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閑話 カミーユの頭痛の種

「エリック・ハミルトンが女を連れてきた」という衝撃が、その日、騎士団中を駆け巡ったと言っても過言ではない。

 騎士団に勤める俺、カミーユは、友人のエリックに向かって、早速事の真相を問いただしていた。


「で、あの公爵令嬢とどういう関係なんだよ? お前を見に来たんだろ」

「だから、俺を見に来たんじゃないって」


 眉間に皺を寄せ、不愉快そうに頭を振るエリック。然るべき場でこの表情をすれば、それだけで女性達が色めくだろう。騎士団には偶に、容姿端麗である癖に女に全く興味のない、拗らせた奴がいるのだがーーエリックはまさにそれである。悔しいほどの美男子であるのに、それを生かそうともせず、自分を鍛えてばかりいる。おかげで、次期騎士団長候補という話まであるのに、全く異性の気配がなかった。

 俺があの容姿を備えていたら、金持ちの令嬢を捕まえて、さっさと辞めるだろう。宝の持ち腐れというやつだ。


「あのときもそうだったが、お前達は何を期待しているんだ」

「でもなあ……」


 エリックの言う「あのとき」とは、王太子殿下のご結婚が発表された、あの日のことだ。

 俺も貴族の端くれであるので、催されたパーティには、しばしば呼ばれる。しかし所詮貴族の四男であるから、普通の手を使っていたら、まともな貴族の女性との婚姻は不可能だ。逆玉の輿を狙って、例の如く精力的に活動していた俺は、あの日信じられないものを見た。


 どこからともなく現れたエリックと、オルコット公爵令嬢ーー第二王子に婚約破棄された、話題のご令嬢が、ホールの中央で踊り始めたのである。いくら婚約破棄されたと言っても、公爵令嬢は公爵令嬢。彼女に非はないらしいから、尚更だ。俺たちのような騎士など、眼中にないはずである。

 エリックは彼女に顔を寄せて囁き、彼女はそれに反応して微笑みを返す。それは、恋人のやりとりと言われても疑わないほどの睦まじさであった。

 最初に踊る異性には、大きな意味がある。たとえそのあとオルコット公爵令嬢が次々と男に捕まり、作り笑顔で踊りに付き合っていたとしても、彼女が家族以外で初めに踊ったのがエリックである(逆も然り)ということは、その場にいた俺たちに驚きをもって受け止められた。

 無論、翌日エリックにオルコット公爵令嬢とどこで知り合ったのか聞いたが、「偶然出会った」という納得のいかない説明で濁されたまま。


 その後、王女様の希望で、護衛として俺やエリックなど、何人かの若手がオルコット公爵家を訪れるようになった。俺も護衛で行ったとき、近くでオルコット公爵令嬢の姿を見た。身分相応に近寄りがたい雰囲気を放っていて、とてもじゃないが、話しかけることはできなかった。

 自分で言うのもなんだが、それなりに令嬢の扱いに慣れている俺でも敬遠してしまうのに、俺より経験値が遥かに低いエリックが、どうやって彼女と親しくなったのか。

 気になっていたところに、エリックからもたらされたのが、「今度騎士団の鍛錬の様子をオルコット公爵令嬢が見に来る」という知らせである。


 貴族の男性が騎士団の様子を見に来る理由はいろいろあるが、偶に来る令嬢の目的はただひとつ、俺たち騎士の姿を見て愉しむことだ。恋人の様子を見に来ることもあれば、純粋に趣味だという場合もある。今まで来たことのないオルコット公爵令嬢がやって来るというのであれば、その理由は、エリックに違いない。

 実際、見学に来た彼女は、エリックと王女様しか見ていなかった。王女様は最近オルコット公爵令嬢と親しいから気になるのだろうし、だとすれば彼女はやはりエリックに惚れているのだ。そのあと団長に呼ばれ、俺も彼女と話をした。彼女は見たこともないほど朗らかな笑顔を浮かべ、冗談にもころころと笑うので、俺も良い気になってあれこれと話してしまった。

 エリックもいつになく饒舌だし、彼女もエリックに注ぐ視線が柔らかい。どう見ても、お互い思い合っているではないか。


 エリックは王太子殿下達とのお茶会へ向かう彼女をエスコートし、そのあと鍛錬場へ戻ってきた。すぐに俺を含む若手の騎士で囲み、改めて、オルコット公爵令嬢との関係を追及した。近くで見ていて確認したが、あれは単なる「知り合い」という雰囲気ではない。


「確かにお互い嫌な印象は抱いていないが、それだけだ」

「そんなはずないだろ。オルコット公爵令嬢のお前を見る目は、俺を見る目とは違ったぞ」

「それは、俺とはよく話すからだろう。気の許し方が違うだけで、それ以上の意味はない」


 だというのに、エリックは頑なに、彼女の好意も、自分の好意も認めようとしない。気の許し方が違うって、気を許されているだけで、特別な存在だと自惚れて良いくらいだ。


「そうは言うけど、彼女は今、婚約は白紙なんだろう? チャンスじゃないか」

「だから、違うんだ」

「お前、どうなりたいんだよ?」


 要領を得ない言葉に苛ついて語気を強めると、エリックは少し考え込んだ。


「ーー彼女は、ああ見えて弱いところがあるんだ」

「俺には、完璧なご令嬢に見えるけど」

「そう見えるだけで、俺には弱いところも、見せてくれるんだよ」


 惚気にしか聞こえない発言なのに、エリックにとってはこれも、そうではないらしい。


「俺は単に、実は弱い彼女を守ってあげたいというか……ああ、保護者気分なのかもしれない」


 大真面目に「保護者」とか言うエリックに、俺は脱力してしまった。ここまでのエリックの発言は、想いを寄せる令嬢について語るのと、何ら変わりはなかった。「守りたい」という気持ちは恋慕と同じなのではないのか。なんでそれが、「保護者」という結論に落ち着くのか。


「エリック、お前なあ……」

「何だよ」


 俺が溜息をつくと、エリックは不満げな顔つきをした。不満なのはこっちだ。


「守りたい、って、それは恋なんじゃないのか」

「しかし俺は、シャルロット様も守りたいぞ」

「それは、俺だってそう思うよ。それこそ保護者気分だろう」


 頭が痛くなりそうだ。やっぱりエリックは、「拗らせて」いる。王女様が可愛いのは、騎士達に共通する感情だろう。そういうことではないのに。

 俺はそのあとも手を替え品を替え、「それは恋心だ」ということをエリックに認めさせようとしたが、なかなか奴は首を縦に振らなかった。


「……だから、違うんだって。いいだろう、もう」

「わかったよ。ならお前は、あの公爵令嬢が他の男と婚約しても、弱いところを別の男に見せても、別に構わないんだな」


 捨て台詞のように吐いた言葉が、エリックの表情を変えた。


「婚約は、仕方ないだろう。彼女は貴族だ。だけど……嫌だな、弱いところを他の奴が知っている、というのは」

「それ、独占欲だし、嫉妬じゃないか」

「そうか……」


 神妙な顔つきで俯くエリック。


「俺はキャサリン様に、恋をしているのか?」


 ぼそ、と呟くその言葉に、俺は内心で「そうだよ!」と突っ込んだ。分かりきったその結論に達するまでに、こんなに手間をかけるとは。手のかかる奴である。


「キャサリン様は、俺の手の届くような女性じゃないのに」

「チャンスだと言ったろう。まあ俺には無理だけど、お前には可能性があるって」


 ここから自信をつけさせ、行動できるようにするまで、どれだけの言葉が必要なのか。人の恋路のためにこんなに労力をかけてどうするんだと思いもするが、俺はエリックの肩を叩いた。


「俺も協力するよ」

「いいのか?」

「友達だからな」


 これも乗りかかった船だ。


「お前が公爵令嬢と仲良くなれば、俺も誰か紹介してもらえるかもしれないしな」

「カミーユ、お前って奴は……」


 茶化すと、強張った表情を緩めるエリック。そういう下心もないではないが、エリックには何かと、良くしてもらった恩もある。アドバイスくらいなら、してもいいだろう。

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