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71.リアンとシャルロットのいない日々

 その日も私は、よく晴れた空の下、暖かい日差しを浴びながら、紅茶を飲んでいた。


「……リアンがいないと、静かね」

「そうですね」


 こうしていると欠かさず飛びついてきたリアンは、今日はいない。学園の寮に入っているからだ。シャルロットも同じ。あれだけ賑やかな人達がいないと、物足りない気持ちになる。


「でも、キャサリン様。週末にはリアン様も、帰っていらっしゃいますから」

「そうよね。それまで、ゆっくり過ごすのが良いかしら」


 私は紅茶の香りを楽しみながら、今日の予定を考える。


「会いたい人もいるから、騎士団に行くわ」


 アレクシアのところで、リアンとシャルロットのためのアクセサリーを買おう。ついでにアレクシアの話も聞きたい。そうなれば、同行を頼める相手は、エリックしかいない。


「会いたい人、ですか……行ってらっしゃいませ」


 妙ににこやかなリサに見送られ、私は馬車へ乗り込む。馬車の中は、日に暖められ、外よりも温度が高い。


「こんにちは」

「あっ! エリーー」

「休憩まで待ちますわ。呼ばなくて大丈夫」


 私の顔を見た騎士が、すかさずエリックに呼びかけようとする。急ぎの用ではない。この間みたいに、大した用でもないのに、走って来られたら申し訳ない。私は彼を制し、鍛錬場の様子を見にいった。

 今日も彼らは、汗を流しながら、歯を食いしばって鍛えている。そこに、軽やかに飛び回るシャルロットの姿はない。

 あの可愛らしいシャルロットが、むきむきの男たちと対等に張り合っていたすさまじい姿を思い返しながら、彼らの様子を眺める。暫くすると、休憩に入ったらしく、隊形が乱れた。

 こちらへ駆けてくるのは、輝く銀髪。


「エリック様、突然押しかけてごめんなさい」

「いえ、お気になさらず。どうされました?」

「また、アレクシアと話をしに行こうと思って」


 エリックの表情が、さっと硬くなる。


「危険ですよ。俺に、必ず危険を回避できるほどの力はありません」

「何かするなら言えって、言ったじゃない」

「それは、そうしなければキャサリン様は、おひとりで臨みそうじゃありませんか」


 確かに。図星で、返す言葉もない。


「俺が彼女を連れてきます。キャサリン様が安全なところにいて、彼女を連れてきて話すのなら、まだ危険は少ないでしょう」

「アレクシアを連れてくるの? エリック様が?」


 エリックは頷いた。


「安全なところと言っても、私の家は無理よ。彼女は平民だもの」


 婚約破棄の原因である、アレクシア。彼女が我が家の敷居を跨げることは、一生ないだろう。

 エリックは、婚約破棄の原因がアレクシアだということは気づいていない。身分を理由にして誤魔化すと、彼は頷いた。


「もちろんです。ここは、どうですか?」

「ここって、ここ?」


 騎士団が鍛錬している、この場を示すと、エリックは頷いた。


「ここなら、多くの騎士が傍にいます。ですが、皆鍛えている最中ですから、おふたりの会話を聞く者はいないでしょう」

「私とアレクシアが話しているのを見られるのも、まずいのよ」

「彼女も貴族の令嬢だと、話しておきます。ここの者は貴族といえばシャルロット様だと思っていますから、あのような女性でも、貴族だと言われれば納得するでしょう」


 私とアレクシアが話すとまずいのは、身分の問題だけではないのだが。エリックにそう言われると、それが一番良いような気がしてくる。


「あなたのいう通りにします」

「次の、俺の非番の日にしましょう。おふたりが話している時も、そばにいますから」

「それは安心だわ」


 正直言って、アレクシアと話すことに、それほどの危険を感じてはいない。彼女は、今更何かしでかすような人ではない。けれど、エリックが私を心配し、考えた結果の提案であることはよくわかった。これ以上彼に迷惑と心配をかけてもいけないので、私は了承する。


「エリック、そろそろ戻るぞ」

「わかってるよ、カミーユ。キャサリン様、ではまた」


 カミーユに連れられ、エリックは挨拶をして去る。貴重な休憩時間を、私との会話だけに費やさせてしまった。


「お前、ちゃんと言ったのか?」

「言わないよ。今日はそういう用件じゃない」

「お前が言わないでどうするんだよ!」


 エリックとカミーユは、なにやら揉めながら戻っていった。何の話か知らないが、あのふたりはやはり、仲が良い。

 何にせよ、これでアレクシアと会う目処は立った。不安の残る今の状況について、「ゲーム外の知識をもつ」彼女に、話を聞いてみたかった。


「今日も騎士団へ行って来たわ」

「キャシーは最近、よく顔を出しているね」

「良いことだわ」


 夕食を皆で囲みながら、いつものように、他愛ない言葉を交わす。リアンのいない食卓は、いつもと同じようで、どこか静かだ。

 私が今日の予定を報告すると、両親は穏やかに微笑んだ。


「そろそろ、ふたりの話を進めてもいいかい?」

「なんのこと?」


 父の質問の意図がわからず、私は首を傾げる。


「何って、君と彼との結婚のことだよ」

「エリック様との? 駄目よ、お父様が出てきたら、エリック様は話を受けるしかなくなるじゃない」

「いけないの?」


 母まで、きょとんとして言う。私は頷いた。当たり前だ。


「前も言ったでしょ。騎士の方は、自由恋愛なのよ。私達貴族みたいに、親同士が話をして、勝手に決めるなんて失礼だわ」


 確かにエリックは身分・内面共に相手として不足は全くないけれど、そういう価値観で相手を判断すること自体が、貴族的な感覚なのだ。それをエリックに押し付けてはいけない。


「うーん……」

「エリック様には、お互い恋をして、素敵な結婚をしてほしいと思うの」

「なんだか、小説みたいね、それ」


 渋い顔の父と、目を輝かせる母。やはり、こういう気持ちは、女性の方が共感してくれる。


「キャシーはその相手には、なるつもりはないのかな?」

「わからないわ、お父様。でも、エリック様は、私には恋をしていないと思うの」

「どうして?」


 不思議そうに瞬きをする母。そんなことを疑問に思う方が不思議だ。


「恋って、ベイル様みたいに、立場も何もかも失ってもいいと思うほど、情熱的なものなんでしょう? だから、違うわ」


 ベイルのように。この場では言わなかったけれど、セドリックのように。強烈な感情が、おそらく恋なのだ。

 私が言うと、父と母が顔を見合わせた。どういう意味合いの反応なのか、ちょっとわからない。


「まあ、キャシーがそう言うのなら。エリック様と話をしながら、お互いの気持ちについてゆっくり考えなさい」

「はい」


 父がそう会話をまとめる。食後のお茶をゆっくりと飲み終え、席を立つ両親と共に、私も離席する。

 聞こえてくる「彼次第なのね」という母の囁きを背に、私は自室に帰った。明日は、エリックは非番。アレクシアに会うための、手助けをしてくれることになっている。

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