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閑話 闇の中の令嬢

 貴族のパーティというものは、どうも苦手だ。

 俺は、あちこちで集まって語り合う人々の姿を、遠巻きに眺める。次から次へと相手を変え、途切れることのない会話を交わす彼ら。それが、社交界において重要な情報収集なのだということを理解はしているが、自分はしたくない、と思う。


「お前、話さないのか?」

「向いてないからな」

「そうか。俺はちょっと行ってくるよ」


 友人は、そう言い残すと、ひらりと人混みに入っていく。

 俺は、侯爵家の三男として生まれた。家督を継ぐ可能性は低く、幼い頃から騎士団に入団することを夢見ていた。鍛錬を重ね、武術だけでなく勉学にも励んだ。その甲斐あって、今では、同じ時期に入団した騎士仲間の中でも高い評価を受けている。

 騎士団の中である程度の立場を得た俺は、貴族のパーティに呼ばれる機会が増えた。元々は侯爵家の出だから、貴族としての教育も受けている。騎士団でも成果をあげているから、パーティに出入りしても問題がない。それに、その場に居れば、いざというとき頼りになる。俺や、他の騎士団員が貴族のパーティに呼ばれるのは、大方、警備を兼ねることが目的なのだろう。

 今日は陛下の快気祝いのパーティである。いつにも増して人が多いし、行き交う人は皆、男も女も着飾っている。俺は騎士団だから、その制服が正装だ。自分と同じ服を着ている騎士は、友人のような一部の社交的な者を除けば、皆目立たぬようにぼんやりと立っている。貴族社会でやっていける人と俺たちとでは、生きる世界が違うのだ。

 最近、こうしたパーティに出ると、妙に周囲からの視線を感じる。なんとなく居心地の悪い思いがして、俺は外回りをパトロールするという名目で、庭へ出た。


「……ん?」


 歩いていると、ベンチに人影が見える。パーティへの出席者なら、こんなところに居ないはずなのに、誰だろう。


「あの」


 声を掛けると、「な、なにかしら」と戸惑ったような反応。若い女性の声だ。どうしてこんなところにいるのか、俺は首を傾げた。

 貴族の女性は、皆社交に夢中で、近寄りがたい存在だ。中身を見るより先に、外見や身分で人の価値を判断する印象がある。きゃらきゃらと軽い笑い声をあげながら、よくわからない会話をしている令嬢たちが、俺は苦手だ。

 そんな令嬢が、なぜひとりで。そう思って話をすると、「疲れてしまったんだもの」と寂しげな呟きが返ってきた。

 思いも寄らない、新鮮な感想だった。令嬢というのは、パーティで会話をするのを、何より楽しんでいる人種ではないのか。


「お送りいたします」

「お願いするわ」


 俺の申し出で、会場まで送る。他意はなく、ただ、警備の観点でその方が良いと考えたからだ。その間、彼女と交わした会話で、俺は令嬢という人種を見直す必要があると知った。

 素性のわからない俺を、労ってくれる。パーティは疲れる、自分から会話に入っていくのが苦手だという、俺の気持ちをわかってくれる。軽い調子で、会話を交わせる。そんな令嬢がいるとは、思っていなかった。


「俺はもう少し、散歩してから戻ります。では」


 会場に戻る彼女を、礼で見送る。顔を上げた時、室内の明かりに照らされた彼女の横顔を見て、俺は心底驚いた。

 キャサリン・オルコット公爵令嬢。俺でも知っている、生粋の貴族のご令嬢だ。完璧に見える令嬢に、まさか、そんな一面があるなんて。


「お前、どこ行ってたんだ。探したぞ」

「いや……ちょっとね」


 遅れて会場に戻ると、友人に咎められた。話しても、きっと嘘だと思われる。俺は彼女との出会いについては誰にも話さず、しかし、また話してみたいと心に留めていた。

 次に彼女に会ったのは、王太子殿下の婚約が発表された舞踏会。悪いとは思いつつ、あの金髪を、可憐な姿を目で追ってしまう。

 今、彼女は殿下の婚約者と親しげに話をしている。到着してから、彼女は父であるオルコット公爵と踊ったきり、一度も踊っていない。楽しそうに笑ってはいるが、誰とも踊らない。そういえば、オルコット公爵令嬢と第二王子との婚約がなくなった、という噂は聞いたことがある。

 相手を取っ替え引っ替え踊っている令嬢達の中で、その輪に入っていこうとしない様子に、胸が痛む。この間「パーティが疲れた」と零した彼女の心境は、いかほどのものだったのだろう。


 見ていると、彼女は歩き出し、さっとバルコニーに出て行った。さりげない身のこなしだ。あれでは、誰も気づかない。

 俺は彼女の後に続き、バルコニーへ出た。手すりにもたれ、気怠げに外を眺める彼女。その後ろ姿は、会場で見る華やかな姿とはかけ離れた、頼りなさげなものだった。


「……先日の騎士様ですわね」


 声を掛けると、彼女は俺のことを覚えていた。ひとしきり軽口を叩きあったあと、「ひとりになりたかった」「皆の視線が気になって、疲れる」そう言う彼女の声には、胸を突くような痛みがあった。

 この公爵令嬢の本音を、知っている人はいるのだろうか。「笑われている気がする」と言うほど追い詰められていることを、誰か知っているのだろうか。


「皆が見ているのは、あなたがお美しいからですよ」


 もしかしたら、弱さを秘めている彼女を励まし、守れるのは、それを知っている自分だけかもしれない。俺は、彼女の心を和らげようと思って、そう言った。ああ、でも、彼女は俺が、彼女のことを知らないと思っているのか。

 俺の言葉を信じて、少しでも気が楽になれば良い。そう考え、満を持して、その名を呼ぶのだった。


「……オルコット公爵令嬢」

「私の名前、知っていたの」


 案の定驚いた彼女は、しかし驚くことも、咎めることもなく、その後も変わらない調子で話をしてくれた。ダンスに誘ったのは、動いていれば周りの声も聞こえず、気が紛れると思ったから。

 弱っている彼女の、励ましになればいい。俺はその一心で、彼女の美貌について恥ずかしいほど絶賛し、さらには観衆の中で慣れないダンスさえこなしたのだった。

 今まで、習わされてきた紳士としての振る舞いは、無駄だと感じていた。全てはここで、彼女をエスコートするためにあったのだ。家の者に感謝しながら、俺はただ、至福のときを過ごした。こうしていると、彼女は、本当に完璧な令嬢だ。本来なら、俺の手など、届かないほど遠い存在。


「エリック様、ね。またぜひ」


 俺が名乗ると、また、と応える何気ない彼女の言葉に、次もあるのだという喜びを覚える。もっと話してみたかったが、ここで誘うのは、マナー違反に当たるだろうか。迷った一瞬の間に、彼女は脇から寄ってきた男に、ダンスに誘われてしまう。


「あの、私とも」


 俺の方も知らない令嬢に声をかけられ、適当な理由をつけてその場を離れる。彼女の言う通り、「また」話せる日は来るのだろうか。

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