59.ギルの誕生日パーティ
学園に入学し、6歳を迎えた貴族の子供は、「誕生パーティ」と称して社交界にお披露目される。もちろん、正式なデビュタントはもっと大人になってからだが、誕生日を過ぎると、パーティなどにも家族と共に、普通に出入りできるのだ。
「ギルは、冬生まれだったのね」
ローレンス公爵家から届いた招待状を、出席で返した。近頃彼は、学園で楽しい生活を送っているとのこと。
父母と一緒に、お祝いのプレゼントを持ち、パーティへ向かう。今回呼ばれているのは、本当に親しい、一部の人だけである。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
大きな椅子に座らされたギルは、そこで来客からのお礼の言葉を受ける。懐かしい。私もああして座らされ、会が終わるまで来客の対応をしていたものだ。
私達が挨拶に行くと、はにかんだように笑い、しっかりと返事をした。あの、陰気だった少年とは、程遠い。避暑や学園生活を通して、ギルはだいぶ、人間関係に慣れたらしい。これなら学園でも上手くやっているだろうとわかり、人の家の子供ながら、安心する。
「おめでとうございます。大きくなられましたな」
「おかげさまで、すくすくと育っております」
誕生日パーティは、本人へのお祝いに加え、ここまで育てた両親を労うことも目的のひとつだ。私たちはローレンス公爵夫妻にも、同様に挨拶をする。夫妻がギルに注ぐ視線は愛情深く、微笑ましい。
「ギル、私、少しお友達と話してきてもいい?」
「いいけど、……残念だなぁ。僕、主役なのに」
そしてギルが捕まえて離さないのが、ミア。そうそう、ギルは極度のシスコンなのであった。
私だって、リアンに「残念」なんて言われたら、心苦しくて離れがたい。今日はギルの誕生日なのだ。ミアもきっと、ギルの良いようにしてあげたいのだろう。
私は自分からふたりの近くへ寄り、「本当にお姉様がお好きなのですね」とギルに声をかけた。
「はい。大好きです!」
「ちょっとキャサリン、ギルに何言わせてるのよ」
「リアンだってこのくらいのこと平気で言うわよ、何照れてるの」
「恥ずかしいじゃない、人前で……」
ミアは頬を薄く染め、ぷんぷん怒っている。ミアを見るギルの視線が敬愛に満ちていて、彼がいかに姉を思っているかということが、よくわかる。
「今からこんなんじゃ、ミアが結婚する時が、心配ね」
「それは大丈夫です。僕、殿下になら、お姉様を預けられますから」
「こう言うのよ、ギルったら……」
この冬が終わったら、ミアの結婚式も近い。私が茶化すと、大真面目にギルが答え、ミアが照れた。
それでも姉ひとすじではなく、きちんと他の人ともコミュニケーションが取れるようになったのだから、彼にとっては進歩なのだ。
「殿下は、いらしてないの?」
「いらっしゃるんだけど、ギルがこうだから……ごめんねキャサリン、ちょっと殿下を相手してくれると嬉しいんだけど」
「いいわよ」
今日だけは、ギルが何より優先される。苦し紛れに私へ依頼するミアの言葉を承諾し、私はオーウェンを探した。
「こちらにいらしたのですね」
「ああ、キャサリン。僕はここで拗ねてたんだよ。まさか、婚約者が義弟に奪われるとはね」
「ミアは、弟に好かれていますから」
「きょうだいの愛って、あんなに強いの? 僕、そういう感情を、感じたことがないんだけど」
オーウェンは会場の目立たない場所で、つまらなそうに食事を取っていた。話しかけると顔をぱっと上げ、苦笑して答える。
「シャルロット様にも、愛情を感じることはないのですか?」
「いや、ないわけではないけどさ……凄いじゃない、ミアを離すまいって感じがさ」
「そうですね」
ギルのミアへの愛は、確かに異常なほど強い。私も苦笑で返し、オーウェンが食べているのと同じものを手に取る。
「美味しいですわ、これ」
「本当に、普通の食事が美味しいよ。最近王城では、タマロ王国風の料理しか出ないから」
「あの、独特な風味の?」
「そう。たまになら美味しいけど、続くと辛い味だね、あれは。僕は最近、王城での食事はできるだけ避けているんだ」
そう言いつつ、心底美味しそうな表情で、振舞われた食事を食べるオーウェン。以前食べたタマロ王国風料理は、香辛料がよく利いていて、癖の強い味だった。確かにあれは、たまに食べたい味であって、毎日はいらない。
オーウェンの傍には毒見役が付いていて、必ず先に食べて、安全を確認してから食べている。
アレクシアの話が頭に浮かぶ。ベイルがもし即位するのであれば、オーウェンと国王は亡くならないといけない。もし命を狙われるのであれば、どんな方法があるのだろう。
これだけ厳重に警戒していれば、食べ物に関しては、問題ないのだろうか。
「父も最近また体調を崩しているんだ。人は食べ慣れたものが一番なんじゃないかと思うんだけど、それからさらに、タマロ王国のものを好んで食べるようになってね」
「食べ物が、宜しくないということですか?」
「うーん。宜しくないというか、慣れないものを食べているから、胃が疲れたんじゃないかって医者は言うけど」
オーウェンはここで声を低くし、顔を寄せてきた。神妙な表情で、続ける。
「でも、その医者も、父が呼びつけたタマロ王国の医者なんだ。僕は正直、信用ならないと思うんだよ」
「陛下は随分、タマロ王国に入れ込んでらっしゃるのですね」
「うん。身の回りの使用人なんかも、どんどんタマロ王国の者に入れ替えている。すっかり父の身の回りを、固められてしまったよ。偏るのは危険だと言っても、聞き入れてもらえないんだ」
このままでは国王が亡くなる未来が待っていると知っている私には、オーウェンの話は、とても危険な知らせだった。
なぜ王が無警戒に他国の者を好んで引き入れているのかわからないが、どう考えても、それは悪い結果に繋がるだろう。
「何かあったらすぐ辞めさせようと思っているんだけど、タマロ王国の者たちも、案外真面目に働いていてね。口実がない。父に何かあったら僕が即位するわけだし、それは都合が悪いから、今は何もしないのかもしれないね」
シャルロットの時もそうだったが、王太子であるオーウェンの意見を、王は軽視する傾向があるらしい。彼は国や王のことを、逃げずに考えることのできる人なのに、なぜそのように扱われているのだろう。
料理を口に運ぶオーウェンを見ながら、私は不思議でたまらなかった。




