5.父に直談判を
「ものを売るのか? キャシーが?」
「うん。いいアイディアがあるんだけど、使用人の有志を募って、作って売ってみちゃだめかな」
特別扱いするのが駄目なのは、わかった。それなら使用人を使ってものを売り、稼ぎを分配すれば、ハンナとアンナに自然にお金が行くのではないか。
思いついた私は、早速翌日の朝食で、父に直談判していた。
「でもねキャシー、私たちのような貴族が、お金儲けに走るというのは、褒められたことではないのよ」
「それはわかってるんだけど……」
母の言うことは尤もで、金儲けに走るような余裕なさげな姿を見せるのは、それだけで評判の下がるもとになる。でも私は諦めきれなくて、語尾を濁した。
ドミナーゼは、子供の咳が止まらなくなったときに、継続的に飲むことで抑えることができる薬だと、あのあとノアから聞いた。すぐ命に関わる病ではないそうだが、小さい体で咳が止まらないのは、さぞ辛いだろう。
リアンと同じくらいの小さな子供が、それもハンナとアンナの弟が、苦しんでいる。それを知って、方法も思いついたのに、放っておくことはできない。
「何を売るつもりなんだい?」
「花を使った小物なの」
私が思い浮かべているのは、アレクシアが胸元につけていた、花を封じた小瓶。私はアレクシアが好きではなかったけれど、彼女がよくつけているそのネックレスには、興味があった。
あれはゲームのアイテムで、身につけることで、ヒロインのアレクシアが攻略対象を魅了しやすくなるのだ。どのようにして彼女がそれを手にしたのかわからないけれど、少なくとも私は、そのような品物を他で見たことがない。私が知らないのなら、それは、世の中に出回っていないと判断してもよいだろう。
ゲームの知識を引っ張り、それが確か「ハーバリウムネックレス」という名で、ドライフラワーが透明な液体の中で泳いでいる品であったことまでは思い出した。
「花ならば、品があるし、構わないかもしれないわね」
「そうだな……」
人の身につけているものを模倣するのは、いかがとも思ったが、私はアレクシアに婚約者を取られているのだ。少しくらいアイディアを頂いたって、構いはしないだろう。
「まずは完成品を、見せてみなさい。アルノーにも見てもらって、その価値を認められれば、領地の生産品として売ってあげよう」
「いいの? ありがとう、お父様!」
アルノーというのは私の兄で、オルコット家の長男である。父が領主の地位を譲ったため、今ではアルノーが、父のフォローを受けながら、あの広大な領地の経営をしている。忙しいみたいで最近は会えないけれど、領地経営を任されるだけあって賢く有能で、我が家の跡継ぎにふさわしい。可愛い奥さんもいるから、その先も安泰だ。
なんでもできるアルノーに憧れて、「おにいさまのお嫁さんになる」などと言っていた幼き日もある、と父や母によくからかわれる。今の私は完全に「お父様と結婚する」派だけどね。私が「ものを売りたい」なんて言っても叱責せず、貴族としての一線は超えないと信じて、協力してくれる優しい父が大好きなのだ。
「ーーという訳で、有志を募りたいの」
「それなら、執事長のライネルさんに、お願いをするのが良いかと思います」
「ライネルさんかあーー」
「私を呼びましたかな?」
ひっ、と思わず息を飲む。廊下でリサと立ち話をしていた私の背後に、噂をしていた執事長であるところの、ライネルが突然現れた。ライネルは使用人を束ねる長であり、父が全幅の信頼を寄せる人物である。使用人の雇用や采配は基本的に彼に任されていて、ライネルのおかげで、屋敷の秩序は保たれていると言っても過言ではない。
「お話はご主人様から伺いました。お嬢様が製品をお作りになるのを手伝うため、使用人の有志を募りたいと」
「そうなんです。お仕事の邪魔はしたくないので、休日や休憩の時間に、少し手伝ってほしいんです。もちろん、相応のお給料はお出しします」
ライネルに対しては、つい敬語を使ってしまう。怒るとすごく怖いと洩らしていたのはリサだったが、彼女も肩が強張り、粗相のないように緊張しているのがわかる。
「有志ということであれば、稼ぎたい者は手伝うし、そうでない者は参加しないので、宜しいでしょう。私の方で見繕います。何人ほど要り用ですか?」
「初めのうちは、試作から始めなくてはならないので、そんなにーーリサ以外に2人ほどお願いして、軌道に乗ったら増やしていくかもしれません」
「2名で御座いますね。お嬢様のご希望はありますか」
「できたら……ハンナとアンナに、初めはお願いしたいのです」
「ハンナとアンナ……ああ、あの双子ですね」
ここで名前を出したら、私の意図が伝わってしまうかもしれない。迷ったけれど、何も言わずにライネルにお願いして、全然関係のない使用人を寄越されてしまったら、本末転倒だ。
ライネルは少し考え、「なるほど」と頷いた。どこか厳しさの漂う表情がふっと和らぎ、「お嬢様はお優しいのですね」と続いた。
「では、まずはハンナとアンナに確認し、調整致します。もし都合が悪いようでしたら、他の者に声を掛けますので、ご了承ください」
「わかりました。ありがとうございます」
「では、後はお任せください」
お手本のような礼をして、ライネルはすたすたと歩き去る。仕事の早い彼のこと、きっとすぐにハンナとアンナに話が行くだろう。
あの反応を見るに、おそらくライネルはハンナ達の弟のことも知っていて、私の意図も見破った気がするけれどーー少なくとも反対されず、ライネル自身が協力してくれるようだから、ふたりが白い目で見られることはないだろう。
「キャサリン様が急にそんなことを仰ったのは、昨日ハンナの話をお聞きになったからですか?」
「そう。特別にお金を渡すのがだめなら、一緒に稼いだらどうかなって。使用人の有志を募って、その中にハンナやアンナがいるなら、角も立たないでしょう?」
「そうですが……ライネルさんの言葉をお借りするようですが、キャサリン様はほんとうに、お優しいですね。仕える者にこれほど優しい方は、私はお見かけしたことがありません」
「……ただ、なんだか落ち着かないだけよ」
リサが手放しで褒めてくれて、少しこそばゆい思いがする。自分のために行動してくれる人が困っていて、自分にできることがあるのに、しない、という選択はできない。そこで手を差し伸べるのは、普段お世話になっている人々への恩返しでもあり、当たり前のことでもある。
いや、使用人が私のために働くのは普通の話で、それに恩義を感じるのは常識的ではないのだけれど……でも、当たり前だと思う。
リサの不思議そうな顔を見て、改めて自分の常識の混乱を感じる。私の中に変化があるとしたら、ゲームの知識を得たことによる。自覚はないが、ゲームの知識だけでなく、その他の常識も混ざって入ってきたのだろうか。
ゲーム外の世界とは、どんなものだったのか……考えてみても、やはり記憶には靄がかかっていて、私には思い出すことができないのだった。