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閑話 ヒロインは転生者

 私が、私は乙女ゲームのヒロインであるアレクシアだと気付いたのは、学園に編入したその日だった。貧乏であるはずの私のクローゼットにはドレスが並び、アクセサリーもたくさんあった。おかしいなと記憶を辿り、そして気づいた。それらは、前世の私が、ゲーム内で手に入れたものだった。


 第二王子であるベイルのファンだった私は、ゲームのストーリーをきっちり追い、ベイルとのハッピーエンドを手に入れた。「俺たちは一緒になれるのだろうか」と不安がるベイルは、「あなたが婚約破棄をちゃんとすれば、キャサリンは泣いて罪を認め、いなくなるから大丈夫」と励ましていた。それまでの展開がゲームの通りだったのだから、当然、ハッピーエンドを手に入れられるはずだった。いや、手に入れたのだ。一応は。私はベイルの隣で、キャサリンが婚約破棄される様子を見守っていた。婚約破棄はなされ、私とベイルは並んで卒業した。

 でも、あのとき悪役令嬢のキャサリンは、泣かなかった。


 実はこのゲームの続編では、王家の血を引くシャルロットという女の子がヒロインだ。ベイルが登場すると聞いて購入した私は、ベイルの隣に立つのが前作のヒロインではなく、全然違うキツそうなキャラクターであることに衝撃を受けた。

 ゲームと現実は違うから、ベイルの気持ちさえあればなんとかなると思っていたが、現実は甘くはなかった。身分の差を理由にあっという間にベイルと引き離され、色々な職を転々とした私は、「ソルトレ」という店に拾ってもらった。今では、前世で得た器用さと技術を生かして、小物の製作と販売に関わっている。


 結局、ゲームの展開は、ゲームの展開だったのだ。続編でヒロインがベイルと結婚していないのだから、ゲームのストーリーを追っただけでは、私とベイルも結ばれなかったのだ。「ヒロインである」ことに胡座をかいていた、自分にも非がある。

 あのとき、悪役令嬢のキャサリン・オルコットは、泣かずに自己主張をしたことで、没落を免れた。彼女もきっと、私と同じで、ゲームをプレイしていたのだろう。それに気付いたのは、ベイルと引き離されてから、いろいろ考えていた時期だった。

 まあ、キャサリンが泣いても泣かなくても、私がベイルと結ばれなかったのは変わらない。彼女を恨む気持ちはなかった。


 容姿も声も好みのベイルのことを思い出すことはあったものの、ゲームについて考えることはあまりなくなった頃、私は攻略対象のひとりを発見した。

 セドリック・アダムス。私は全く関わりがなかったが、彼も攻略対象のひとりだ。ゲームをプレイしていた時には、やたらと贈り物をしてステータスを上げてくれるので、良いように利用したこともあった。


「君の包装で持って行ったら、彼女が少し長く見てくれたんだ。だからまた、君に包装を頼みたい」


 真剣な眼差しでそう話すセドリックは、とても様になった。誰かがセドリックのルートに入ったのか、毎日、何かを買いに来る。受け取っては貰えないらしく、新しいものを買いに来るたび、突き返されたらしいプレゼントを「これは君にあげるよ」と私にくれた。私はその包装を剥がし、商品としてまた売っていた。だって、未使用・未開封なのだ。もったいない。


「このリボンを、彼女が触った形跡があるんだ。次から、この結び方で頼めないか」


 暫くするとセドリックはそう言って、同じ結び方を注文するようになった。仕事だからするけれど、こんなに贈り物をしても受け取ってももらえないなんて、相手を変えた方がいいんじゃないだろうか。

 そう思ったが、「君にしか頼めない」と取り憑かれたような目をしているセドリックには、何も言えなかった。ベイルが私を見ていたのと同じ、何かに心酔した目である。彼にここまでさせるとは、どんな女性なのだろうか。


「君! 君のおかげで、彼女が贈り物を受け取ってくれたよ」


 ある日、セドリックにそう握手を求められた。いよいよ、彼の思いが通じたらしい。ストーカーじみた勢いで贈り物攻撃をされ続け、心が折れたのだろうか。かわいそうに。

 セドリックは、彼女に送った白い花のブレスレットを、身につけているのを見たのだと言う。その白い花のブレスレットはこの間セドリックが持ってきたから、また店頭に並べた気がするが、気のせいだろうか。


「でも、俺の気持ちを受け取っても、女性からは、行動を起こせないだろう? だから今度は、俺から気持ちを伝えるんだ」


 そうそう、ゲームのセドリックルートは、たしかこんな感じだった。ヒロインがセドリックの贈り物を受け取り、好感度が一定に達すると、セドリックに告白されるハッピーエンド。

 盛り上がっているセドリックに、「あなたが贈ったのとは別物だと思う」とは言えず、私は口を噤んだ。それから、セドリックは店には来なくなった。


 セドリックが贈り物をしていた女性が、悪役令嬢であるキャサリン・オルコットだとわかったのは、単なる勘だった。

 エリックを連れたキャサリンと、続編の話をした時、彼女は手首に白いアネモネのブレスレットをしていた。私が作ったものだ。それを見て、「セドリックと揉めている?」とカマをかけたら、案の定そうだったらしい。


 キャサリンの中の人は、私と違って、前世の記憶も曖昧で、続編のことも知らないらしい。何も知らないのに、続編のヒロインのシャルロットを救ったようだし、私の作品も褒めてくれた。

 私の知っていることは、あまり彼女の助けにはならないらしい。何かの参考になればと思って、セドリックについて、思ったことを言っておいた。

 私のせいで彼女がベイルから婚約破棄されたのは間違いない。それはストーリー上仕方ないと思っていたが、彼女も同じ転生者だとわかった途端、申し訳ない気持ちが芽生えた。自分自身のあまりの都合の良さに呆れてしまいつつも、今度は彼女の幸せのために何かしてあげたい。そう思わせる魅力が、キャサリンにはあった。

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