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閑話 カミーユの頭痛の種その2

「それで、デートの首尾はどうだった?」

「デートなんてものじゃない。シャルロット様もご一緒だったから」

「だとしても、一緒に買い物に行ったんだろ」


 エリックに自分の恋心を、自覚させて以来。エリックの同僚であり、友人である俺、カミーユは、例の公爵令嬢との進展具合を度々聞いていた。


「俺の気持ちの証として、アクセサリーを贈ったよ」

「受け取ってもらえたのか」

「もらえた」

「ああ……」


 ぶっきらぼうな口調だが、今日のエリックは、その裏で喜びを押し隠しているようだ。身につけるアクセサリーを贈ることには、大きな意味がある。それを受け取ってもらえるなんて、ずいぶん首尾良くやったものだ。


「順調じゃないか」

「俺に想われるのは幸せだと、言われた」

「順調じゃないか……!」


 聞いてもいないのに補足するエリック。よほど嬉しかったらしい。自分では感情の高ぶりを押し隠しているつもりでいるのが、初々しくて微笑ましいではないか。

 別に下世話な趣味があるわけではないので、彼女とのやりとりを、微に入り細に入り聞くことはしない。ただ、いそいそと出かけていくエリックを見ると、ああ今日もデートなのだな、と思っていた。

 俺たちが「早く婚約しろ」などとからかうと、「失礼だろう」と言いながらも、口を微かに綻ばせる。それが順調であることの証のようだった。


「おい、エリックはいるか!」


 ある日、公爵令嬢が鍛錬場を、突然訪れた。呼ばれて駆けていくエリックを見送ると、令嬢と何やら話し込んでいる。距離が近く、誰が見ても恋人同士の会話だ。

 エリックが神妙に話し込んでいるので、興味がわいた。エリックを通して彼女の話は聞いていたが、実際、ふたりの雰囲気がどう変化しているのか気になる。

 休憩に入り、ふたりが話し始めてから随分経ったので、エリックを呼び戻す意味合いも兼ねて話しかけに行った。


「神妙な顔だな、エリック」

「あら、カミーユ様。お久しぶりです」


 近くで見ると、やはりその美貌は飛び抜けている。こんなに美しく、身分の高い女性を射止めるとは。どんな魔法を使ったか、教えを請いたいものだ。

 当のエリックは、「何か用か」と、かなり不満気な様子だが。彼女との会話を邪魔されたからって、そこまであからさまに態度に出さなくてもいいだろう。そもそも今は、鍛錬の最中なのだし。


「じゃあ、今日は王女様に会いにいらしたのですね」


 挨拶だけで去るのも芸がないので、俺はそのまま彼女と、他愛ない世間話を続けた。時折エリックが不機嫌そうに口を挟んだが、公爵令嬢自身は嫌そうな顔もせず、俺のくだらない話に付き合ってくれる。その身分の方にしては珍しく、ずいぶんと心が広い。

 俺は心底感心していた。彼女が、とんでもない発言を繰り出すまでは。


「私のような貴族は、恋というものが、よくわかりませんの」


 ん? どういうことだ?

 エリックの気持ちを受け入れ、ほとんど恋人関係にあるのだと思っていた令嬢が、いきなり「恋がわからない」などと言い出した。


「今、恋をされてはいないのですか?」


 驚くあまり、頭に浮かんだ疑問がそのまま口から出ていた。エリックとこれだけ親しくしている、しかも貴族の令嬢が、恋がわからないなんて言い出すのはおかしい。


「まあ……少なくとも両親は、エリック様を、私の相手として扱っていますわ。私もその扱いに、不満はありませんけど」


 ここで言う相手とは、結婚相手とか恋人とか、そういう意味だろう。エリックは、彼女の親も公認している相手なのだ、やはり。彼女自身も、そのように捉えている。


「だけど、騎士の方は自由恋愛なのですよね? きっとエリック様は、私に恋はしていないでしょうし……私も恋というものが、よくわかりませんから」


 頬に手を当て、無邪気にはにかむ彼女。とても可愛らしいのだが、俺にはその言葉の真意が理解できなかった。

 エリックは彼女に恋はしていないし、自分も恋がわからない、と。

 話し込んでしまったせいで呼び戻され、それ以上聞き出すことはできなかったが、エリックの気持ちが全く伝わっていなかったことはわかった。

 呆然としながら鍛錬を続けるエリックにかける言葉を必死で考えながら、俺も残りのメニューをこなす。


「とりあえずお前は、はっきり自分の気持ちを言った方がいいよ」

「言っているつもりだったんだ」

「実際、何にも伝わっていなかっただろう?」


 はあ、と溜息をつくエリック。俺も、頭が痛くなりそうだ。世話がやけるのは、エリックだけではなかった。まさかあんなに、擦れていないというか……無自覚というか……箱入りのお嬢様がいるとは思いもしなかった。


「俺がキャサリン様に恋をしていないと、はっきり言っていたものな」

「ああ。でも、お前が自分の相手として扱われることに、不満はないとも言っていた」

「そうだな……確かに俺は、はっきりと、キャサリン様に恋をしているということを言うべきだった」


 想像していた事態とは違っていたが、あの公爵令嬢だって、エリックが自分の恋人や結婚相手として扱われることは、気にしていないらしい。ふたりが相思相愛であることに、変わりはないのだ。

 問題は、そのことについて、彼女自身の自覚がこれっぽっちもないことであろう。

 俺自身が公爵令嬢と話す機会など滅多にないので、あとはエリックが、自分で頑張るしかない。

 エリックが、自分の恋心を自覚するまでに俺がかけた、いろいろな言葉を思い返す。あれと同じくらいの手間を、今度はエリックが、公爵令嬢相手にするわけだ。


「頑張れよ」


 そう励ますと、いつもの真面目な表情で頷く。俺はふたりの恋路を応援している。ぜひ、上手くいってほしいものだ。

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