55.物語の続き
「いきなり馬車に乗せて、ごめんなさいね」
「大丈夫だけど、びっくりした。どうしたの、いきなり?」
腰掛けるなりアレクシアは、瞳をくりっと動かして、私とエリックの顔を見る。この可愛さに、ベイルはやられたのだ。
「言いたいことと、聞きたいことがあって」
「言いたいこと?」
「そう。……これ、ご覧になって」
私は自分の胸元に掛かった、カスミソウのネックレスを見せる。アレクシアが「あっ」と反応した。
「私のハーバリウムネックレスと、似てる」
「あなたのを見て、真似したのよ。今、私の領地の生産品として、売り出しているわ。ごめんなさいね、アイディアを盗むようなことをして」
アレクシアの持ち物を真似し、自分のアイディアのように見せかけて、売り出している。アレクシアに再会してから、それは謝りたいと思っていた。
「そんなこと……自分では作れなかったし、全然構わないよ。それよりすごいねこの馬車、すごい暖かい」
アレクシアは、少しも意に介していない様子。その反応に、私はほっとした。言いたいことは、これで済んだ。
「風を遮る構造になっているのよ。ベイル様と乗った馬車も、これくらいの造りだったと思うわ」
「数える程しかないし、覚えてない」
「そうなの? 恋人だったのに」
ベイルの恋人だったのだから、王家の馬車くらい乗っていると思ったのだが、アレクシアは溜息をついた。
「恋人だったわよ……私は前世からベイル様ひとすじだったから、この世界にヒロインとして転生したって気づいた時、最高だと思ったのよね。確かに続編では別の女性が王妃だったけど、ここは続編の世界じゃないから、なんとかなると思ったし。まあ、なんとかならなかったんだけど」
「ねえその、前世とかいうのは……?」
「え?」
なぜかアレクシアの言うことは、あまり意味がわからない。質問を挟むと、アレクシアはきょとんとした。
私は「この世界がゲーム」だということしか知らない。ところがアレクシアは、ゲームの外の「前世」の記憶を、はっきりと持っているという。「デパートでバイトしてたから包装は得意だったし、レース編みは趣味でやってた」などと言っていたけれど、半分くらいしか理解できない。
「この話に続きがあるというのは、その前世での話なのね」
「そうよ。知らなかったの? エリック・ハミルトンを連れてるから、続編のファンだったんだと思ったのに」
「それって、エリック様は続編に出てくるの?」
「続編の攻略対象よ、もちろん」
同席しているエリックはどこまで話をわかっているのか、真顔で聞いている。その端正な顔つき。攻略対象でもないのにベイルみたいな美貌で羨ましいと思っていたが、そうか、彼は続編の攻略対象だったのか。
「ほんとに知らないでやってたの? 一緒に居たシャルロットって、あの子、続編のヒロインでしょ」
「知らないわよ、そうだったのね」
確かにシャルロットは信じられないほど能力が高く、可愛らしい。「妖精らしい」という表現にアレクシアと通ずるものを感じてはいたが、まさか本当に、ヒロインに位置する存在だったとは。
アレクシアの答え合わせは、まだ続く。続編のヒロインであるシャルロットは、平民として暮らしていたが、ある日、王家の馬車に連れられて学園へ入学する。そこでミアの弟のギルや、カールに出会い、乙女ゲーム的なめくるめく恋愛模様を経験するのだそうだ。エリックはなぜか一目見た時からヒロインを可愛がってくれる、騎士団長として登場するという。
そりゃ可愛がるよ。小さい時を知っているんだから、成長する姿を見たら、可愛くて仕方がないだろう。ギルやカールの将来有望な容姿も、そこから来ているのだと納得した。
「リアンは出てこないの? 私の弟なの。シャルロット様と同い年なのよ」
「オルコット公爵家は出てこなかったなあ。没落した、って設定なんじゃない」
「そう……」
あのまま進んでいたら、我が公爵家は、没落の一途を辿っていたのだろうか。
私は没落していないし、シャルロットは既にギルやカールと知り合っている。この時点で既に、続編とは違う展開だ。
続編があると言っても、未来自体は、自分の行動で変えられそうだ。私はそのことに希望をもつ。
「なぜ、シャルロット様が、平民として暮らすことになるのです?」
エリックの質問が飛び込む。私はアレクシアから与えられる情報が多すぎて、理解することに精力を注いでいた。そもそも話がわからないエリックの方が、理解できる情報だけを取り出せて、冷静に話を聞けているのかもしれない。
エリックの核心を突く質問に、私も大事な質問を思い出した。
「あと、ベイル様が国王って、どういうこと?」
たとえアレクシアがベイルと結婚したとしても、オーウェンがいる限り、それはあり得ない展開だ。しかもシャルロットがまだ学園にいるような年齢のうちに、ベイルが即位するなんておかしい。ヒントを知っていそうなアレクシアに、聞かなければならないことだった。




