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38.シャルロットの問題

「子ども達も、随分仲良くなったようですわ」


 3家庭揃った食堂で、私は昼の出来事をそう報告する。子ども達は夕飯を食べ終わったら、寝支度をするために使用人に部屋へ連れて行かれた。今は、食休みを兼ねた、紅茶を飲みながらの大人同士の会話の時間だ。


「それは、明後日の舞踏会が楽しみだ」


 筋骨隆々のハミルトン侯爵が、そう感想を述べる。彼は視線を私の父へ移し、「そういえば」と話題を変えた。


「明日はブランドン侯爵領に泊まるのでしたな。最近話題ですから、楽しみにしていたのです」

「異国の品でしょう。陛下も重用しているから、どんな人々が扱っているのか、一度見てみたいと思いまして」

「どうも、ずいぶん派手な装いをした方々のようだが」


 ローレンス公爵が言い、その後わいわいと、タマロ王国について知っていることの披露が始まった。香辛料がなんの、薬がどうのと、事実か噂かわからないような話が飛び交う。それらの真偽を確かめるために、ブランドン侯爵領に立ち寄るのだ。


「陛下は最近、ヘランが手放せないそうだが」


 ミアの父であるローレンス公爵の言葉が耳に引っかかる。ヘランという薬は、今までにも聞いたことがある。確か、セドリックが言っていたのだ。

 ローレンス公爵の言葉に、父が渋い顔をし、ハミルトン侯爵が咳払いをした。微妙な反応だ。


「ヘラン……あの薬は、良くないですな」

「あんなものを陛下に勧めるなんて、ブランドン侯爵は何を考えているのか」

「それを探るためにも、皆さんとブランドン侯爵領を訪れるのですよ」


 父達はヘランのことをよく知っていて、それは「良くないものだ」と知っているようだ。不穏な会話の続きが気になって身を乗り出すと、父が私を見た。その後、女性陣に視線を向け、「皆で紅茶を飲んでおいで」と優しく投げかける。口調は優しいが、要するにここからは聞かせないということだ。それぞれに立ち上がり、挨拶をして移動する。

 夜に飲む紅茶は格別だ。胃が適度に満たされ、まったりした空気の中、カップを口に運ぶ。私はミアとふたりで、寝る前の紅茶を楽しんでいた。


「ギルが、リアン様と笑顔で話していたでしょう。私も母も、それを見て驚いたの」

「そうなの?」

「そうよ。学園では、全然友達と話せなかったって言っていたから」


 ミアが言う。たしかにギルは、夕食のときも、リアンやカールと朗らかに言葉を交わしていた。ダンスの練習を共にした彼らは、距離が格段に縮んだのである。ギルは、出会った当初こそ暗かったものの、リアンやカールと話すうちにどんどん喋り方や表情が明るくなっていった。短時間で、変化するものなのだ。


「私は、シャルロット様の様子を見て驚いたわよ」

「あー……そうよね。すごいわよね、彼女」

「どうして彼女、ああなの?」

「王妃様がねー……」


 話すか迷ったのだろう。ミアは言葉を時折選びながらも、状況を教えてくれた。王太子との結婚を控え、王妃との関係も良好なミアは、内部事情をよく知っている。


 シャルロットの赤寄りのピンクをした髪や目の色、また容姿は、父方の祖母ーー要するに王妃の姑、前王妃の面影をよく残しているのだという。前王妃は既に亡くなったのだが、王妃は姑と相当合わなかったらしい。私もベイルと婚約していた頃、そうした愚痴を聞いたことがある。

 シャルロットを見ると、姑に掛けられたいやな言葉や辛い記憶を思い出す。だからシャルロットへの愛情がもてず、姑への当てつけのように、シャルロットの教育を放棄しているのだとか。

 一方、王は母に似たシャルロットを愛していて、その身を守るために多数の騎士をつけている。ただし、貴族教育のことはよくわかっていないのか、王女の教育は王妃が中心になるからか、とにかく侍女の類はシャルロットにはついていない。

 結果、シャルロットは、貴族としての教育は何も受けず。騎士達との交流ばかりで、あのような品のない娘になってしまったのだそうだ。


「私もなんとかしてあげたかったんだけど、王妃様のお気持ちも心配で、なかなか王女様にまで声をかけられなかったの」


 生んだ娘が姑似で、自分の娘を愛せない王妃の悩みも、大きなものなのだろう。そちらを気遣って、シャルロットに構えなかったミアを、責めることはできない。ミアはこれから、王妃と嫁姑の関係になるのだから。


「あんなにお可愛らしいのに、あのままではもったいないわね」

「そうなのよー……」


 普段はよく喋るミアは、眉間が強張り、なかなか言葉が出てこない。立場上、王妃にも文句を言えず、その一方でシャルロットは気にかかり、ミアも複雑な心境なのかもしれない。

 私にできることは、あるのだろうか。

 ベイルとの関係がなくなった時点で、私と王家の繋がりはもうない。シャルロットを面倒見る義理も謂れもないから、王都に戻ったら、できることは何もないだろう。

 ただし、この旅行の最中なら、構ってあげることはできる。少しでも令嬢としての作法を教え、見苦しくないようにすることは目指せる。

 それは、同情でも何でもなく、あんなに可憐な令嬢を粗野なままにしておきたくないという、私の美意識であった。


「じゃあ、おやすみ」


 ミアと離れ、自室に帰って寝支度を整える。髪を櫛でといてくれているリサと、鏡越しに目が合った。


「そういえば、警護のための騎士団に、お知り合いがいらしたそうですね」

「ええ。どうして知っているの?」

「ノアさんから、伺いました。素敵な方だそうですね」

「まあ……」


 使用人同士の情報伝達の速さには、しばしば驚かされる。微笑むリサに、私は苦笑いを返した。


「素敵な方だけど、本当にただの知り合いよ」

「そうなんですね。……その方、騎士団でも有数の、実力者なんだそうです。そんな方がいてくださったら、この旅も安心ですね」


 何気ないリサの言い方に、本当にそうだなあ、と共感する。騎士団の警護がついていることもそうだし、エリックが居れば、何かあっても聞いてもらえるかもしれない。エリックがいることを知って、心強く感じたのは、きっと本音を話せた相手だからだろう。

 これから訪れるブランドン侯爵領で、何があるかはわからない。でも、両親だけでなくエリックやリサ、ノア達がいるのだから、大丈夫だと思えた。

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