36.ダンスのレッスン
「ダンスは男女で踊りますから、シャルロット様が、リアン、ギル様、カール様を相手するのがよいでしょう。まずはお手本をお見せしますね」
今回はノアのバイオリンの演奏で、4人に踊ってもらうつもりだ。ノアには手本の相手を頼んだため、今は楽器の演奏はない。メロディーを口ずさみながら、ゆったりしたワルツのステップを踏んだ。初歩的なダンスである。普段から勉強をしている貴族の御子息達なら、今日と明日の練習で踊れるようになるだろう。
ノアと踊るのも、久しぶりだ。家庭教師をしてもらっていた頃は毎日踊っていたけれど、最近ではそういう機会はなかった。流れるようなリード、完璧なステップ。
「ノアは凄いわね。どうしてこんなに、上手なの?」
「キャサリン様をお相手に、たくさん練習させていただきましたからですかね」
緑の瞳をきらりと光らせ、目を細めるノア。ノアは私のことをよくわかっているから、踊りやすいのだ。さすがである。
踊り終わり、最後の礼まで見せる。頭を上げて子ども達の様子を見ると、シャルロットが「すごい! すごーい!」と興奮して顔を赤くしていた。
「シャルロット様、そんなに大きなお声を出してははしたないですわ」
「だって、すてきだから! あたしも、ダンスしたい!」
「その言葉遣いも……」
注意しかけるも、言っても無駄だと思い、台詞の最後は溜息に置き換えた。前向きなのは良いことだけれど、どうして王女がこんなことになっているのか。飛び抜けて愛らしい容姿と声をした恵まれた少女なのに、貴族としての教育はおそらくほとんど受けておらず、言葉遣いは品がない。「王女と王妃は折り合いが悪い」と話していたミアに、後で事情を聞かなくては。
「では、始めましょう。ノア、よろしくね」
「畏まりました」
私とリアンを長年教えているノアの方が、当然、教えるのに慣れている。ノアは男性にも女性にも教えられるが、私は誰かに教えるという経験はないし、男の人のステップを完璧に教えられる自信がない。そのため、男の子3人をノアが、シャルロットを私が教えるという分担を考えていた。個人で教えた後、今度はノアと私が交代し、異性同士で踊る実践をする。最後に子ども同士で踊ってもらう、という計画だ。
と、いうわけで、私の目の前にはシャルロットがいる。ノア達は少し離れたところで、早速指導に入っている。ノアの話を、3人の男子が真剣な眼差しで聞いている。順調そうな滑り出しだ。
計画の段階では、ノアが男子、私が王女、は妥当だと思ったのだ。しかし、実際に王女を目にして、今、途方に暮れている。
何しろこの子、貴族と令嬢としての振る舞いを、何も知らないのだ。
「まずは、礼からしてみましょうか」
「あたし、礼ならできるよ! はい!」
元気にポーズを取ったシャルロットのその姿は、完璧な騎士の礼であった。思わず近くにいた騎士を見ると、さっと視線を逸らされる。
シャルロットの周囲には、侍女はいないようだが、彼女を溺愛しているらしい王がつけた騎士はたくさんいる。そしてこの騎士の礼。普段シャルロットは、騎士達と過ごす時間が長いのだろうか。それなら、この砕けた口調にも、態度にも納得がいく。
「違います。女性の礼は、こうですの」
「こう?」
「そうです。優雅で素敵ですわ」
スカートの裾を摘む礼を見せると、シャルロットはそれを再現する。綺麗な礼だ。私はこの礼ができなくて、小さい頃随分と叱られたのに、シャルロットは筋が良いらしい。
その後も順を追ってワルツのステップを教えていく。シャルロットは卓越した能力をもっていて、下地がないのに、教えたことをどんどん吸収していく。運動神経と記憶力の良さが発揮され、あっという間にこの曲に関しては、見せられるほどのレベルに達した。微に入り細に入り教えるのは大変ではあったが、打てば響くので、やりがいもあった。
うらやましい。これだけの能力があれば、無知でも、学園に入学してからたくさんの学びを得られるだろう。
「素晴らしいですわ、シャルロット様。お上手になられましたね」
「ほんと? 嬉しい!」
言葉遣いは、この短時間ではどうにもならなかった。褒めると飛び上がって喜び、頬を染めるシャルロットは、控えめに言ってとても可愛かった。
この後は、ノアと交代し、実際に異性相手に踊ってみることになる。
「ありがとうキャサリン様、いろいろ教えてくれて……あたしのお姉様になってほしい!」
私が「シャルロット様」と呼ぶので、彼女も私を「キャサリン様」と呼ぶ。言葉遣いに関しては、それだけは合っている。
頬を染めたままもじもじと指先を擦り合わせたシャルロットは、言い淀んだ後、突然のお願いを繰り出してきた。
「だめ! おねえさまは、ぼくのおねえさま!」
ノアの指導を受け終えた男子達が、私の元へ移動してきていた。シャルロットの言葉を聞いて反論するのは、当然、リアンである。仲間が見ているのに恥じ入る様子もなく私の脚に抱きつき、「自分のもの」であるアピールをしている。この躊躇ないシスコンっぷりも、直してあげないと。側で見ているカールが、苦笑している。
するとシャルロットが、リアンがいるのと反対側の脚に、腕を回した。私越しに、リアンを睨みつける。
「べつに、あたしのお姉様にしても、いいでしょ!」
「だめだよ。ぼくだけのおねえさまなんだから!」
挨拶に手こずるレベルだったリアンが、勢い良くシャルロットと言い争っている。雨降って地固まると言うし、これをきっかけに仲良くなれるかもしれない。
両脚にしがみつかれて動けない私は、そんな風にポジティブに考えることで、現実から目を背けていた。ノアは私を見て、笑いを堪え切れない様子でいる。助けもしないで、ひどいわ。きっと睨みつけてやると、ノアの笑みはますます深まった。