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4.ハンナとアンナのために

 セシリーとミアとのお茶会に出席して以来、お茶会・パーティへのお誘いは、じわじわと増え続けていた。

 そう言った話はどこからともなく漏れるものらしく、「婚約破棄されたキャサリンが社交場に復活したらしい」と噂になっているとか。

 けれどまだ、興味本位で誘われた会の、そのいずれにも参加してはいない。こんな状況に置かれている私が、最初に参加したパーティというのには、必然的に意味が出てしまう。ふさわしくない会については丁重なお断りを重ね、私は今日も庭園で紅茶を飲み、お菓子を作り、家族との夕食を楽しんでいる。


「今日のスコーンは、先日作ったブルーベリーのジャムを混ぜ込んだものだそうです」


 ロディがくれるレシピは、基本はスコーンばかり。プレーンのもの、ナッツ入り、季節の果実入り、チョコチップ入りなどなど、多種多様な味付けや食感があることに驚かされつつ、手際と味は確実に向上していた。

 技術の向上は私よりもリサの方が著しく、今ではロディが指摘する前に、私の間違いを正すほどである。


「それ、こねすぎです、キャサリン様」

「だって、力が要るのよ!」

「スコーンの食感が悪くなってしまいますよ」


 厳しいリサの言葉に、フォローを求めて厨房を見回すも、ロディは「ごもっとも」とでも言いたげな表情で深く頷いている。

 こういうときは、嘘でも、私を立てるんじゃないの!

 ……と言いたい気もするけれど、使用人の皆と、こうした気安い関係を築いてきたのは私だ。最初はロディもリサも、少し距離があってーー貴族と使用人なのだから当然なのだけれどーーそれになぜだか違和感を感じて、敢えて気軽に話しかけ、少しずつ打ち解けてきたのだ。


「リサは、器用なのね。料理は専門外なのに、どんどん上手くなるから、私の立つ瀬がなくなっちゃうわ」

「私は?」

「キャサリン様は……うふふ」


 ねえ、と笑って顔を見合わせるハンナとリサ。私にくっついて厨房に入り浸らされているリサは、歳の近いハンナやアンナと、親交を温めていたらしい。リサがするような調子で私をからかうのも、最近よくある光景だ。

 ちなみに、双子で、瓜二つのハンナとアンナを見分けるコツは、目尻の具合に注目することである。勝気な感じで目尻がやや持ち上がり気味なのがハンナ、目尻が優しげに垂れているのがアンナである。


「ところで、今日はアンナはいないのね」

「そうなんです。弟の面倒を見ていまして」

「ハンナ達に弟がいるの?」

「今年で7歳になるんです。病弱で、よく体調を崩すので……そういうときは、交代で面倒を見ています」


 言いながら、ハンナがリサにちらりと視線をやる。リサもちらりと見返す。意味ありげな目配せが気にかかって、「あんまり良くないの?」とさらに問うと、ハンナはぐっ、と俯いた。


「いえ、体調が悪いのはいつものことなんです」

「いつも体調が悪いなんて、心配でしょう」

「そうなんです……。ご心配いただき、ありがとうございます」


 心配で、話を続けようとすると、ハンナは俯いたまま後ろを向き、話を切り上げようとする素振りを見せた。なんだか声が震えていた気がして、いつも明るいハンナがずっと俯いているのがおかしい気がして、思わず「それは、」と続けてしまった。


「理由は、わかっているの?」

「……はい、いちおうは」

「治らないの?」

「薬があれば治るのですが……」


 言い淀むハンナ。病にはっきりとした効果のある薬は、学のある薬師が、貴重な薬草に手間をかけて作り上げたものである。平民では手が届かないほどに。

 ハンナとアンナがふたりで、料理人としては比較的給料の良い貴族家に勤めていたとしても、おいそれと手の届くものではないだろう。

 ハンナの歯切れの悪さに、合点がいった。雇い主の家族である私に、「お金がないから薬が買えない」とは、言い出せないはずだ。


「なんて薬が効くの?」

「ドミナーゼ、という……」

「私が、買ってあげてもーー」

「キャサリン様。ハンナとアンナは、弟のために、こちらで懸命に働いているのです。そんな風に、追い詰めてはいけませんよ」


 私の台詞に被せるように、リサが言う。従者が主人の言葉を遮るなんて、よほどのことがないと、起こらないことだ。その口調はいつもより少し厳しく、表情も硬い。真剣な顔つき。


「どうして? ……私なら、きっとその薬も、買ってあげられるのに」

「それは、してはいけないのですよ。キャサリン様ならできる、助けてくれる、と知るだけ、ハンナ達は苦しいのです」


 平民のふたりにとっては大変な金額でも、貴族なら何とかなる額のはずだ。私にとってはハンナもアンナも、もう家族のようなものだ。そのさらに家族である弟のために、身銭を切ることに躊躇いはない。いつも仕事の時間を割いて私のわがままに付き合ってくれるふたりに、私ができることと言ったら、そのくらいなのに。

 なのにどうして、ハンナが苦しくなるの?

 リサの発言に納得がいかず、ハンナを見ると、確かに表情が強張り、いつになく沈鬱な印象であった。ハンナの肩に、ロディが優しく手を置く。びく、と彼女の肩が揺れ、そして少しリラックスするのが見て取れた。


「キャサリン様、ハンナもアンナも、この厨房で、よく働いているんですよ」

「ええ、ロディ、わかってるわ。だからそのお礼も兼ねてーー」

「ふたりは、弟も大切だが、ここでの仕事も大切なんです。もしお嬢様がふたりの弟のために、給金以上の援助をすれば、ハンナとアンナは、この屋敷で働きにくくなります」

「同じ立場の使用人は、たくさんいるんです。ハンナ達だけ特別扱いされた、と思われるのは、嫉妬に繋がるのですよ。元々、私達使用人は、平均以上のお金を頂いているのですから。キャサリン様の手を取れば、弟が助かるかもしれない。だけど、それをしたら、使用人としての立場がなくなる。その期待を与えるのは、酷なんです」


 ロディもリサも、淡々と、そして丁寧に、私の間違いを正してくれる。ハンナはロディの隣で、何とも申し訳なさそうな顔をして、何度も頷いている。

 使用人同士の関係なんて、あまり考えたことがなかった。私自身とリサやロディ、ハンナ達の関係のように、打ち解ければ打ち解けられるものだと思っていた。

 同じ立場の者同士だからこそ、やりにくいところがあるなんてーー貴族同士のやりとりに当てはめれば、容易にわかることなのにーー全く思い至らなかった。

 結局、ハンナに期待だけもたせて、苦しい思いをさせるだけだったなんて。


「ごめんなさい」


 ぽろ、と謝罪が口から溢れる。


「私のポケットマネーで何とかしよう、というのが間違っているのが、よくわかったわ。配慮が足りなくてごめんなさい」

「私の方こそ、従者の立場で、失礼な物言いでした。申し訳ありません」


 頭を下げるリサを、仕草で制する。


「リサもロディもハンナも、私は何も失礼だなんて思っていないから、気にしないで。ハンナ、苦しい思いをさせて本当にごめんなさい。また明日もお菓子を作りに来るから、変わらず接して貰えると嬉しいわ」

「もちろんです、お嬢様。いつでもどうぞ」

「お気遣い、嬉しいです。ありがとうございます」


 それが、心からの歓迎なのか、立場上のものなのか。私は彼らとの壁が少しずつ取り払われているように感じていたけれど、やはり身分や感覚の差というものがあって、その壁は壊せないものなのだ。

 私の無神経な発言が、彼らに気苦労をさせていたのかもしれない。そのことに気づき、そして今まで気づいていなかったことに、気分が落ち込んだ。


「申し訳ないことをしたわ」

「キャサリン様のお優しさを感じて、ハンナも嬉しかったと思います」

「そう……」


 でも、知ってしまったからには、そのままにしておくなんて、できないと思った。何しろ最も苦しい思いをしているのは、リアンと歳の近い、ハンナ達の弟なのだ。

 そういう小さい家族が苦しんでいるのを見ているハンナ達は、とてもつらいだろう。しかもそれが薬を買うお金がないという理由なら、なおさら。やはり私が、ハンナ達へ抱いている日頃の感謝の気持ちを考えると、そのまま放っておくことはできない。

 何か、方法を考えないと。

 ハンナやアンナが白い目で見られず、だけど確実に、弟の薬代を稼げる方法を。

 「特別扱い」が嫉妬され、批判されるのなら、皆平等に稼げれば良いんじゃないの……?

 私は歩きながら、ぐるぐると思考を巡らせていた。

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