34.ぎこちない子供たち
今日の主なイベントは、皆で揃って食べる夕食である。オルコット公爵領の食材を用いた食事を振る舞い、皆に舌鼓をうってもらう予定だ。その準備のために両親、兄夫妻が向かう。私は、このあとの予定のため、準備からは外れさせてもらった。来客の方々は、何かと支度があるので、一旦宿泊する屋敷にそれぞれ移動する。
そうなると、やることがなくなるのは、子どもたちである。本来ならば自分の家族が準備をしている側で、遊んだり勉強したりするのだろう。今回は、私が頼んで、彼らの面倒を見させてもらうことにした。ノアも一緒に、彼らの教師役になる。
念のため、何かあっても対応できるよう、人目のある玄関ホールの片隅に子ども達を集めた。騎士団の人達が近くを行き来しているので、安心である。
「まずは、自己紹介からしましょう。私は、キャサリン・オルコット。この間学園を卒業したばかりの、皆さんの先輩ですわ。そこのリアンの、姉でもあります。どうぞ、よろしく」
挨拶をし、礼をすると、カールとギルが礼を返してくる。さすが、貴族のご子息。教育が行き届いている。リアンは、特に反応がない。これは、家族だから仕方がないだろう。
問題は、シャルロットの反応であった。目を丸くして私を見るだけで、何もしなければ、何を言うわけでもない。ぱちぱちと瞬きだけしている。王家の娘なのだから、誰よりもしっかりした教育を受けて然るべきであるのに、どういうことなのだろうか。
「こちらは、リアンの家庭教師の、ノアです。家に帰れば専属の家庭教師が、それぞれいらっしゃると思いますけれど、ここではノアが、いろいろなことを教えてくれますよ。よく話を聞いてくださいね」
「よろしくお願いいたします」
続いて、ノアを紹介する。ノアは相手が子どもでも、丁寧な態度を崩すことがない。凛とした姿勢を保ち、緑の髪を揺らして礼をする。表情もいつもと変わらない。ノアは普段からリアンを相手しているから、子どもを相手することに慣れているのだろう。
ノアの挨拶にも、カールとギルは適切な反応をする。シャルロットは、私が「専属の家庭教師がいるでしょう」と前置きしたとき、首をぶんぶん横に振っていた。普通に捉えれば、これは否定、つまり「家庭教師がいない」ということになる。シャルロットは王女であるのに、家庭教師がいないなんて、そんなことあるはずがない。
「では、皆さんからもひとことずつ自己紹介をしていただける? えーと……カール様から、お願いします」
並ぶ4人の顔を見比べ、カールを指名する私。本来ならば身分の順にシャルロット、それからリアンとギル、最後にカールという順番になるはずだ。しかし、「ひとことずつ自己紹介を」と言った瞬間のリアンの不安げな顔、ギルの暗い顔、シャルロットの何も考えていない顔を見ると、最初はカールしかありえなかった。
「自分は、カール・ハミルトンです。来年、学園に入学します。みなさん、よろしくお願いします」
はきはきと挨拶し、ぴしっと礼をする。なんという安定感、そして安心感。カールを良い手本として自己紹介をしてほしいと思い、残りの3人の顔を見比べていると、シャルロットがぱっと顔を上げた。
「あたし、シャルロット! よろしく!」
鈴の鳴るような声で発された、町娘のような砕けた口調に、耳を疑った。言い終わったシャルロットは、礼もしない。思わずノアの顔を見ると、彼も信じられない、と言わんばかりの表情で目をむいている。
いったい、どこでこんな挨拶を習ったのか。王女としてあるまじき姿に、言葉が出ない。
「……ギル・ローレンスです。よろしくお願いします」
シャルロットのあまりのレベルの低さに、勇気をもらったのだろうか。自信なさげに俯いていたギルが、そう挨拶をする。
リアンはやはり、同年代の子どもと打ち解けるのが苦手らしい。屋敷でニックと話しているときの朗らかさは微塵もなく、表情が硬い。私が視線で促すと、漸く、「リアン・オルコットです」と自己紹介した。
学校に行けていないはずのギルよりも挨拶ができないなんて、重症だ。立場の違うニックとの比較では、そもそもの前提が異なるため、リアンがどれほど人見知りをするのか、今までよくわからなかった。似たような立場の子ども達と比較すると、その危うさがよくわかる。リアンをこのままにしておいてはいけない。
4人を一緒に活動させるにあたって、私は同じ目的をもたせることにした。リアンとニックにはスコーン作りをさせたものの、今回は他家の子ども達だ。料理というのは飽くまでも下働きの仕事であり、他の家の子どもにさせるのは問題になりかねない。そこでノアや両親と相談し、ふさわしい課題を考えてある。
「皆さんは来年には、6歳の誕生パーティで、ダンスを披露することになりますわね? 明後日、ミルブローズ伯爵領で、皆さんも踊ることになっています。練習して、素晴らしいダンスを披露して、驚かせましょう」
アイディアは、リアンの誕生日から得た。小さな子ども同士が踊る姿は、それだけで可愛らしく、皆を癒すだろう。それに、「ダンスを見せて大人を驚かせる」という目的は、意欲を喚起しやすいのではないかと考えた。
「うん!」
元気良く返事をするのは、リアン。私とは普通に話せるのよね。見れば、ノアに蝶ネクタイを付けてもらって、ご機嫌である。カールは抵抗なく頷き、ギルは何も言わず、シャルロットは瞳をきらきら輝かせていた。
あまりにも方向の違う4人に、不安になる。彼らは本当に、親しくなれるのかしら。