66.騎士団再訪
シャルロットも、オーウェンと共に、ヘランに侵されていないローレンス公爵家に滞在しているそうだ。公爵家の者に聞くと、シャルロットは騎士団の方に行っているという。シャルロットは、我が家だけでなく、騎士団の方にも欠かさず、許された日数通いつめているらしい。相変わらずだ。
鍛錬場まで歩き、近くにいた騎士に声をかける。
「こんにちは」
「あっ!……おい、エリックはいるか!」
シャルロットを呼んで欲しかったのに、話しかけた相手は私の顔を見るなり、大きな声でエリックを呼んだ。
乾いた土を蹴り上げながら、エリックが駆け寄ってくる。
「どうされましたか」
「いえ、シャルロット様がここにいるって、お聞きしたのですが……」
息が上がっている。急いで来てくれたらしい。彼に用があったわけではないので、申し訳なくなりながら、そう尋ねる。エリックは「ああ」と掠れた声を上げた。
「先程までいらっしゃいましたが、もうお帰りになりましたよ」
「残念だわ、行き違いだったのね」
額に汗を浮かべ、エリックが頷く。
「ええ。ずいぶん汗をかいたので、着替えると」
「淑女としてのまともな衛生観念が身についたのね。嬉しいわ」
以前のシャルロットは、汗をかこうが何をしようが、男達と一緒になって活動していた。汗を気にして着替えるなど、大変な進歩である。
「その調子なら、殿下の結婚式には、シャルロット様も出られそうね」
「そのつもりで準備が進んでいるそうですよ」
「ドレスを着たシャルロット様は、きっと可愛いわ」
妖精のようなシャルロットが、妖精のようなドレスを着て微笑んでいる姿を想像する。うん、間違いない。めかしこんだシャルロットは、どんな子供よりも可愛いに決まっている。なにしろシャルロットは、続編のヒロインなのだから。
「殿下の結婚式も、もうすぐね」
「はい。我々もそれに向けて、警護の計画を立てているところです」
エリックの表情が真摯なものになる。シャルロットの話をしているときの彼は、とても優しげな雰囲気なのに、仕事の話になるとぴりっとする。その切り替えの早さに、いつも驚かされる。
「大丈夫かしら」
「大丈夫、とは……?」
「アレクシアの話。覚えてる?」
平和な日常を脅かす可能性のある、憂い。それは、アレクシアの言っていた、「ベイルが王になる」というものだ。ベイルが王になるには、オーウェンの存在は邪魔になる。
私の言葉を聞いたエリックは、表情を変えずに答えた。
「大丈夫ですよ、キャサリン様。オルコット公爵からも、殿下の警護について、厳しくするようお達しがありました。我々にお任せください」
「あなたも、任せろって、言うのね。父みたいだわ」
父も、国王やオーウェン、ベイルの行く末に関する話になると、「任せろ」と言う。確かに彼らの言葉は頼もしくて、任せれば安心だ、と思う。
だけど、父は私が続編のことを知っているなんて知らない。私が口を出す問題ではないと思って、任せろと言っているのだ。
「光栄です。オルコット公爵は、素敵な方ですから」
同じことを言っていても、エリックは別だ。彼は、私がこれからのことを知って、憂いていると知っていて、それでも「任せろ」と言う。
「でもね、任せろって言われると、私は不安なのよ。何かあるのは間違いないと思うのに、これからのことが、全然見えなくて」
「それは……こうした物騒なことに、あなたを巻き込みたくないからですよ」
私は、現状が続編から離れていることを知らないと、安心できない。きっとどこかに、ベイルの即位に繋がる、落とし穴があるはずなのだ。父に任せれば大丈夫だとは思っても、その点は心配である。
父には言えなかった不満を零すと、エリックは眉尻を下げた。
「もう、あなたを危険な目に遭わせるのはこりごりです」
「それって、セドリックのこと?」
「はい。あのとき俺は、自分にはキャサリン様を護れると、驕っていました。俺だけに相談してくれて、だから俺だけが護れる。俺にはその力があるという、慢心でした」
「そうなの……」
エリックがそんな風に捉えていたとは、知らなかった。私にとってエリックは、ただ、秘密を共有できる、頼もしい存在であった。
「あなたに、頼りすぎたのかしら」
「そんなことはありません。あなたに頼られて、俺が嬉しくなってしまったのが、いけないのです」
彼の瞳が真っ直ぐ私を見つめる。射抜かれたように、私は動きを止めざるを得なかった。瞬きもできない時間が流れる。
「不安なのはわかります。でも、どうか、危険に飛び込むのはおやめください」
「危険に飛び込むつもりはないわ。でも、アレクシアが言っていたのとは違う未来が待っていることを、確認したいの」
私が即答すると、エリックは心底困ったように表情を歪めた。
「もし何かするときは、必ず俺を呼んでくださいね」
「そうするわ」
リサとの約束もある。力のない私が、自分だけの考えで何かするということは、もうしない。私の気持ちを尊重し、それでいていざという時に助けに入ってくれるエリックは、ありがたい存在なのだ。