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6.いざ、開発会議

「『まかない』って、こんなに美味しそうなものを食べているのね!」


 その日、使用人の休憩所に、私の驚きの声が響き渡った。この部屋は壁紙や床の感じが質素で、私達が普段食事を取っている部屋よりは遥かに狭く、椅子と椅子の間隔が狭い。なぜ私がここに来たかというと、それは彼らの休憩時間中に、話をするためである。そしてなぜ休憩時間中に話をしなければならないかというと、それは例の製品開発について、話をしなければならないからである。

 屋敷の使用人は休日にはそもそも来ないし(リサのように、住み込みで働いている一部を除いて)、私が彼らに負担をかけずに例の開発の話をするのなら、休憩時間が最も良いタイミングなのだった。

 その話を執事長のライネルにすると、「ご主人様方と使用人が席を並べるなんてことはあってはならない」とかなり渋られたけれど、「それなら外で落ち合って会議をするしかない」と脅しーー代替案を提示しーーたら、屋敷内なら良いと、快く了承を得られた。


「ロディさんの料理は、まかないでも美味しいです」


 使用人用の「まかない」は、ロディが作っているというのは聞いたことがあったものの、実物を見たのは初めて。いつも私達が食べている、1品ずつ別々に出てきて、ゆっくり食べる食事とは違って、美味しそうなおかずがトレイに載り、自分の食べたい順に食べられるようだ。

 残り物や安い食材を使っているという話であったが、そこはロディの腕、とても美味しそうな食事が振舞われていた。


「私も食べたいかも!」

「だめです、たしかにロディのまかないは美味しいですが、キャサリン様が口にしていいものではありません」

「すみません、私達だけ食事をしてしまって」

「いいのよアンナ、気にしないで。私が頼んだことだから」


 開発会議のため、私の周りに集まっているのは、ハンナとアンナ。リサ。そして、ノアである。ハンナとアンナはちょうど休憩中とのことで、食事をしながらの参加になった。


「どうしてノアがここにいるの?」

「ハンナとアンナは、弟の世話があって、片方いないことも多いそうですから。私も手伝うようにと、ライネルさんから言われたのです」

「ノアさんはお忙しいのに、すみません……」

「いいえ。キャサリン様のわがままだから、ふたりは気にしなくていいんだよ」

「失礼ね、ノア」


 ノアを睨んでやると、彼はその緑色の目を涼しげに細め、フン、と鼻を鳴らして笑った。幼い頃から家庭教師として私を教えていたこともあって、ノアはこんな風に、私をどこか見透かしたようなところがある。


「それで、私が考えているのは、こういうものなの」


 ぺら、と紙を示すと、4人はやや身を乗り出して、書かれている内容を確認した。

 瓶にドライフラワーを詰め、そこに透明な液体を入れる。書いてあるのはそれだけ、シンプルなレシピだ。


「瓶、ですか。ネックレスの材料になるほど、小さな?」

「本当は、それがいいんだけど、小さい瓶は特注しなくちゃいけないわよね? 試作のうちは、空き瓶でもいいとは思うの」

「そうですね」


 私の言葉に、ノアが頷く。かかるお金を考えれば、売り物になるまでは、あり合わせのものを使うべきだ。


「この、透明な液体、というのは?」

「それがわからないのよね。何かあるか、皆の意見を聞きたくて」


 うーん、と皆首を捻る。私が知っているのは完成形だけで、材料がどのようなものなのか、よくわからなかった。ゲームのアイテムには他にもいろいろなものが登場するものの、ハーバリウムの材料というものはない。

 透明な液体と言えば水である。水ならよく飲むけれど、ドライフラワーの保存にふさわしい液体というのものは、日常的に使う中にはない気がした。

 結局のところ、その場ですぐ思いつくようなものでもなく、液体の問題は明日への宿題となった。


「ドライフラワーなら、家にたくさんあるわよね」

「そうですね。花をいつも活けている者がいるので、聞いてみます」


 食堂を離れ、リサと打ち合わせをしながら向かう先は、いつもの庭園。晴れ晴れとした空の下で、新芽が若々しい緑に輝き、色とりどりの薔薇が花開いている。毎度のことながら、自慢の庭師が整えた、最高の庭園だ。薔薇の香りの中で、リサが薔薇の紅茶を淹れてくれる。この時間は、私の最高の癒しである。アフタヌーンティーの食事の中に、今日私達が作ったスコーンも入っている。

 そのスコーンに小さい手が伸び、むぐ、と口いっぱいに頬張る。丸く膨らんだ桃色のほっぺ。この時間は、リアンも一緒にお茶を楽しみ、その側に授業を控えたノアもいるのがいつもの光景である。


「ぼくね、今日夢におねえさまが出てきたんだよ」

「そうなの。どんな夢?」

「おねえさまと、あそぶ夢!」


 なんの邪気もない、きらっきらの笑顔でそう言い放つリアン。可愛いんだけど、最近の姉溺愛ぶりは、こちらが恥ずかしくなるほどだ。

 私も幼い頃は兄アルノーが大好きだった。学園に通う前は外の人と交流がないこともあり、私の世界のほとんどが、大好きなアルノーで構成されていた。何しろ時間はたくさんあったから、それはもう四六時中くっついて回ったり、兄と仲良く話す母を牽制したりしていた。学園にアルノーが入学してからは、勉強ばかりして自分を見てくれない彼に対して、癇癪を起こしたこともある。

 学園に通い始めたら世界が広がり、目は覚めた。今では、あの頃のことを思い出したり、人に言われたりするとこの上ない恥ずかしさに見舞われる。弟に恥をかかせたくはないが、残念ながら、このままではリアンも同じ道を辿る気がしてならない。

 「夢に出てくる」というのは、「あなたは私のことが好きなんでしょう」ということで、相手の気持ちを探るときに使う文脈である。彼はそんなことも、きっと知らないで言っているのだろう。


「おねえさまの夢には、ぼくが出てくるはずなんだよ」

「どうして?」

「ぼく、おねえさまのこと、大好きだから!」


 知らないで言っている……はずである。おそらく。この無邪気な発言が、いつかリアンの黒歴史になるかと思うと、できるだけ控えさせてあげたい気がする。


「おねえさまと、ずっと一緒にいたいなあ」

「きょうだいだから、離れることはないわよ」

「そうじゃなくて、結婚したいの!」


 胸を張り、自信満々のプロポーズ。子供だと思えば可愛らしいけれど、リアンは来年には学園へ入学する。それまでに、こうした言動を控えられるようにならないと、友人関係が厳しいだろう。なんとかして、と助けを求める視線をノアに送るものの、微かに肩を竦め、首を振って返された。

 私がなんとかするしかない。ハンナ達のこと、ハーバリウムのこと、リアンのこと。家にいるだけなのに、やりたいことが、次から次へと増えていく。

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