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53.特別な存在

「楽しかった! ありがとう、お姉様!」

「こちらこそ。お勉強を頑張ってくださいね、シャルロット様」

「うん! また会いに行くから!」


 シャルロットを城まで送り、馬車は我が家へ向かう。頭の中を、アレクシアから聞いた話がぐるぐる回った。

 このゲームには、「続編」がある。

 私が身をもって実感したことだが、ゲームの強制力を、侮ってはならない。ゲームのストーリーに即してアレクシアとベイルは恋に落ち、私は破滅しかけ、セドリックが贈り物狂になった。それを思うと、この国が、「続編」に向かって動いている可能性は高い。

 続編の話を、早くアレクシアから聞きたい。店を出てしまったのが後悔される。シャルロットが一緒でなければ、その場で聞いたのだが。

 エリックは「これも警護の一環だから」と、屋敷まで馬で付いてきてくれた。馬車から降り、礼を伝える。


「今日は私の我儘に付き合ってくれて、ありがとう。シャルロット様と、楽しい時間を過ごせたわ」

「いえ。俺もあのような店へは普段行かないので、新鮮な経験をさせていただきました。それと……」


 エリックは懐を探り、小さな箱を取り出す。渡されるので受け取り、中を見る。シャルロットにあげたものと色違いの、レースで模した白いアネモネの花が入っていた。ネックレスではなく、これはブレスレットである。


「キャサリン様も、気になっていらしたようなので。ご迷惑でなければ、お受け取りください」


 持ち上げて見ると、ブレスレットは夕陽に照らされて輝く。橙色に照らされたレースの花が、繊細で可愛くて、眺めながら口元が緩む。可愛いものは、何にも増して素晴らしい。これをプレゼントされて、喜ばない女性はいないだろう。


「こんな素敵なアクセサリーを、私に贈ってしまっていいの? 意中の女性に渡したら、喜ぶでしょうに」

「……キャサリン様は、喜んでくださいましたか?」

「ええ」

「なら、それで良いのです」


 夕陽に照らされたエリックの髪が、ブレスレットと同じ色に輝いている。困ったように笑う表情が素敵なエリック。私なんかに贈り物をして、意中の女性はいないということなのだろうか。どんな女性も落とせるだろうから、選り好みしているのかもしれない。


「エリック様に想われるなんて、幸せでしょうね」

「そうでしょうか……想うとか、恋とか、そういうものの意味がわかったのは、つい最近なのですが」

「恋、ねえ……」


 エリックの言葉を受け、私は首を傾げる。恋がわからなかった、なんて。騎士は自由恋愛だから、そういうことも考えるものなのか。親に決められた婚約者に満足していた私は、そもそも、「恋」というものについて、真面目に考えたことがなかった。


「本を読んでいると、この人しかいないとか、この人を護りたいとか、そういうのが恋のように思えるけれど」

「俺もカミーユに言われました。ただ、それだとどうにもしっくり来なくて……護りたい、と感じるのはシャルロット様ですが、それは仕事ですし、恋ではありません」


 カミーユとは、あの女慣れしていそうなエリックの同僚の騎士だ。

 難しい表情をするエリックは、その言葉に、納得しなかったのがわかる。


「それは、保護者的な心情よね。シャルロット様は立場的に弱いところがあったから、支えてあげたいというか」

「そうなのです」

「わかるわ」


 恋について私が語れるのは、学園時代に読んだ恋愛小説から得た知識くらいなものだ。それでもエリックが話すことが、恋ではないのはわかる。エリックと同じで、私だってシャルロットの幸せを願っている。王城で虐げられていた彼女だからこそ、心配で、手助けしてあげたい。でもそれは、別に恋ではない。


「あの……俺には、キャサリン様をお護りしたいという気持ちもあります」

「そうなの?」

「キャサリン様は、完璧なご令嬢でいらっしゃらなければならない立場ですから。人には言えない苦悩もお有りなのだろうと、出会った夜、思ったのです」

「そう……」


 エリックがそんな風に私のことを捉えていたとは思わず、直ぐに言葉が返せなかった。私はエリックにぽろぽろと本音をこぼしてしまう癖があるが、そのことによって、要らない心配をかけていたのだろうか。


「立場的に弱みを見せられないから、ってことね」

「はい」

「シャルロット様を護りたい理由と、あんまり変わらないじゃないの」

「いや……そうではなくて」

「いいのよ、気にしなくて。確かに私は、頼りないもの」


 エリックはシャルロットだけでなく、私にも、保護者的な眼差しを注いでいるのだとわかった。道理で、たまにやたらと優しい目をしているわけだ。騎士ゆえに誰かを護るだけの力があって、親しい人を護りたくなるなんて、エリックも難儀な性質をしている。


「そんな風に思って貰えるのは、嬉しいわ。厄介なことに巻き込まれたら、ちゃんと私を護ってね」

「はい。勿論です」

「このブレスレットは、あなたの気持ちの証として、受け取っておくわ」


 私にとってエリックは心を許して話せる、安心できる相手だ。でも、それは恋ではないと思う。恋というのは、ベイルやセドリックみたいに、もっと激しくて、自分ではどうにもならないような……そういうもののはずだ。

 恋ではないとしても、お互いに、相手を特別視している。その感覚は快くて、少し嬉しいものだった。

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