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29.避暑の計画

 倉庫は整然と片付けられており、瓶、ドライフラワー、洗濯のり、桶とおたまなど、必要な物品がそれぞれ分けて置かれている。既に完成した製品は、入口近くに並び、運ばれるのを待っている。

 私は、屋敷の裏手に父が購入してくれた、倉庫を確認しに来ていた。貴族の屋敷の傍にあるだけあって、見劣りのしない外観だ。煉瓦造りの壁が、倉庫の歴史の古さを物語っている。かつてこの辺りに住んでいた貴族が倉庫として使っていて、未だに所有権だけ持って放置していたものを、今回買い取ったらしい。

 父には「倉庫を購入したお金を分割で払う」と申し出たが、「キャシーが楽しくやっているのが一番だよ」と笑ってはぐらかされてしまった。ありがたいけれど、いったいそのために幾らかかったのか、恐ろしい。

 多少古びてはいるものの、屋敷の使用人によって小綺麗に掃除された倉庫は、作業場としては十分すぎる機能を備えていた。使用人用の出入り口からも近く、屋敷と行き来するのにも困らない。これなら、屋敷の作業場で作ったものを、倉庫に運んで保管することもできる。あの小部屋は、やはり狭くて、すぐに製品でいっぱいになってしまうのだ。


「理想的な作業場だわ」

「わあ……ここなら、出来上がった製品の置き場所にも困りませんね」


 相槌を打つのは、ニック。セドリックによると、やはりニックが考えたハーバリウムは、他のものより評価が高いらしい。本や図鑑を読んで作っているだけあって、貴族の知的な欲求も満たすことができる。

 ニックは今まで病弱だったこともあり、まだ奉公先を決める段階に来ていなかった。薬のおかげで健康になった彼を、ライネルと相談して、ハーバリウムの生産のために雇うことにしたのだ。今後、生産数の増加を見込んで募集をかけ、職人として何人か雇う計画もある。

 使用人の片手間ではなく、個人を雇うとなれば、さらなる責任がある。誰かの人生を背負うのだ。貴族向けの商品だから、多少売れれば、平民の職人には十分な給金を払える。それでも、滞ってはならない。飽きられないように、工夫して売っていく必要がある。


「ありがとうお父様、素晴らしい倉庫で、恐縮しちゃうわ」

「いいんだよ。喜んでくれて嬉しいよ、ハーバリウムを作り始めた頃から、キャシーは生き生きしているからね」


 私が生き生きとし始めたのは、自分としては、ゲームの知識を得て、ベイルから解放された、あの辺りからだと記憶している。今まで自分の努力が報われなかったのは、逆らえないゲームのストーリーに飲み込まれていたからだと知ったこと。そこから離れ、自由な行動を許されたこと。それが理由であろう。

 ただ、端から見ればハーバリウムを作ったことで、元気になったように見えるらしい。おかげで、両親も使用人の皆も応援してくれる。嬉しい限りだ。


「夏は、ミルブローズ伯爵領に向かう途中で、我が領と、ブランドン侯爵領に立ち寄ることにしたよ」

「ブランドン侯爵領? なぜまた、よりによって……」


 ブランドン侯爵といえば、あのエリーゼの家。私との婚約を破棄したベイルが、新しく婚約した相手である。父は「婚約を解消したから我が家とは無関係」と公言しているものの、客観的に見て、因縁のある相手と考えてもよいだろう。敢えて立ち寄る意味がわからず、理由を問うと、父は事も無げに続ける。


「近頃力を強めているし、異国との繋がりもある。一度見ておく必要があるだろうと思ってな。アダムス商会によれば、異国からの客人のために、素晴らしい迎賓館を設けたそうだ。宿泊先としても問題ない」

「でも……」

「陛下の言葉だけではなく、国の今後を考えたら、やはり自分で見ておかないとね。……キャシーは、ベイル様とのことを、気にしているのかな。我が家とはもう関係のないことだから、それを気に病んではいけないよ」


 納得のいかない私が反論しようと唇を尖らせると、かぶせるようにそう言い募る。父の諭すような口調に、私は反論できなかった。

 私は、「ベイルのことは気にしていない」なんて言っていたけれど、本心では気にしていたのだろう。エリーゼの鼻持ちならない様子を、ベイルと婚約できなかったヒロインのアレクシアと比べ、何かそこに理にかなっていないものを感じていた。それに、セドリックがつけてきた怪しい香水のおかげで、異国に対する心象も悪かった。結局私は、個人的な感情で、視野が狭くなっていたのかもしれない。


「……そうよね」

「もちろん、最高の警護をつけるよ。王女様もご一緒だからね。心配いらないよ」

「わかったわ。……王女様も、いらっしゃるんだったわね。他の参加者は、決まったの?」


 ミルブローズ伯爵領にある別荘に泊まれるのは、王女様達と、ミア達と、もう1家族だったはずだ。父は頷く。


「警護の面も考えて、ハミルトン侯爵家にお越し頂くことにしたよ。当主のお子さんは、リアンと同い年だ。キャシーのしたいことにも、合うだろう」

「ええ。ありがとう。ハミルトン侯爵家は、警護に長けていらっしゃるの?」

「あそこは、騎士家系でね。代々、長男以外の男は、皆騎士団に所属して、能力を発揮している。優秀な警護をつけてもらえるよ」

「それなら、安心だわ」


 ブランドン侯爵領と繋がっているタマロ王国について、名前は広まりつつあっても、実際どのようなものなのか、知っている者は少ない。父が言うように、一度見ておく必要があるのだろう。きちんとした警護が付いていれば、どんな場所であっても、安全に過ごせるに違いない。

 私にとって、避暑の目的のひとつは、リアンと他の子どもの仲を深めることだ。学園入学前に知り合いができていれば、友人を作るハードルは下がる。小難しいことは置いておいて、いかに子ども達に「同じ苦労」をさせるか。そのことも考えておく必要があった。

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