67.騎士は自由恋愛
「神妙な顔だな、エリック」
「あら、カミーユ様。お久しぶりです」
「どうも。お久しぶりです、オルコット公爵令嬢」
癖毛のカミーユに、声をかけられる。私のような貴族の令嬢の前でも臆さない彼は、やはりずいぶん、女性慣れしているらしい。
「何か用か」
「用か、じゃないだろう。お前がオルコット公爵令嬢に呼ばれたって居なくなって、暫く姿が見えないから、探しにきたんじゃないか」
「そうなのですね。ごめんなさい。シャルロット様に会いにきたのですが、お会いした騎士の方が、エリック様を呼んでしまって」
「ああ……申し訳ない。うちの団では、オルコット公爵令嬢と言えば、エリックだから」
エリックを見ると、むすっとした顔でカミーユを見ている。「余計なことを言うな」とでも言いたげだ。
「そんなふたりが神妙に話し込んでいるから、何かと思ったのですよ」
「大したことじゃない」
「何かあったらエリック様を頼りますね、って話です」
私が言うと、カミーユは「はあ」と息が抜けるような相槌を打った。
「エリックは非番の日も、ずいぶん公爵家にお邪魔しているそうですが。こいつが何か、頼っているわけではないのですね」
「私が色々と頼っているのです。エリック様が我が家に来ていることを、ご存知なのですね」
「騎士団は、非番の日に出かける際でも、行き先を報告せねばなりませんので」
秘密裏に進めていたつもりのことをカミーユが知っていることに驚いたが、エリックの説明に、納得する。仮にも武力を備えた、国の騎士団員だ。行き先を把握されることはあるだろう。
「じゃあ、今日は王女様に会いにいらしたのですね」
「そう。ミアーー私の友人に勧められたから。さっきまで、その子とお茶を飲んでいたの。ついでに顔を出してみたんだけど」
「入れ違いで、残念でしたね。今日も元気に飛び回っていましたよ」
シャルロットの話をする時には、軽薄なカミーユも、穏やかな顔つきをしている。彼女はやはり、騎士団の面々に愛される存在なのだ。
「ご令嬢同士って、どんな話をされるんですか?」
「そんな個人的なことを聞くんじゃない、カミーユ」
「なんでだよ、気にならないのか? あ、答えられる範囲でよろしいですからね」
「そうねえ……」
お茶会で話したことを、無闇に人に明かすのは難しい。特にミアに関わる話題を、ここで話すわけにはいかない。
「ああ、恋の話をしていましたわ」
「恋の?」
「ええ。私のような貴族は、恋というものが、よくわかりませんの。恋せずとも親が決めた相手と結婚するのが、一般的ですから」
カミーユは不意をつかれたように、目をぱちくりさせている。いつもは余裕綽々な感じなのに、珍しい。その反応が面白くて、私は続けた。
「騎士の方なら、恋ってどういうものなのかも、よくご存知なのではないかしら……なんて、そんな話をしていましたわ」
「そうですか……恋の話を……」
カミーユが、エリックをちらりと見る。
「その……不躾なことを伺いますが、今、恋をされてはいないのですか?」
「カミーユ! それは立ち入りすぎだろう」
珍しく焦った様子のエリックを見て、私は首を傾げた。恋、と言われると、よくわからないのだ。「わからない」という答えしかないし、だから失礼な質問だとも思わない。
「ほら、エリックとは親しくされているじゃありませんか」
「まあ……少なくとも両親は、エリック様を、私の相手として扱っていますわ。私もその扱いに、不満はありませんけど」
「え……」
「だけど、騎士の方は自由恋愛なのですよね? きっとエリック様は、私に恋はしていないでしょうし……私も恋というものが、よくわかりませんから」
恋というのは、その人のためなら何を捨てても惜しくはないような、セドリックやベイルのような、あの強烈な感情を指すのだろう。私はエリックからはそんな感情を感じないし……そんな風に思ってほしいとも思わない。怖いもの。
「それは」
「カミーユ! いつまで喋ってるんだ!」
カミーユが何か言いかけた途端、怒号が響いた。飛び上がった彼は、即座に背を向けて呼ばれた先へ走って帰る。
「申し訳ない! 鍛錬に戻ります!」
「……俺も、戻ります」
次いで、エリックも駆けて行く。その表情が少し強張っているのは、私との会話にうつつを抜かしたせいで、これからたっぷりしごかれるからだろうか。悪いことをした。
結局、シャルロットには会えないまま、私は鍛錬場を去った。
帰りの馬車で、エリック達との会話を思い返す。「エリックと親しくしているじゃないか」と言ったカミーユの発言は、私とエリックが恋愛関係にある、という前提のものだった気もする。
私の家族といい、ミアといい、騎士団の人達といい。周囲の人は皆、私達を恋人扱いする。正直言って、私は何でもいい。恋愛感情なしに、男女としての付き合いがあるのが、当たり前だから。
でも、騎士は自由恋愛。エリックの気持ちがないのに、このまま外堀を埋められて行くなんて、それでは駄目だろう。私はなんとも言えない気分であった。




