60.父は楽観的
「先程殿下に伺ったんだけど、陛下の周辺の使用人が、どんどん入れ替わっているそうね」
「キャシーもそれを聞いたのか。そうなんだよ。陛下は今、タマロ王国に傾倒していてね。誰が言っても、だめなんだ」
「陛下って、そんな方だったかしら」
帰りの馬車の中で父に問うと、国王の変化は、既に聞き及んでいるそうだった。それどころか進言しているのに、聞き入れられないという。オーウェンからも聞いたような話に、私は首を傾げた。
確かに国王は、シャルロットの件といい、視野の狭いところはあるものの、人の意見を聞き入れない印象は、これまではなかった。特に父やローレンス公爵は旧知の仲であり、その言葉を重く捉えていた人だったと、記憶している。
そのイメージと、最近の国王の評価は、大きく異なる。
「ブランドン侯爵家と、タマロ王国に、心を奪われているんだ。あの国の薬、あれはだめだよ。正常な判断ができなくなっている」
「ヘラン、っていう、あれ?」
「そう。知らないかい? あれを買うために私財を全て投げ打って、破産した下級貴族も出てきているよ」
父は深い溜息をつく。苦悩の色が滲み出る。
「古い友人として、陛下には言うべきことを言ってきたと思うんだけど。まさかブランドン侯爵みたいな人達の方を、選ばれるとはね」
「陛下はお加減が悪いって、殿下が仰っていたけど……それも、タマロ王国の方が?」
「陛下に悪いものを食べさせてるってこと? それはないんじゃないかな。今、陛下は彼らの言うなりなんだから、命を奪うのはかえって損だよ」
私の懸念は、父に否定される。オーウェンと同じことを言っている。国王の命をわざわざ狙っても、今のところ、彼らにメリットはない。
「幸い殿下は、タマロ王国との繋がりはないんだ。陛下の世が終わった時、タマロ王国が殿下の邪魔をしないよう、露払いをするのが僕たちの役目だ」
「殿下は、安全なの?」
国王もベイルも、タマロ王国の側についてしまっている。オーウェンだけが、正常な判断力のもとで、彼らの危険を察知している。
オーウェンが国王になれば良いけれど、タマロ王国の側からしてみれば、オーウェンこそが目の上のたんこぶだろう。
ベイルが国王になるには、オーウェンの死が必要不可欠だ。彼の身が心配になって父に問うと、父は頷く。
「僕がローレンス公爵家に頼んで、暫く、殿下はそちらで預かってもらうことになった。『タマロ王国の食事が口に合わなくて、体調を崩した』ということでね。シャルロット様も一緒だ。ローレンス公爵家なら安心だよ、あそこはタマロ王国には関わりがないから」
「そうなのね」
「大丈夫だよ、キャシー。陛下は僕の友人だ。誤ったことをしたら、きちんと正すさ。君は安心して、見ているといい」
大きな掌で、ぽん、と頭を撫でられる。温かな重み。たしかに待ち受けている未来のために、あれこれと心配していたが、父は全てを見透かしているようだった。
やはり、父が居れば、安心だ。どうしてこんな父がいて、続編ではベイルが王になるような、訳の分からない事態になったんだろうか。
ーーいや、続編では、父はいないのか。我が家は「没落する」とアレクシアは言っていた。もし、父が居なくて、この国が今の状況に陥っていた時、誰がそれを正そうとしただろう。ふと、そう考えて、恐ろしくなった。
「それよりも、キャシー。エリック様のことだけど」
「えっ?」
会話が途切れると、母が話題を投げ込んでくる。最近、内緒で彼とあちこち出かけているのがばれたかと、どきっとする。
「最近、シャルロット様がいらっしゃる回数が減ったでしょう? 男性は会わないとだめよ、ちゃんと会ってる?」
「ええ、まあ……」
「なら、良かったわ」
「彼は、次期騎士団長とも目される人物だそうじゃないか。それなら我が家が後ろ盾になれるよ。キャシーは見る目があるね」
そういえば、父と母には、エリックとの結婚が既定路線のように扱われているのだった。なんだか外堀を埋めているようで、エリックに申し訳ない気持ちになる。
「そんな、勝手に、結婚するって決めるなんて、エリック様に失礼よ」
「当たり前のことじゃない」
「貴族とは違うの。騎士の方々は、自由恋愛なんだから」
この間エリックと話していて、気付いたのだ。騎士は自由恋愛。家柄がどうとか、相手としてどうとか、そういう外面的な部分で結婚を決める貴族とは、そもそもの考え方が違う。同じ土俵に上げてはいけない。
「キャシーはエリック様に、恋をしてもらわなきゃいけないのね。大変よ。頑張って」
恋とは、ベイルやセドリックのように、盲目的なものだ。エリックのそんな姿、見たいとは思わない。母のずれた応援を否定したくなったが、あんまり頑なに言うと「では他の人とお見合いするか」という話になるのは目に見えている。
今は、そんな気にはなれない。
取り敢えず両親の誤解はそのままにしておくのが得策だ。心の中でエリックに謝りながら、私はそう決めた。