51.シャルロットの王女化計画
窓の外を見ると、灰色の雲が薄く空一面を覆っている。枯れ葉が一枚舞い上がり、どこかへ飛んで行った。
「もう、すっかり冬ね」
「ええ、ずいぶん寒くなりました」
リサの淹れた紅茶を飲み、恒例の朝のティータイムを過ごす。風は切るように冷たくなり、もう外で紅茶を飲むことはなくなった。
机の上には、ニックのハーバリウムが飾られている。冬になると生花はあまり飾れなくなる。その分、綺麗な色を長い間保て、花びらが散らないハーバリウムの需要は高くなっていた。手先の器用な女性を雇い、ハーバリウムの生産は、着実に軌道に乗っている。
「これは、送り返しますね」
「ええ」
使用人が確認のために、セドリックから届いた荷物を持ってくる。季節が変わっても、飽きもせずに彼は贈り物を続けている。もう、いったいいくつ受け取らずに返したのか、わからないほどだ。いつになったらセドリックの目は覚めるのか、それとも覚めないのか。ストーリーのせいで、報われない行為に囚われている彼が、不憫に思える。
「あの包み、すごいわよね」
「はい、あんな包み方、見たことがありません」
セドリックはいつも、同じ店で買い物をしているようだ。どんな形の箱でも薄い包装紙で隙間なく包み、リボンで綺麗に飾っている。
「どうしてあんなに綺麗に包めるのかしら。……ねえ、ちょっと見せて」
どうせ返すのだから、少しくらい私が触ってもわからない。私はリボンに軽く触れ、その具合を確かめた。リボンの形も、包装の仕方も、今までにないもの。この包装の仕方でハーバリウムを包んで売り出したい、というのは、ずっと考えていたことだ。
「あら、ここに店名が書いてあるわ」
今まで手に取らず、ろくに見ずに返していたから、この包装がどの店のものなのかも知らなかった。よく見ると、小さな字で「ソルトレ」というお店の名前が入っているのが確認できる。ソルトレ。一度行って、包み方を見てみたい。
「ありがとう、あとはいつも通り、送り返してちょうだい」
「畏まりました」
恭しく去っていく使用人と入れ替わりで、別の者が入室を求めた。
「王女様がいらしたそうです」
「迎えにいくわ」
玄関まで出て、柔らかい固まりが駆け込んでくるのを受け止める。腰の辺りに飛びついたのは、シャルロット。髪を綺麗に結い、ふわふわのドレスを纏った彼女は、いつ見ても可愛らしい。
「会いたかった! 1週間ぶりのキャサリン様……」
抱きついたシャルロットは、暫くそのままじっとする。
国王夫妻をオーウェン達と責め立てたあの日以来、シャルロットを立派な王女にしよう、という計画が動いている。いきなり王城で勉強漬けにされたシャルロットが逃げ出したり、口の利き方がなっていないシャルロットに王妃が仰天したり、いろいろあったそうだ。その甲斐あって、シャルロットの身のこなしは、この短期間で見違えるほど令嬢らしくなった。元来、学習能力は抜きん出て高いのだ。教われば、すぐに上達する。
「会いたかった、ではありませんよ」
「あい……たい、ですわ?」
「会いたかったですわ、シャルロット様」
髪を撫でると猫のように目を細め、擦り寄ってくる。可愛い。長年身に染み付いた口調はなかなか変わらず、町娘のような印象なのが、玉に瑕。
「あーっ、ずるいよ、ぼくも」
「いいじゃない、あたしは1週間ぶりなのよっ」
私とシャルロットの対面を目敏く発見したリアンが、駆け寄り反対側に抱きついてくる。近頃このふたりが一緒にいると、これが定位置になっている。
以前は連日我が家に来ていたシャルロットの訪問が1週間ぶりであるのは、それが王妃との約束だからだ。
シャルロットは、オルコット公爵家に週に1回は行っていい。騎士団には、週に2回行っていい。王女教育は、その他の日に行う。
これが、シャルロットと王妃が互いに擦り合わせをした結果、落とし所となった内容だった。国王はどうしているのかというと、どうやらあまり機能していないらしい。
「あたし、もう、お勉強は疲れたの」
「ぼくより体力があるくせに、そんなこと言うなよ」
「運動とは使うところが違うんだもん」
私を挟んで会話するふたり。シャルロットは今まで四六時中運動していたわけで、座学ばかりの日常が辛いのは、さもありなんである。
「でも、楽しいこともおありなのですよね?」
「うん! 服が可愛くなった!」
今までのシャルロットは買い与えられた服を適当に着ていたという。それが、しっかりした侍女がついて、服を選んでくれるようになったそうだ。確かにシャルロットは以前より似合う服を、愛らしく着こなしている。
おしゃれに目覚めたのなら、何か買ってあげてもいいかもしれない。
「今度来るときは、一緒に買い物に行きますか?」
「いいの? 行きたい!」
途端にシャルロットの目が、きらんと輝いた。