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49.ベイルの近況

「すみません、途中で抜けてもらって」

「いえ、キャサリン様をひとりで行かせるわけにはいきませんから」


 見学を切り上げ、私はミアとオーウェンとのお茶会に参加するため、城へ向かっていた。エリックは道中の警護を兼ねて、付いてきてくれている。汗に濡れていた髪は風で乾き、さらりと揺れる銀髪が爽やかさを演出している。


「カミーユ様は、おもしろい方ね。仲がよろしいの?」

「まあ、親しくはありますが……あいつは女性と見れば声をかけますから、気をつけたほうがいいですよ」

「あら、そうなの」


 確かにカミーユは、女慣れしているというか、話し方や会話の回し方がうまかった。エリックは友人だというのに、真剣な顔で警戒を促す。


「そんなに気軽に声をかけられたことなんて、あったかしら。一度くらい、かけられてみたいものだわ」


 ベイルの婚約者であった時は、その立場と私自身の意識が相まって、むやみに男性に声をかけられることなどなかった。今でこそ多少パーティで声をかけられることはあるが、それは大抵、権力を求める下心によるもの。

 単に「女性だから」という理由で声をかけられるなんて、かえって新鮮で、つい「かけられてみたい」なんて言ってしまった。これは立場上ふさわしくない、品のない発言である。

 エリックといると、思ったことがぽろぽろ口から出てしまう。闇の中で聞いたのと同じ、この癒される声を聞いていると、口周りが必要以上にリラックスするらしい。


「そんなことを言ってはいけませんよ、カミーユが聞いたらここぞとばかりにしつこく声をかけますから」

「ずいぶんと信頼がないのね」

「いえ、彼の人柄にぶれがないことを信頼しているからこそ、心配しているのです」


 あんまりな言い草だ。その遠慮のない言い方に、ふたりの親しさが透けて見える。私とミア、セシリーのような気の置けない関係を、エリックはカミーユと築いているのだろう。


「ではまた、御機嫌よう」

「失礼致します」


 エリックと別れ、私は王城の中へ案内される。城内を進むと、今日はいつもミア達とお茶を飲む部屋とは違う、より奥まった場所へ通された。


「やあ、久しぶり」

「いらっしゃい、キャサリン!」

「殿下、お久しぶりです。ミアも、呼んでくれてありがとう。ふたりと会えるのを、楽しみにしていたわ」


 到着すると、既にふたりが待ち構えていた。簡単な挨拶を交わし、席について紅茶を飲む。ひとくち含んで飲むと、熱い塊が喉を下りていく。その感触を味わっているうちに、日光を浴びてぼうっとしていた肌感覚が、徐々に落ち着いてきた。


「改めて……先日は、弟が申し訳ないことをした。今、あいつはずっと謹慎をしているのだがーーきっと、そのくらいの罰では気が済まないだろう? 俺は国外追放したらどうかと進言したのだが、そこまでではないと、取り合ってもらえなかった」

「国外追放だなんて……お気持ちだけ、頂戴致します。そこまで心配してくださって、ありがとうございます」


 オーウェンが姿勢を正し、頭を下げる。そういえば、私自身がしっかりと王家の方から謝罪を受ける場は、今までなかったかもしれない。ベイルに怒鳴られて、そのまま避暑へ出かけてしまったから、機会がなかった。

 彼の口から飛び出す「国外追放」という言葉に、背筋がぴりりとする。私は今、こうしてここにいるけれど、もし「あの時」ーーベイル達に弾劾されて、そのまま泣き寝入りしていたら、そうなっていた可能性だってある。そうなったら、オルコット公爵家だって無事ではいられなかったはずだ。口にするのは簡単だけれど、それに付随する事態は簡単ではないのが、「国外追放」という言葉の重みである。

 オーウェンが、先日のベイルの失態を許さず、そこまで重く受け止めてくれているということだけ、覚えておくことにする。身内贔屓せず、公平に判断してくれるオーウェンは、王としての素質があるのだろう。


「ベイル様は、あのあと、大丈夫なのですか……?」

「何でキャサリンが気にするの、もう放っておいていいのよ」

「別に気にしてないわよ、ただ心配しただけ」


 横槍を入れるミアをあしらい、オーウェンを見る。彼は肩を竦め、首を左右に振った。


「陛下と同じで、ブランドン侯爵領から仕入れたヘランに興じてばかりで、ちっとも変わろうとしないよ」

「エリーゼがーーあの人、いけすかないけど、ベイル様の分まで社交界に顔を出してくれているのよ。正直、私達も助かっているわ。いけすかないけどね、ほんと」


 ミアが吐き捨てるように言う。よほどエリーゼのことが嫌いらしい。飾らず、わかりやすい率直な態度を取るところが、いかにもミアらしい。


「ヘラン、ヘランって最近よく聞くんだけど、どんなものなの?」

「私、エリーゼにしつこく勧められたから、一度試したんだけどね。なんだかぼーっとして、頭の回転が鈍くなる感じがして、いやな気持ちになったわ」

「そんなものを、陛下もベイル様も気に入っているの」

「頭の回転を鈍くしてでも考えたくない辛いことが、たくさんあるんじゃない?」


 国王が何を辛いと思っているのかはわからないが、一国の命運を握る立場なのだ、辛いこともあるかもしれない。ベイルの辛いことは、まあ間違いなく、アレクシアのことだろう。

 だとしても、辛くても逃げずに向き合うのが、責任の重い王家の者としての在り方ではないのか。ベイルに見合う人であろうとして努力し続けていた過去の私が、考えていたことを思い出す。王家の者とはそうあるべきなのに、今、さまざまな問題に向き合おうとしているのは、私の知る限りオーウェンだけである。逃げてばかりの王族なんて、なんだか、情けなくはないだろうか。

 国王も、王妃も、ベイルも、シャルロットも。みんな、自分の抱える問題を、真剣に解決しようとしていない。そんなことで、良いのだろうか。

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