8.ハーバリウムの試作
ハンナとアンナは、作業場のことを聞いていたようで、お昼を手早く済ませ、こちらへ集合した。ふたりとノア、リサ、そして私。開発に関わるメンバーが勢揃いすると、もともと倉庫であったこの小部屋は、かなりいっぱいになった印象がある。
「壮観ですね!」
「ええ。見ているだけで、心が浮き立つわ」
人間よりも多くの面積を占めているのが、机に無造作に置かれた季節のドライフラワーだ。「捨てるに捨てられなかった」ということで、それぞれの季節の花々が、こんもりと山になっている。
もうひとつ面積を圧迫しているのが、大きな容器に入っている、洗濯のり。「いちいち汲んでくるのは大変なので、予備をひとつ、持ち込みました」とはリサの言葉である。
そして、壁際で見事なピラミッドを形成している、ジャムの空き瓶。「ロディさんは、朝早くからさっきまで楽しそうに積み上げていました」と、ハンナとアンナの証言。私の背の丈ほどもあるピラミッドを成しているこれらの瓶は、合わせていくつあるのだろうか。想像つかないほど多い。
「この瓶の中に、花を入れればいいんですよね」
「ええ、たぶんね。それで最後に、液体を流し込みましょう」
それぞれに机に向かい、空き瓶を取って(崩しそうなので皆、背の高いノアに取ってもらった)作業に取り掛かる。アレクシアがしていたネックレスとは、大きさは違うが、やることは同じでいいはずだ。
やっぱり、この季節は薔薇だろうか。庭の薔薇をイメージする。あの庭の薔薇のように、白、赤、黄色、ピンク……色とりどりの薔薇を選び、順番に瓶に入れていく。
瓶の中に花が入っているだけなのだけれど、もう可愛い。庭に咲いた花や、花瓶に活けられたものよりも、容れ物が小さい分、儚くて可憐な印象がある。
「できたわ……!」
「なんだか、キャサリン様のは……賑やかですね」
私の瓶を見て、リサが言う。明らかに褒め言葉を選んでいる。
「華やかでしょう」
お花がぎっしりで、ゴージャスでいいじゃないの、と思ってリサの瓶を見ると、花が一輪入っているだけである。
「それ、まだ途中なの?」
「いえ、完成です」
「リサのが、質素なだけじゃない。お花はたくさんあったほうが可愛いわ」
そうは言ってみたものの、私のもリサのも、どうもしっくり来ない。アレクシアのネックレスは、私のように派手でも、リサのように地味でもなく、もっと品があった。だから、欲しかったのだ。
「これはいかがですか?」
「そう、こんな感じ!」
差し出された瓶は、花と花の間に適度な空間が空き、理想的なバランスであった。グリーンが多く、緑を中心に、一輪だけ白い花が入っている。
「でも、緑ばっかりね」
「緑は私の色ですからね」
ノアが言う。この人、髪や目が緑だから、敢えてグリーンを選んだのね。なんというか、自分がお好きというか。
「ノアが緑なら、この白い花は誰なの?」
「これ……? ほら、白と言えば、キャサリン様じゃありませんか。白がよくお似合いになる」
「まあね。ならこれは、ノアと私なのね」
褒め上手なノアは、時折こうして、ジョークを交えてくる。幼い頃はいちいち恥じらって面白がられていたが、今はもう慣れたものだ。
ノアの作ったものは、バランスは良い。ただ、緑ばかりで、いかんせん華やかさに欠ける。やはりこれは小瓶に花が入った可憐さが素敵なのだから、グリーンばかりというのは、如何なものだろうか。そして何より、「コンセプトが自分の顔」というところに釈然としない気持ちになる。
そんなことを考えながら、ハンナとアンナに視線を移す。ふたりは瓜二つの真剣な表情で、それぞれの瓶に向き合っていた。
「できました」
と、報告する声がぴったり揃う。さすが、双子。果たして、ふたりの作ったものは、私の理想そのものであった。
ハンナが作ったのは、黄色い薔薇を中心に、同系色の小さな花と、白い花を散らしたもの。色が調和していて、スペースも適度、このまま飾っても良いような雰囲気がある。
対してアンナが作ったのは、白い花びらをベースに、青い花がよく映えるデザイン。ハンナが作った可愛らしいものとは対照的に、クールな印象だけれど、これはこれで素敵である。
「素晴らしいわ! ネックレスと言わず、これはこれで、置物として売り出せるわ!」
「確かに、どちらもとても可愛らしいですね。ノアは兎も角、私やキャサリン様のものと比べると……」
「凄いねふたりとも、僕たち3人と違って、センスを感じるよ」
リサとノアがそれぞれ、ハンナ達を褒めるついでに、私のセンスを貶している気がする。
何にせよ、これで基本は完成。作業が簡単である分、作り手のセンスが表れるから、さまざまな表現の可能性を感じる。
あとはこれに、洗濯のりを入れれば、想像される一通りの手順は完了する。
「本当にこれ、そのまま入れていいんですか……?」
リサがおたまを片手に、容器から洗濯のりを掬った。持ち上げたおたまの底から、とろとろと止め処なくのりが伝い落ちる。リサの言わんとしていることはわかる。なんというか、少し粘度が高すぎはしないだろうか。
「なんだか、重そうね」
「とりあえず、試してみましょう。キャサリン様、それを使って宜しいですか」
「構わないけど……」
ノアに言われ、薔薇ぎっしりの豪華な小瓶を手渡す。どうして私のが最初なの? ……そんなにいまいちかなあ。こんなにたくさんお花が入っていたら、得した気持ちになると思うのに。
小瓶に、リサが掬った洗濯のりをそのまま流し込む。一瞬ぶわ、と溢れそうになり、そして瓶の底へゆっくりのりが落ちて行く。それと同時に、薔薇の花の形もぐしゃりと変化し、潰れてしまった。
「あ、あー、せっかくたくさんお花を入れたのに」
「やはり、そのままでは花の形を維持できませんね。少しずつ薄めてみましょう」
私が肩を落とす横で、ノアが冷静に分析し、別の器に取った洗濯のりに水を加え始める。カップを使って水の量を調整し、洗濯のりと水の配分が異なる液体を用意する。それをリサが器用に瓶へ注ぎ込む。まるで、原液のままでは駄目なことがわかっていたかのような手際の良さだ。てきぱきと指示を出す様子を見ていると、家庭教師として雇われた彼の頭脳の優秀さが窺い知れる。
水を加えると粘度が下がり、花が潰れなかったものもあった。花が上に浮いてしまったものもあって、あれは水が多すぎたのだろう。
私にはどれがどれだかわからないけれど、ノアが紙にしっかりと記録していた。持つべきものは賢い仲間である。
「キャサリン様は、これをお売りになりたいのですよね?」
「ええ。ハンナ達が作ったのはとても可愛らしいし、室内の飾りにぴったりだから、売れると思うのよね」
「それならば、ある程度保存ができないといけませんね。これは暫く、ここに置いておいて、色の変化等を確認しましょう」
試作の主導権は、完全にノアに移ってしまった。休憩も終わる時間となり、私はほくほくした気分で、作業場を離れる。
こんなに簡単に、数種類の試作ができるとは思っていなかった。部屋を与えてくれた両親、材料を用意し、手先の器用さを発揮したリサとハンナとアンナ、頭脳を貸してくれたノア。皆のおかげで、私の計画は、予想以上に早く軌道に乗りそうである。
なんだかすごくわくわくして、早く試作の結果が見たくて、私はその夜、なかなか眠れなかった。