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43.目標の達成

 朝目覚めると、カーテンを開ける。ミルブローズ伯爵領の別荘は湖畔にあって、窓を開けると朝日が水面に反射し、幻想的な光景であった。

 暑い季節になったけれど、朝の風は涼しい。窓から吹き込む風を浴びていると、その風に、妙な声が混ざっているのに気付いた。


「やあっ!」

「もう一度」

「えいっ!」


 高い声と低い声が、交互に聞こえる。窓辺から身を乗り出すと、湖沿いに、ふたつの影が見えた。小さい影は、明らかにシャルロットである。


「何をしているの?」


 リサに頼んで身支度を済ませ、湖畔に出る。霧っぽい朝の空気は清々しく、心地よかった。湖の縁で、軽やかに動き回っているシャルロットに、声をかける。


「あ、キャサリン様!」

「おはようございます」


 振り向くシャルロットは、手に木製の短剣を握っている。相手をしているのは、エリックだ。姿勢を正して立ち、挨拶をされる。


「朝の鍛錬です!」

「シャルロット様に、朝の鍛錬をさせているの?」

「護身のためなのですが……まずいですよね」

「まずいでしょうね」


 私も最低限の護身は習ったが、こんな風に早朝から鍛錬が必要なものではない。何をどう間違ったら、本格的な護身を、騎士が王女に教えることになるのか。こんなことばかりしているから、シャルロットが野生児のようになったのではないか。

 非難の視線を向けると、エリックは肩を落とした。


「我々は毎日早朝から鍛錬をしているのですが、シャルロット様が、どうしても参加したいと仰って、断りきれなくて。交代でお相手をさせていただいているのです」

「でも……許可が下りないでしょう」

「陛下も王妃様も、好きにさせてやれ、と」


 言い訳がましくエリックは言うが、シャルロットのしつこさは、私も身に染みてわかっている。あの調子で迫られたら、断りきれないだろう。まして、王夫妻がそこまで言ったのなら、非は彼らにはない。それにしても、滅茶苦茶な話だ。


「シャルロット様も、こんな朝早くから汗をかいたら、ドレスが汚れるじゃありませんか」

「そんなこと、言われたことないもの」

「駄目ですよ。それに、騎士の方とふたりで鍛錬なんて」

「仰る通りです……いつもは複数なんですが、この旅では警護に人員が割かれているので、申し訳ありません」


 聞けば、一昨日も昨日の朝も、別の騎士がシャルロットの相手をしていたと言う。それで、ブランドン侯爵領に向かうとき、シャルロットの髪が乱れていたのか。全く気がつかなかった。お目付役になるはずの侍女がいないから、シャルロットは朝っぱらから、こうして好き勝手に行動できてしまうのだ。


「シャルロット様はそんな風にして、王城で暮らしているのですね」

「うん。楽しいよ」


 侍女は居らず、王妃には放置され、相手をするのは騎士だけの環境。自分で選択した結果なら良いが、彼女はそうではない。それしか知らないで平気にしているシャルロットが、不憫に思える。


「今日はお部屋に戻って、きちんと汗を拭いて、身支度をしましょう」

「え、いや」


 シャルロットの手を引こうとするも、地面に踏ん張って、動こうとしない。なんという力だ。

 抵抗するシャルロットの反対の手を、エリックが取る。


「キャサリン様の手を煩わせてはいけませんよ」

「あたし、わずらわせてるの?」

「このまま鍛錬がしたいと言ったら、そうですよ。また城に戻ったら、皆で鍛えましょう」

「わかった」


 エリックが穏やかに諭す。シャルロットは素直に頷き、私達ふたりの手を握ったまま、別荘へ向かって歩き始めた。

 背後から射す朝日によって、地面に私達の影が浮かび上がる。ふたりの間に、シャルロットの低い影。なんだか、どこかで見たような、しかし非日常的な光景。

 シャルロットを見下ろすエリックの眼差しは、兄のように優しい。


「なんだか私、楽しいわ」

「あたしも!」


 その優しげな横顔を見ていると、思ったことがぽろり、口から出て行った。


「エリックは?」

「俺は、仕事中ですから、楽しいなんて言えませんよ」


 シャルロットの問いに、笑って答えるエリック。口ではそう言うが、彼自身も楽しんでいることがわかる。


「シャルロット様とふたりで稽古に励むのも、お仕事なのね」

「そうですよ。俺がついていかないと、シャルロット様はひとりで飛び出していきますから」

「うん!」


 胸を張るシャルロット。そこは自慢するところではないのだが、可愛らしいので、仕方がない。


「私も飛び出して行こうかしら。追いかけてもらえるのでしょう?」


 せっかくエリックが同行していたのに、話す機会はほとんどなかった。若干の物足りなさを感じていた私は、そう冗談めかして言う。


「それは、俺の仕事ではありませんが……追いかけますよ。心配ですから」


 エリックの仕事はシャルロットの護衛であり、私は関係がない。「そんなことしませんよ」と流されるつもりで言ったら、思いの外真剣なトーンで、真面目な返事があり、私の方がたじろいでしまう。

 エリックはパーティの時だって、私を心配して、声をかけてくれた。見た目こそクールで、人を寄せ付けないような感じだが、優しいのだ。


 一度別荘に戻り、リサに頼んで、こっそりシャルロットの身支度をしてもらう。朝から動き回ったシャルロットは汗をしっかりかいていたようで、リサに事情を説明したら、絶句していた。王女が騎士に護身を習うなんて、やはり常識外れだ。

 おかげでシャルロットは、清潔な状態で朝食に参加することができた。髪も綺麗に整えられている。


「おねえさまー! こっち来てー!」

「いやよ。水をかけるでしょう?」

「かけないから! 来て!」


 最終日のご褒美は、水辺での水遊びだった。日陰でお茶をする私達と、水を掛けて遊び回る子ども達。リアンとシャルロットが両手で水を掬い、私を呼ぶ。あんまりしつこいのでゆっくり近寄ると、案の定、水をかけてきた。

 きゃっきゃっと上がる歓声。リアンと他の子ども達も、かなり打ち解けた。帰路はそれぞれに寄るところがあると言って、ばらばらになったのだが、「また会おう」とお互い親しげに挨拶を交わしていた。「ダンスの練習」という共通の目的の効果があったのかなかったのかは定かではないものの、彼らが入学したとき、少し安心して通えることは、間違いない。


 帰りもオルコット公爵領に寄り、暫く滞在し、王都に帰った。アダムス商会宛に、受け取ってしまった包みは送り返す。

 こうして私の避暑は、「リアンに学園の友人を作る」という最大の目的を達成し、成功に終わった。

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