48.シャルロットの現状
ひと通りの流れを終え、休憩が始まると、シャルロットが駆け寄ってくる。抱きとめる。もう慣れた一連の動作だ。
「キャサリン様、あたしのこと見てた? 見てた?」
「もちろん。すごいですわ、シャルロット様は。大人の男性達の中で、あれほど動けるなんて」
お世辞ではなく、シャルロットの動きは、本当に素晴らしいものだった。トレーニングから模擬戦から、騎士の人達がこなすメニューを、ずっと一緒に行っていた。
体や筋肉の問題があるから、全く同じペースや強度でできるわけではない。それでも、バテずに飽きずに続けているということが、それだけで賞賛に値する。もしかしたら見えない服の下は、筋肉でばきばきに締まっているのではなかろうか。
「シャルロット様は、いつもここで、こうして鍛えていらっしゃるの?」
「うん! あ、でも最近は、キャサリン様のおうちに行ってるから、減ったよ!」
いくら指摘しても言葉遣いの直らないシャルロットは、頬を染め、そう返答する。運動後特有の、さっぱりした爽やかさだ。
「お疲れ様。やっぱり、鍛錬中の騎士様は、素敵ね。学園時代に同級生が騒いでいたことの意味が、漸くわかったわ」
「学園って、キャサリン様が通われてらした、あの?」
「ええ。学園の警護にいらしている騎士様に、一生懸命に話しかけている同級生がいたの。今、憧れる気持ちが、少し理解できたわ」
真面目な顔で、自分の限界を攻める騎士の姿。普段の様子とのギャップを賞賛するつもりで、同級生の思い出話をする。今どうしているかはしらないが、彼女は学園付きの騎士に猛アタックをして、見事に落としていたはずだ。ここにいるのは王城付きの騎士なので、お互い面識はないだろうけれど。
「そうですか。光栄です」
はにかんで、照れ隠しのように髪をかきあげるエリック。汗に濡れた銀髪が、太陽の光をきらきら反射する。それだけで様になる、さすがの容姿。
「シャルロット様も、リアン相手には見せないような、機敏な動きをしていたわね」
「歩き始めた頃から、ここに出入りしていますから。新人の騎士なんかより、遥かにお出来になります」
「うん、あたしはここに、ずっといるの!」
世間話が終われば、私とエリックの会話は、すぐシャルロットの話になる。会話に割り込んできたシャルロットの頭を、リアンにするように撫でてあげた。
「本日はご足労いただいて、ありがとうございます。ご挨拶が遅れました。団長のドリス・マックイーンです」
「いえ、お邪魔致しております。キャサリン・オルコットです」
集まって話している私達に歩み寄ってきたのは、団長の勲章を胸元に輝かせた、口髭の印象的な男性。背が高く、肩幅も広く、がっしりとした彼が、現在の騎士団長だという。パーティで見たことのある彼に、私は礼を返す。
「皆様が額に汗しながら鍛えてらっしゃる姿を見て、これなら安心できる、と思いましたわ」
「ありがたいお言葉です。我々の鍛錬をご覧になるご令嬢は多くはありませんから、皆張り切っていまして」
「そうなのですね」
渋い声の団長は、説明する度に、口髭がユーモラスにぴくぴくと動く。その愉快な動きに、私は自然と頬が緩んでいた。
「今日はシャルロット様の普段の様子について、伺いに来たのです」
「ああ……それなら、エリックと、カミーユに話させましょう。オルコット公爵家によく着いて行っておりますから。……カミーユ! 来なさい!」
集まる騎士団員を振り向いた団長は、突如空気がびりびりと震えるほどのよく通る声で、カミーユという人を呼ぶ。呼ばれて駆けてきた癖毛の青年は、確かにシャルロットと一緒に屋敷に来たのを、何度か見たことのある人だった。
「カミーユ様と仰るのですね。初めてお目にかかります、キャサリン・オルコットと申します」
「カミーユ・フォンテーヌと申します。エリックからよく、お話は伺っております」
「あら、そうなの?」
「……こいつが聞きたがるだけですよ」
騎士の礼をとるカミーユの癖っ毛が、動きに合わせてくるんと揺れる。挨拶をしたその目が悪戯っぽく光る。エリックが渋い表情で私の問いに答えた。
「シャルロット様は、いつもどのくらい、ここにいらっしゃるのですか?」
カミーユは、エリックをちらりと見る。
「俺を呼ばなくても、エリックが話せばいいじゃないか」
「いや、俺の話はよくご存知だから」
「ええ。エリック様からは伺ったので、ぜひ、カミーユ様のお話もお聞きしたいですわ」
ふたりのちょっとした会話から仲の良さが伺える。その軽妙な掛け合いはカミーユの説明の合間に挟まり、その度に私は愉快な気持ちになった。カミーユはずいぶん話し上手で、エリックにも話を振りながら、シャルロットの普段の様子を詳しく教えてくれた。
曰く。シャルロットは朝食前に騎士団に合流し、共に朝食を食べ、鍛え、昼食を食べ、また鍛え、夕食を食べ、そして城に帰って行く。最近では私の屋敷に来るため、気分で居たり居なかったりするが、以前はそういう生活をしていたとのこと。
「まるで王女様というより、騎士様の生活ではありませんか」
「そうなのです。並みの騎士より、よほど熱心ですよ」
出会ったときのあの粗野さと、異常なまでの身体能力の高さにも頷ける。よく、幼いながらにそんな生活ができたものだ。
「シャルロット様は、そんな風に毎日こっちに来ているのに、誰にも何も言われないの?」
「うん! っていうか、あたしの周り、騎士の人たちしかいないから!」
わかりきった答えを敢えて求めてみたが、やはりそういうことらしい。
恐ろしいのは、シャルロットの生活を王家の誰も知らないか、知っていても何もしていないことである。やはりミアやオーウェンにしっかり伝え、対応を促すことがシャルロットのためになるだろう。私はその気持ちを新たにし、ミア達とのお茶会へ向かった。




