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40.ストーリーは動き出す

 ブランドン侯爵領の迎賓館は、父が下調べした通り、王族が泊まっても何ら問題のないほどの、立派な屋敷であった。


「ようこそお越しくださいました」


 出迎えたブランドン侯爵が、臣下の礼を取る。恭しい態度だが、にやにやした笑みが、なんだか胡散臭い。単純に私がこの人を信頼していないから、胡散臭く見えるだけなのだろうか。

 使用人に荷物を部屋へ移動させ、私達は、観光に出ることになった。観光用の窓の広い馬車に分乗し、移動する。ローレンス公爵達が乗った馬車は、ブランドン侯爵が案内役になる。私達の馬車には、セドリックが案内役として付いた。

 セドリックはブランドン侯爵とも商売をしており、この領の内情に詳しい。案内役として父が指名したので、時期を合わせてやってきたそうだ。


「こちらが、異国の商人が多数出店している地域でございます」


 今日も、女性をうっとりさせる声で話すセドリック。私は彼のことを心の底から警戒しているが、今は家族が一緒だ。こんなところで、何か仕掛けてくることはないだろう。

 迎賓館から少し離れると、途端に人通りが多くなり、見たことのない外装の建物が散見される。配色が派手で、屋根や窓の形も斬新だ。見たことのない原色の服が入り混じる人混み。その活気と雑多さに、圧倒された。


「幾つか、店をご覧になりますか」

「ああ。せっかくだから、見て回ろう」


 馬車を止め、皆で降りる。気付けば、他の家庭が乗った馬車は、見えなくなっていた。それぞれ、自分達の好みに合わせて、見る場所を決めたのだろう。

 衣装店、薬店、装飾品店など、回った店ではどれも、目新しいものを売っていた。母はじっくりとひとつひとつの品物を見て回り、リアンはそれにくっ付いて回っている。父は、店主に話しかけ、あれこれと話を聞いていた。


「これ、素敵だわ」


 私も何気なく店内を見て回る。棚に並んだ装飾品のひとつが目につき、手に取った。透明な玉で作った、イヤリング。光に翳すと、角度によって虹色に光る。これが耳元で揺れたら、さぞ、素敵だろう。


「よくお似合いだと思います」


 近くにいたセドリックが、私の呟きに気付き、そう感想を述べてくる。彼の審美眼は本物だ。けれど、セドリックに似合うと言われて買うのは癪で、イヤリングを棚に戻した。

 材質に興味でも湧いたのか、セドリックがそのイヤリングを改めて手に取るのを横目に、私は他の棚を見る。

 なんだか今のシーンは、セドリックと一緒に、買い物に来たようだった。そう思うと、記憶が蘇る。

 そうそう、ヒロインがセドリックとデートに行き、アクセサリーを見て「高いから買えない」と話す場面があった。好感度が十分に高まっていると、セドリックがこっそり買っておいてくれて、後でプレゼントしてくれる。ロマンチックな展開である。何気なく欲しいと言ったものを買ってくれる男性というのは、女子の憧れのひとつだ。


「お嬢様、これをお受け取りください」

「え? 何を……」


 ゲームの展開をなぞっていた私の頭に、セドリックの低い声が響いた。そちらを見ると、セドリックが、綺麗に包装された包みを差し出している。

 記憶の世界に飛んでいたから、何が起きているのか、一瞬わからなかった。戸惑っていると、私の手にセドリックが触れ、その包みを握らせる。


「やめなさい!」

「失礼致しました」


 柔らかい掌の感触は、私が咎めると同時に、さっとなくなった。辺りを見回すと、家族はそれぞれ商品や会話に気持ちが行っていて、今のやりとりには気づかなかったようだ。それすら見越して、セドリックは行動したのだろう。

 やられた。警戒していたつもりだったのに、隙を突かれた。無断で触れてくるなんて、とんでもない男だ。


「受け取れませんわ」

「それは、私からの贈り物です、お嬢様。美しい宝石は、美しい女性の元でこそ、輝くのです」

「あなたからの贈り物なんて、受け取れませんと言っているの」


 セドリックは商人だ。私にこれを贈るということは、何らかの見返りを求めていることだろう。何か便宜を図るつもりはないから、断っても、彼は取り合おうとしない。返却するために無理やり触れるわけにもいかず、商品を店内で床に捨てるわけにもいかない。止むを得ず、私はその包みを、手に持ったままでいることになった。


「構いません。私は見返りを求めているのではなく、商人の美意識として、良いものを最も似合う人に使ってほしい、そう思ったのです」


 セドリックは微笑む。その姿は、まるで絵のようだった。絵のようなーーその瞬間、はっとした。私はこの絵を、見たことがある。

 こんな風に店内を背景に、微笑むセドリック。ゲームのヒロインにプレゼントを渡した後の彼の姿が、こんな感じではなかっただろうか。そう考えてみると、さっきのセドリックの言葉も、どこかで聞いたように思えてくる。


「オルコット公爵令嬢ーーあなたには、美しいものが、よく似合う」


 既視感。甘やかな、口説き文句じみた台詞。「アレクシアーーあなたには……」と続く彼の台詞を、私は確かに、聞いたことがあった。

 セドリックが、アレクシアと共に出かけたときに、言うはずのもの。それを私が、しかもストーリーと無関係なブランドン侯爵領で、どうして聞いているのか。


「いかがでしたか?」

「お陰で、いろいろ見ることができたよ。ブランドン侯爵家の者が一緒だと、自由に見て回れないからね。セドリック、君が来てくれて良かった」

「このくらい、何でもありません。今後とも、どうぞご贔屓に」


 父とセドリックの会話を聞きながら、馬車で迎賓館に戻る。

 私はずっと、先程の出来事について考えていた。セドリックの放った、「ゲームのイベント」そのものの発言についてである。

 この世界は、ゲームの世界であって、そうではない。ベイルの心変わりはゲームのものであったかもしれないけれど、私の破滅は、私の行動によって変えることができた。ゲームの展開は、行動によって、変わるのだ。

 もしかして……私の行動によって、アレクシアに選ばれなかったセドリックのイベントが、動いてしまったということはないだろうか。


 そういう目で、我が身を振り返ると、心当たりがたくさんある。アダムス商会を通した買い物を、セドリックの店で買い物をしたと捉えれば、十分すぎるほどの回数を重ねている。自分で言うのも何だが物を見る目は幼い頃から養われているから、センスの上でも問題はない。

 今のこの買い物が、「デート」にカウントされたのだとしたら、先程の展開にも納得が行く。デートを重ねると、セドリックは「美しい君に」と、主人公にいくつか贈り物をするのだ。


 そもそも今までの私とセドリックとの関係性で、贈り物をしてくるなんて、違和感がある。飽くまでも私達は商人と貴族としての関係しかなく、個人的なやりとりに発展する余地はない。セドリックだって、それはわかる人であるはずだ。

 ベイルがアレクシアに心奪われたように、私がいくら勉強しても万年3位だったように、何らかの強制力が働いたと考えるほうが自然だ。


 幸いなことに、私が意思を持って行動すれば、その強制力から逃れられることは、婚約破棄の一件からわかっている。

 セドリックには申し訳ないが、この包みは、王都に戻ったらアダムス商会へ送り返そう。贈り物を受け取らなければ、これ以上の進展はないはずだ。私はそう決め、包みを仕舞った。

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