自分の話ばっかり」

「構わないわ。お互い様だもの」

「そういえば、結婚式の準備はどう?」


 ミアは準備を楽しみながら進めているようで、「王妃教育が大変」とぼやきながらも、表情は柔らかかった。ミアはオーウェンの妻になる。彼女のためにも、私は、続編に向かう展開を阻止しなければならないのだ。

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