41.お子様相手は大変です
迎賓館に戻り、夕食までの少しの間。私はホールに子ども達を集め、昨日の続きをしていた。
「今日は、シャルロット様を相手に、皆に踊っていただきますわ」
明日の会では、シャルロットを相手に、順番に踊ってもらうことを企画している。年齢と身分の順に、ギル、リアン、カールだ。
ノアにバイオリンを弾いてもらい、本番さながらの練習をして、彼らの踊りをチェックする。
「シャルロット様は、身長が私よりも低いですわ。カール様は、そんなに胸を張りすぎないで」
特筆すべきは、シャルロットの上達の速さであろう。昨日、少しステップを教えただけなのに、もう完璧な所作で踊っている。
妖精のように可愛いシャルロットと、まだ幼さが頬に残る男子達が、入れ替わりで踊る姿。何とも愛らしく、眼福であった。
ふと視線を上げると、ひとりの騎士が、こちらを見ていた。私の視線に気づいて慌てて目を逸らした彼は、微笑ましいものを見る、穏やかな顔をしていた。シャルロットは騎士の方々に、随分可愛がられているようだ。
「キャサリン様に、完璧だって、認められたわよっ!」
「だめだよ、明日が本番なんだから」
シャルロットはリアンと、「ダンスを完璧に踊れたら私を姉として良い」という約束をしている。完璧なダンスを披露したと私が褒めたので、リアンに迫るシャルロット。練習が終わったと思えば、直ぐこれである。
「学園の勉強って、大変ですか?」
「家でちゃんと予習していれば、大丈夫だと思うよ。例えばーー」
その脇で、シャルロットとリアンの言い合いには目もくれず、話し合うカールとギル。カールのコミュニケーション能力の高さには、つくづく舌を巻く。ギルも、初対面の陰気さはどこかへ消え、物静かではあるけれど、話しやすい子どもになっていた。
「おねえさま、シャルロット様がわがまま言うよ」
「わがままなのはリアンでしょ、こんな素敵なお姉様を、ひとりじめして!」
所構わずくっ付いてくるリアンとシャルロットとは、大違いである。リアンは私の左手を掴み、シャルロットは私の右手を掴む。
「おねえさまは僕のおねえさまなんだから」
ぐっ、とリアンが私の手を引く。体がぐらりとリアンの方に傾く。
「私のお姉様にもなってもらうの!」
シャルロットも私の手を引く。やめて、私のために争わないで……とか、言ってられない。肩が抜けそうだ。
「ちょっと、痛いわ」
「あはは、キャサリン様はあたしのお姉ちゃんよー!」
「ぼくのだよぉ!」
両側から交互に引っ張られ、上半身がぐらぐら揺れる。見れば、シャルロットもリアンも、笑っている。言い争いから、完全に遊びに発展している。彼らは楽しそうだが、私は脳味噌がシェイクされて、ちょっと辛くなってきた。
「キャサリン様がつらそうだよ、やめなよ」
ギルが言ってくれるが、遊びに夢中なふたりには届いていない。
「おやめください、お二人とも」
嗜める声と同時に、揺さぶりが収まる。余韻で揺れる視界を抑えるように目を瞑り、開けると、まずきょとんとした表情のリアンが映った。その視線を追うと、リアンの肩に手を掛けているノア。
「リアン様、御令嬢にそんな風に乱暴をしてはいけませんよ」
「……はい」
ノアに言われると、しゅんとするリアン。何しろ、ノアは怖い。今も笑顔だけれど、注意する声に棘があり、私まで背中がひやりとする。小さい頃、勉強をサボろうとしてしこたま叱られた思い出が……思い出すのはやめておこう。
おかげで、なんとか解放された。子ども達は可愛いが、この体力にはついていけない。
溜息をつき、引っ張られた肩に手を当てて調子を確かめる私を、ノアが面白そうな目で眺める。
「キャサリン様は、お子様の相手がお上手ですね」
「ノア、それ本気で言ってる?」
「ええ」
ノアの皮肉に、脱力する。上手ではないが、子どもの相手は楽しい。思惑や他意が交錯する大人同士の付き合いと比べ、彼らは純粋で、裏を読む必要がない。
「ごめんなさい」
そう謝ってくるリアンの頭を撫でて慰める。体は疲れるけど心は疲れない、子どもの相手も悪くないなと思うのであった。
夕食会には、ブランドン侯爵だけでなく、夫人と、娘のエリーゼも同席した。
「タマロ王国風の料理を、ご用意致しました。御賞味ください」
ぱんぱんに膨れた腹を撫でながら、ブランドン侯爵が言う。あの丸いお腹には、何が入っているのだろう。いかにも、グルメといった感じ。彼の薦める料理なら美味しいに違いない、と思わせる容貌である。
次々に運ばれてくる料理は、以前エリーゼのパーティで食べたものと同様、独特の風味の香辛料が効いていた。タマロ王国流の新しい味付けを知って、ロディが喜んだだろうな、と想像する。今後、屋敷でもタマロ王国風の料理が振舞われるかもしれない。ロディは研究熱心なのだ。
「案内してくださって、ありがとうございます」
ブランドン侯爵に案内されたローレンス公爵が、料理の合間に、そう持ちかける。
「タマロ王国は、我が国にはない技術が多くて、興味深く拝見致しました」
「ええ。我が国の発展のために、あの国の力を借りるべきだと思うのです」
ブランドン侯爵の発言は、国政に口を出すこと同じことだ。自領の話なら良いが、国の方針に口出しをするのは、思い上がっている。立場を知らぬ物言いに、父とローレンス公爵が、目配せをした。
「確かに、タマロ王国との関係を強めてから、ブランドン侯爵領の名をよく聞くようになりましたな」
「そうでしょう。陛下もお引き立てくださっているので、今後も国中に薦めて頂こうと考えているのです」
父が適当におだてながら会話を進めると、その後もブランドン侯爵からは、「自分は国政に携わる者だ」と思い込んでいる不遜な発言が次々に飛び出した。エリーゼとベイルが婚約したところで、王になるのは王太子であるから、そこまでの権力は期待できない。どこからその自信が来るのか、私でも怪しく思うほどだ。
これだけ短慮な侯爵に、深い陰謀を考えられるとは思えない。しかし何か企んでいてもおかしくないと、そう思わせるには十分なほどの、失言のオンパレードであった。
その隣で自慢げなエリーゼの心境も、よくわからない。ブランドン侯爵の発言に問題があることが、わからないのだろうか。学園でしっかり学んだのならば、侯爵の発言のまずさに気づかないとは思えないのだけれど。
「食後にヘランはいかがですか。頭がぽーっとして、酒を飲んだような、えも言われぬ良い気分になりますよ」
「ありがたいが、遠慮しておこう」
ヘランという名称も、近頃よく耳にする。王も手放せないと、父達が噂していた。セドリックは「おすすめしない」と言っていたのに、これだけ流通している。酒に似ているなら、酒で良いではないか。
会食が終わり、宿泊する屋敷へと戻る。ブランドン侯爵家の面々と別れると、父が「厄介なのはタマロ王国だな」と言い、ローレンス公爵とハミルトン侯爵がそれに同意した。
「厄介って、どういうことなの」
「キャシーは知らなくていいよ。僕達が何とかするからね」
心強いお言葉である。隠されると余計に気になるが、食い下がっても教えてくれない。父にはまだ、子ども扱いされている。
「ブランドン侯爵の目論見が、気になるわね」
「そうよね」
就寝前のミアとの話も、当然、そのことが話題になった。
「案内している時も、酷かったのよ。自分が国政に関わったらとか何とか、夢物語ばかり語って、呆れたわ」
「おかしいわよね。立場を弁えてらっしゃらないというか」
「あの自信は、どこから来るのかしら」
聞く者もいないから、お互い、あけすけな物言いである。
「私達も、事実を隠しておかれるほどの子どもでは、もうないのに」
「知りたいことは、自分で情報を集めないとならないということね」
「そういうことなのね」
父達が任せろと言うのだから、任せておいて間違いはない。それでも、「知らされない」ことに納得できない。任せる前に、自分たちで確かめたい。そういう年頃なのだ。




