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閑話 キャサリン様のお相手

 私は幼い頃から、オルコット公爵家の御令嬢に、侍女としてお仕えしています。キャサリン様は私を「リサ」と気軽に呼んで、いつも傍に置いてくださいます。

 本当に小さい頃から共に育ったので、主従関係はありますが、私の心の内では、キャサリン様は妹のような愛しい存在です。そしてキャサリン様も、私のことを、大切に思ってくださっています。

 私が特に好きなのは、キャサリン様の朝の身支度と、夜の寝支度をすることです。「今日もいいことがありますように」と願いを込めながら、髪を結う。「どんな日だったのだろう」と考えながら、髪をとく。そのふたりの時間が、なんとも言えず、幸せなのです。


 夜は、その日キャサリン様がどんな気分で過ごしていたのか、表情から読み取って言葉をかけるようにしています。良いことがあったのか、嫌なことがあったのか、嬉しいのか悲しいのか、お顔を拝見すればわかります。


 キャサリン様と婚約者様との婚約が破棄されたという話を聞いたときも、私はそれほど心配はしませんでした。だって、その日もキャサリン様は、表情に曇りがありませんでしたから。実際、婚約破棄されてからはキャサリン様は生き生きと活動し始めて、私も一緒に、新しいことを体験させていただきました。

 口には出せませんが、婚約破棄されて良かったのかもしれない、と思っています。そう思っているのは私だけではなくて、そのほかの使用人達も、公爵家の方々も。言わないだけで、気持ちは皆同じでしょう。


「もし、キャシーに良い感じの男性が居たら、全力で応援するから、教えてね」


 ある日、キャサリン様には内緒で呼び出された私にそう仰ったのは、チャーミングなオルコット公爵夫人でした。

 キャサリン様はあまり自分の本心を仰らないけれど、傍にいる私なら、変化に気付くだろうとのこと。嬉しいお言葉に、キャサリン様の少しの変化も見逃すまい、とますます朝晩の身繕いに対するやる気が高まりました。


「私が練習台になります」


 思い切って声をあげたのは、アダムス商会の者が来て、キャサリン様に蝶ネクタイを付けていた時のこと。距離があまりにも近くて、キャサリン様が見たこともないような妙な表情をしていて、このままではいけないと直感しました。

「危険だったわ」と話すキャサリン様を見て、あの男は絶対に近寄らせてはいけない、と心に決めました。キャサリン様からも頼んだそうですが、私からもノアに、アダムス商会のあの男とは徹底的に距離を取らせるようにお願いしました。


 キャサリン様はパーティやお茶会にもよく出席されるようになって、生活が徐々に、普通の貴族の女性らしいものに変わっていきました。そのことは喜ばしいのですが、身支度をしていると浮かない表情で、本当は出かけたくないのだろうな、と感じていました。そうは言っても出かけずには居られない立場なので、仕方がないのでしょうが……。

 しかしある時、パーティから帰ってきたキャサリン様の顔が、やけにすっきりしていることがありました。それも、二度も。何かあったのか訊いても誤魔化すので、何か良い出会いがあったのだろう、と見当をつけていました。


「今回の警備に来ている騎士団に、キャサリン様のお知り合いが居るようだよ」

「そうなんですか? 騎士団に?」

「ああ。僕も知らない人だけど、ハミルトン侯爵の親戚らしい」


 そして今、キャサリン様達と一緒に避暑へ来ている私に、ノアさんがそう情報提供します。

 ノアさんは、私とキャサリン様が幼い頃から家庭教師として、キャサリン様を見守っていた人です。彼は優しくて可愛らしい、キャサリン様の良さを知っています。だから私も話しやすくて、こうして仕事の合間に世間話をすることがあります。

 私とノアさんは、キャサリン様の交友関係を、ほとんど確実に把握しています。手紙のやり取りや学園での繋がりなどを、身近で見て知っているからです。ところがそこに、「ハミルトン侯爵の親戚で騎士団」なんて男性が、現れたことはありませんでした。


「キャサリン様は、彼と良い雰囲気で話をしていたよ」


 ノアさんが騎士団の方々に聞いたところによると、そのキャサリン様の知り合いは、非常に優秀で、家柄も優れた騎士であるとのこと。特に問題はなく、恋人もいないようだという噂だそうです。ノアさんの行動の早さと、能力の高さには、いつも感心します。公爵家で長年、家庭教師兼執事として雇われるだけのことはあります。


「そういえば、警護のための騎士団に、お知り合いがいらしたそうですね」


 ノアさんから情報を得たので、オルコット公爵領で過ごす夜、寝支度をしながらキャサリン様にそう持ちかけました。何気ない風を装うキャサリン様の表情に、動揺の色が浮かびます。


「素敵な方だけど、本当にただの知り合いよ」


 そう誤魔化したときの微妙な表情は、先日のパーティの後に、カマをかけたときと同じ表情でした。どうやら、パーティで出会ったその人と、知り合いというのは、同じ方のようです。

 キャサリン様は自分では表情を取り繕うのが上手いと思っているようで、実際その技術は高いのですが、私やノアさんには、それは通用しません。鏡に映るキャサリン様は、男性のことを思い出しているのか、どこか嬉しそうな顔をしています。完璧そうに見えて実は、表情に心境が素直に現れているのが、また魅力的ではありませんか。

 「知り合いの騎士」のことを、オルコット公爵夫人にお伝えしてもいいかもしれない。私はキャサリン様の幸せのため、そう画策しながら、その柔らかい髪を丁寧に櫛でといていくのでした。

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