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58.対セドリック作戦会議

 セドリックのストーリーを終わらせるために、行為がエスカレートする前に敢えて話に乗る。そう決めた私は、シャルロットが屋敷に来たときに声をかけ、エリックが非番の日に、会う約束を取り付けていた。ゲームのストーリーが関わる話は、エリックにしかできない。貴重な休みであるにも関わらず、エリックは快く相談に乗ってくれた。

 以前と同じように、こっそり馬車に同乗し、ソルトレへと向かう。アレクシアを半ば誘拐のように馬車に乗せ、対面した。


「来るなら予告してくれない? めっちゃ驚いた」

「手紙を送るな、と言ったのはあなただわ」


 顰め面をするアレクシアに、涼しい顔で返してやる。


「まあ、どうせ帰っても何もないし、いいけど。今日はどうしたの? 続編の話なら、あれで全部だよ」

「セドリックのストーリーを、終わらせておこうと思って」

「あー……やっぱり? やばいよね、あの人。あなたに懸けすぎてて怖い」

「ベイル様も、『あなたに懸けすぎて』いるわよ」


 一度ストーリーに乗った攻略対象は、その話を進めることに、異常なほどの執着心をもつらしい。セドリックによってそのことがわかると、ベイルの必死さにも、納得がいった。「私が泣かなかった」ことにベイルがこだわっていたのは、単にそれが、ストーリーを終えるのに必要だったからなのかも。

 ベイルをおかしくした張本人であるアレクシアが、その必死さを茶化すのを見ると、心がざわつく。


「まだ好きでいてくれてるんだね」

「ふたりの前で泣いて差し上げましょうか」

「……そうしたら、ベイルは変わると思う?」


 私は肩を竦める。そんなことはわからないが、「ストーリーを終えたら自分の意思で考えられるようになる」という前提のもとで、セドリックに向き合おうとしているのだ。そうならないと困る。


「でも、続編でベイル様は、エリーゼの隣で、国王になっているんでしょう? たとえストーリーが終わって、恋心を無くしたとしても、私以外の人と結ばれるのは変わりがなかったわ」

「……もし、私がゲームと違う動きをしていたら、ベイルの隣に立てたのかな」

「無理よ。平民のあなたがベイル様の心を奪えたのは、ゲームの話に即したからでしょ」


 欲を出すアレクシアの言葉を、つい一蹴してしまった。飽くまでもベイルがああなったのは、ゲームのせい。ベイルへの未練でもなんでもなく、自分のプライドのために、私はそう信じたかった。


「それよりも、セドリックのルートについて、確認しておこうと思って。記憶が曖昧だから」

「ああ、それで私のところに来たのか」

「ええ。覚えていることを、教えてくれるかしら」


 アレクシアは、私が記憶しているより細かく、セドリックのストーリーを覚えていた。

 買い物を重ね、デートをし、贈り物を受け取った私は、もうストーリーの最終章に差し掛かっている。

 ここから私は、夜の町の観光をセドリックと共にし、最後の贈り物である指輪を受け取らなくてはいけないらしい。その指輪を、帰りの馬車で嵌められ、「パートナーになってくれ」と告白を受ける。


「指輪を貰わなくちゃいけないの?」

「指輪を嵌めるシーンのスチルはあったから、そこはクリアしないといけないんじゃないの」


 恋愛感情のない異性から指輪を貰うなど、淑女として、ありえないことだ。それだけではない。


「しかも、馬車にふたりで乗るの?」

「あなた、この人とふたりで乗ってきたじゃん」


 独身の男女がふたりで馬車に乗るなど、これもありえない。そう言うと、アレクシアはエリックを示す。


「それは……エリック様は、いいのよ」

「恋人だから?」

「そういうのじゃないわ」


 エリックは私のことを、個人的な感情から、守ってくれようとしている。損得抜きで案じてくれる彼の気持ちは、貴重なものだ。「恋」という言葉は、適切ではない。


「ねえ、いいの? キャサリンがセドリックとふたりで馬車に乗ったり、指輪を貰ったりするんだよ?」

「正直俺は、なぜキャサリン様がそこまでしなければならないのか、わかりません。不愉快です。いくら男が思い込んでいると言っても、今まで通り避け続けていたら、危険はないと思うのですが」

「そうなんだけど……セドリックは、タマロ王国の妙な薬を持っているのよ。あれを嗅がされると、私、なんというか……変になるから、怖くて。勝手な企みで使われる前に、なんとかしたいの」


 至近距離であの匂いを嗅がされると、頭が変になる。以前使われて、拒否して以来、セドリックは一度もあの香りを纏ってこなかった。その効果を知っていて、今回敢えて付けてきたということは、それを使って何かを企むつもりがあるということだ。

 得体の知れないものは、恐ろしい。いっそストーリーに嵌めて、自分の手の届く範囲で動かせた方がいい。そう主張すると、エリックは「キャサリン様の意思に沿うように」と渋々ながら了承してくれた。


「それに、馬鹿正直にイベントを全部こなす必要はないわ。ねえ、確認させて。ゲームで描写されるのは、夜の町に出かける、馬車に乗ること、指輪のくだりでしょ?」

「そうだったはず」

「セドリックと本当にふたりきりである必要はないわ。この間も家族といたのに、デートとして数えられたようだし。そう誤認できる状況を作れば、それでいいの」


 アレクシアのおかげで、抑えるべきポイントが確かになった。セドリックの店に行かなくても、アダムス商会との取引が「買い物」に数えられた。家族と出かけたブランドン侯爵領での買い物で、一瞬ふたりで話したことが「デート」に数えられた。受け取ってもいない贈り物が、「受け取った」ことになった。

 イベントをこなしたと判断する根拠は、かなり緩い。それを利用して、私はできるだけ安全な手段で、セドリックのルートを終えるつもりでいる。


「一瞬、セドリックとふたりで歩く瞬間があれば、それでいいと思うの。エリック様は、ずっと傍にいて」

「本当に、そうすることで、その男の関心がキャサリン様から離れるのですか? 俺には、自分から火中に飛び込んでいくようにしか思えません」


 アレクシアを馬車から降ろし、屋敷へ帰る道中、エリックが懸念を示す。


「これは、ゲームのストーリーなの。終わりさえすれば、彼は自由になるんだわ」

「なぜ、商人の男のために、そこまで」

「本当は、優秀な商人なのよ。報われもしない恋心のために、商人としての人生を棒に振らせるなんて……それを平気で見ていられるほど、心が強くないの」


 ぽろ、と本音が漏れた。私は辛いのだ。自分のせいで、あんなに素晴らしい商人のセドリックが、無駄なことに心を割かざるを得なくなっている状況が。自分ならそれを解決できそうなのに、何もしないで見ていることが。


「……お優しいのですね」

「自分のためよ。彼のためではないわ」


 エリックの声には、呆れたような響きがある。呆れてもいい。それでもエリックは、私の語る嘘のような話を信じ、協力してくれようとしている。

 優しいと言うのならば、本当に優しい心を持っているのは、エリックだ。

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